神に捧げる祭りの日・前編


 神事の当日がやってきた。

 白いドレスのレヴィに連れられて集会場へ。

 一歩踏み入れば光の渦が広がった。


 賑やかな祭り囃子に、陽気なドワーフの唄。

 音楽に合わせて七色に揺れる蛍光石はネオンライトのよう。今晩は夜光蝶やこうちょうも放されている。

 会場を囲むように露店が並び、温かいスープや飲み物が振る舞われていた。


「神事にはね、『みんな、一年間ありがとう』って意味もあるの。テリア様だけじゃなくってね、みんながみんなに感謝するお祭りなのよ」


 レヴィは母親から教わったことを、そのまま得意げに話してくれる。

 参加が認められるのは六歳から。

 丁度ドワーフとして成人し、働き始める年だ。


 俺は過去二回とも穴熊を決め込んでいたので、今年が初参加。


 ――――うん、まあ、楽しそうな雰囲気だと思うよ。

 実験も同じくらい楽しいけどな!!


 負け惜しみだ、と言われると黙るしかない。今日はやけに鋭いじゃないか、レヴィ。

 賑やかな会場を見て回っていると、柄の悪い一団に鉢合わせた。



「なんだ? お前も来てたのか、男女おとこおんな


 声を掛けてきたのはダリンガだった。

 久しく見ない内に、ジェイドの派閥を乗っ取ったらしい。

 ゴリラな風貌に違わず、実に野性的だ。

 彼は威嚇するように口角をあげ、「よう」とこちらの肩を小突いた。


「デリーとの決闘、八百長だったらしいな?」

「……何の話だ?」

「聞いたぞ、力がなさ過ぎて裁縫に回されたって。……あれは女の仕事だ」

「護衛のためさ」

「どうだかな。本当に女なんじゃないのか? デリーを組み敷いたのも初めてじゃなかったんだろ?」


 ダリンガが皮肉たっぷりに笑う。周囲の取り巻きも下品な嘲笑に加わった。


「その筋肉と同じくらい逞しい想像力で、小説でも書いたらいい。じゃあな」

「待て」


 俺が喧嘩を買わないとみるや、苛立たしげに肩を掴んでくる。


「確認させろよ」

「……力を? それとも、男って事をか?」

「どっちもだ」


 ブンッ、と振われた拳を、すんでのところで回避する。


「勘弁してくれ。この礼服は汚したくない」

「ズタズタにしてやるよ」

「たちが悪いな……」


 今着ている一張羅がダメになると、ステージに上がれない。俺もレヴィも恥を掻く。

 それが目的なのだろう。


 ここは逃げるのが一番、と考えて視線を走らせるが、既に取り巻きが俺達を囲んでいる。

 俺を逃がさないための、人の檻だ。


「やめて! やめなさいっ! ……離してっ!!」


 人質にされたレヴィが叫ぶ。


「ハッハー! 祭りに喧嘩は付きものだ! 知らなかったか、お姫様!!」


 檻の中のゴリラは絶好調。対峙する俺は堪ったものじゃない。

 ボクシング風の動きは大振りで、技術も何もない。見切って躱すのは容易いが――――。


 ステゴロでは、ゴリラに通じる技がない。


「どうしたどうした! 逃げ回ってばっかりで! てんで弱っちいじゃねぇか!」

「……」

「おかしいと思ったんだ! テメーみたいなモヤシが、騎士隊長なんて!!」

「……」

「あぁっ!! くそ! 逃げるな! ちゃんと戦え! ……おいっ!!」


 痺れを切らしたゴリラが、レヴィのドレスに指を掛ける。


「次逃げたら、このドレスを剥いてやる。嫌だろ? 避けるなよ?」

「……や、やめてよ」「レヴィは関係ないだろ」

「こいつの護衛がお前の任務なんだろ? 失敗させてやるよ」

「……、ダダン!! 避けなさい! 当たったら承知しないわ!」

「さぁ、喰らえ――――」


 ――――パァンッ!!


 ダリンガがもんどり打って倒れる。

 狙撃されたかのような衝撃を頭に受けて、グルンッと一回転。

 ズデーンッ、と地面を揺らす。


 引き抜いたベルトは鞭になる。

 暗器として用いるには習熟がいるものの、正しく振えば、末端速度は音を超える。

 さらに先端はテールではなく、金属バックル。

 その一撃は重く鋭く、銃弾の比ではない。


 良くしなったベルトは、人を十分殺傷しうる。


 軍で叩き込まれる暗器術だ。

 軍服を着ない軍人はいないからな。


「がぁぁぁっ?! 痛ぇッ!! ……あぁっ?! 血だっ、血が……」


 こめかみを抑えたダリンガが、自分の血に狼狽する。


「まだ確認が必要か?」

「……くそっ! テメェら! ――――畳んじまえ!」


 ダリンガの号令で取り巻きが押し寄せてくる。

 ――――スパァンッ!! と、ベルトを鳴らすと、全員が二の足を踏んだ。


「な、なにビビッてんだ! 早くしろ!!」

「こんなことして、ただで済むと思ってるの!?」


 レヴィの叫びに、ダリンガは深い笑みを返した。


「ハ、ハハッ! 何も知らないボンクラめ! あの方が揉み消してくれるのさ!」

「……あの方?」

「テメェら、早くしろ! なよっちいデミ野郎が一人だろ!? 全員でかかれば――――」


「やあやあ、盛り上がってるね」


 澄んだ声が響く。

 振り返った不良ゴブリンが、全員ピタリと固まった。

 赤髪の少女は全員を見下ろして。


「もしかして私のこと喋ってた? ――――なよっちいデミ野郎って」


 天使のような笑みを向けられ、ダリンガは何故だか青ざめる。


「……ひ、ヒイロさん」

「ん?」

「……くそっ、覚えてろよ!」


 ゴリラは這うように逃げ出し、ゴブリンもいそいそと散っていった。



「ありがとう、ヒイロ。助かったわ」

「いえいえ。部下を守るのはお姉さんの務めですから」


 ヒイロは、レヴィと俺にも優しげな目を向けた。


「あっ」

「あ?」

「……えーっと、その」


 小さく呟いて、視線をちらちら彷徨わせるお姉さん。

 どうしたのだろう。


「ダダンも、怪我はない?」


 そう言ってこちらを見たレヴィが、ボッと赤面した。


「わぁぁぁっ?! ちょっと! 下、下っ!」


 両手で顔を覆いながら、そんなことを言ってくる。

 

 …………下?


 見下ろせば、ぱおぱお。

 ズボンがズルンと下がっている。

 ああ、そうか。さっきベルトを抜いたから――――。


 ――――、危なかったな。これが相撲なら負けていた。


「い、いいから早く着れっ!!」

「うむ。どうやら俺様は男の子らしい」

「知ってるし!!」



 ヤバい。堂々としていないと、赤面しそうだ。

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