神に捧げる祭りの日・後編


「あれ? ヒイロは?」

「急に消えちゃった」


 祭りの会場を見渡す俺達。

 不意に、冷たいものがピトッと付けられた。


「うひょあっ?!」「きゃあっ?!」


 驚きのあまり、二人で飛び上がってしまう。

 振り返ればヒイロが「いひひ」と笑っていた。

 悪びれもせず、キンキンに冷えた石ジョッキを差し出してくる。


「ジュース貰ってきたんだー。二人とも、飲む?」


 ありがとーっ、とお気楽に受け取るレヴィ。俺は要らない。


「どこがお姉さん・・・・だ。子供みたいな悪戯しやがって」

「あ、拗ねてる。かわいーなぁ」

ちがわい。トイレが近くなるからいらないんだ」

「ダダンがいらないなら、それもあたしに頂戴!」

「やめとけレヴィ。トイレ行きたくなったら、そのドレス着付け直すの大変だぞ」

「平気よ。今行きたくないもん」

「後で大騒ぎするのが目に見えてるから」


 俺達のやりとりを見下ろして、くすっと微笑むヒイロ。「じゃあ私が貰っちゃうね」と言って、ジョッキに口を付けた。そうしてゴキュゴキュと喉を鳴らす。

 ――……。


「……何だか急に喉渇いたな」

「えっ、やっぱり飲みたいの?」


 ヒイロの飲みかけが差し出される。それを恭しく受け取っ――。


「――ちょっとダダン? なんか企んでない?」レヴィが割り込んでくる。

「いや別に?」

「ふーん……。……このジュース、あそこで配ってるみたいよ? 貰ってくれば?」

「ヒイロがくれるって」

「新しいの、貰ってくれば?」おデコをくっつけられる。圧がすごい。

「……へいへい」

「あたしの分もよろしくね!」

「……結局二杯飲むんじゃねーか」


 あなたの席も取っててあげるから! などと調子の良いセリフで送り出された。


   ○


「こっちこっち、始まるよ!」


 レヴィとヒイロが手を振ってくる。

 席に座って間もなく、先程とは打って変わって、雅やかなメロディと共に最初の演舞が始まった。

 メインステージに咲く雪月花。

 松明をバトンのように扱って、くるくると躍る可愛らしい衣装の少女達。

 よくよく見れば同僚だ。――――いつものみすぼらしい格好とは大違い。

 演目は4つ、5つと続く。


「ああいうオシャレな服、いつも着たら良いのに」

「そうだねぇ……」


 拍手の合間、ヒイロが感慨深く相槌を打った。



 見事な演目を前座にしてステージに上がる。

 こんなにパリッとした礼服を着たのは、地底に生まれて初めてのことだった。

 汚さずに済んで良かったよ。

 対するレヴィは、普段のアホっぽさが嘘のよう。


 馬子にも衣装――――なんて冗談も、今だけは掻き消えてしまう。

 神々しさは真に迫っていた。

 本物を垣間見た俺が言うのだから間違いない。

 後光を背負ったシルエット。光の中に飛び込めば、瞼を降ろした瞳さえ眩い。

 磨けば磨かれただけ輝きを増す彼女は、ダイヤモンドと喩えるに相応しい。


 なんて褒めると、すぐに気を抜くので正面からはなかなか言えないが。

 ピンクプラチナの長い髪を靡かせる彼女は、やはり美しかった。

 観客達も息を呑む中、演奏が始まる。


 練習通りに1,2とステップを――――踏めてない。

 開始15秒で疑問符を浮かべ、立ち位置を見失うレヴィ。

 それはそうだ。

 五音節の呪文をものにするのに1年も掛かったのだ。踊れないことはリハーサルで分かっていた。

 ので、手を取ってよしなにリードする。

 ややアドリブを交えながら。


 即興のダンスに気を良くしたのか、レヴィは台本にない杖の振り方をした。

 華やかな流星群が、ひゅーん、ひゅーん、と会場を舞う。

 音と光ばっかりすごくって、威力のない虚仮威し。


 レヴィが怒ったときによく使うものだ。

 悪友の間では爆竹魔法と揶揄されているが、――――こうなると花火だな。

 本来、恐ろしい力を持つ火薬を、人を楽しませるために使う、花火と一緒。


 こんなものばかり先に覚えてしまう不器用な少女を、ほんの少し、可愛らしく思う。

 アドリブにアドリブを重ねて、時間の目一杯までパフォーマンスに興じた。


 神事がそんなに適当で良いのか。

 良いのだ。

 多分俺達も前座だからな。


 姫巫女のグダグダな初舞踊は、寛大な拍手を持って締められた。

 と、最前列でお調子者が「キース! キース!」とヤジを飛ばした。

 当然の如く顔見知りだ。


「……あいつぅ」


 顔を真っ赤に染めながら、杖を抜こうとする姫巫女様。

 その手を、そっと抑える。


「……なんで止めるのよ」

「レヴィが魔法を覚えたのは、そういうことする為じゃないだろ?」

「……そうだけど」

「教えたヤツとしてはさ。……その力を、簡単に人に向けて欲しくないかな、って。……こういう言い方はズルいか?」

「……けど、でも……。収まりが付かないでしょ……?」


 キスコールは既に会場を飲み込んでいる。

 酒の入ったドワーフの悪乗りは、本当に始末に負えない。

 賑やかな観客席に背を向けて、レヴィに目配せした


「こうしたら良い」


 緩やかに顔を寄せ、キスをする――――フリ。

 唇と唇がくっつく3mmのところで止まる。

 レヴィは目をまんまるく見開いて驚いていたが、やがて意図を理解して、抱き付いてきた。

 観客達は見事に騙され、歓声が上がった。


「……ねぇ、ダダン」

「ん?」

「今日はね、『一年の感謝を伝える日』なの」

「ああ。聞いたよ」

「だからね――――」


 柔らかな感触が、小さく、唇を掠めた。




 席に戻ると、ヒイロにすかさず冷やかされた。「フリよ」「フリだよ」と声がハモる。


   ○


 トリを飾るのはシャーマンの少女。純白のローブに、紫の魔宝珠を戴く王冠。

 ドワーフ族の女王にしてレヴィの母、ルチル・ド・ヴェルグだ。

 あれほど熱狂していた空間が、シン、と静まりかえる。

 寒ささえ感じるほどの厳かな空気。


 一拍、二拍。

 シャーマンは壁面に彫られた女神像へ祈った。


「我らが母なるテリア様。我ら一同、この身砕けるその時まで、あなた様に仕えることを誓います。これが真実であるならば、変わらぬ日々の安寧と恵みを此処に――――」


 宝飾の杖を、捧げられた金鉱石の山に向けた。


「――――セレス・オルタス・ムンドゥース・ドミネーテルト・ダクオール!」


 祝詞を結んだ瞬間、全ての鉱石が輝きを伴って浮かんだ。

 集会場の上空でブワッと増え広がり、渦を巻く。

 捧げた量の数十倍。金色の粒子が瞬く。


 まるで『星空』みたいね。とレヴィが呟いた。


 全くその通り。俺が五日掛けて作ったプラネタリウムを、一瞬で越えていく。これだから魔法は。


 ――――嫌になるほど、見事だ。


 やがて星々は、ふわふわと舞い降りる。雪のように穏やかに。

 俺の手元にも金塊が届いた。


「食べ放題なんだよ。今日だけは」と囁くヒイロ。

「いいのか?」


 ヒイロが頷く。既にレヴィは齧り付いていた。

 周りも同じようにしているので、習うことにする。


 ――――美味い。


 金塊だ。原子番号79。第11族元素。Au。

 非常に安定した物質で、体内で消化されることも、吸収することもない。無味無臭でカロリーゼロ。それが金、のはずだ。


 人間だった頃、金箔なら数え切れないほど食べたことがある。

 だが、これは全く違う。


 肉汁などないはずなのに、溢れる旨みが口一杯に広がった。

 金に飽かした高級料理は前世で食べ尽くしたと思ったが、……いずれとも比べものにならない。

 手間暇かけたコンフィのようでありながら、採れ立ての新鮮野菜を丸かじりしているような。

 ……表現しようがない。


 まさしく金を貪っている。

 金箔メッキではなく、人々が夢見るの幸せの味そのもの。

 たった三口でペロリと平らげてしまう。


 おかわりはすぐに来た。泣けてくるほど美味い。

 この味を覚えてしまったら、普段食べてる屑石ぼたなんて、もう食べられなくなりそうだ。ドワーフが肉や野菜に頓着しない理由も、いま分かった。


 おかわり。おかわり。おかわり……。



 儀式はいつの間にか酒宴に変わり、1時間ほど経つ頃には、みな酔いと満腹で酷い有様だった。

 ヒイロは普段通り、パツパツのボロを着ている。だから胡座を掻くと、どうあっても白い下着がチラ見えし、視線を誘導されていけない。

 このお姉さんは妙なところで隙が多い。

 俺の視線に気付いたのか、そうでないのか、彼女はレヴィを抱え込んだ。

 ピンク髪の少女は嬉しそうに背中を預ける。


「あたし、大きくなったら、ママみたいな魔宝使いになるの! それでね! 今日みたいなお祭り、毎日開くのよ!」

「それは楽しみだね、レヴィ」


 ピンク髪をくしゃくしゃと撫でるヒイロ。


「ダダンは? 大きくなったら何がしたい?」

「世界征服」

「えぇ? ……キミ、ほんと面白い子だね」

「そういうヒイロは、どうしたいんだ?」

「私? 私はもう大人だからね――――」


 そして彼女は「うーん」と岩天井の灯りを仰いだ。


「――――強いて言うなら、キミと同じかな」

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世界一あったまいい俺がゴブリンの巣からのし上がる!! 龍輪龍 @tatuwa_ryu

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