異世界にエジソンはいない。 ~エーテル仮説~
物を形にするのは楽しい。
共有できる相手がいるのは更に楽しい。
ヒイロと競り合うように服飾部の仕事にのめり込んだ。
本来の目的を忘れたわけではない。
スカートの仕事を何度か貰うと、銅線は必要な量に達した。
防具の端材として針金なども手に入れ、モーターと蓄電池が完成した。
コイルの絶縁にはリボンを。銅線の加工には備品のニッパーを使っている。
希硫酸と鉛のバッテリーは簡素ながら、仕組み自体は現代のものと遜色ない。
さぁ、いざ通電!
――――モーターは微動だにしなかった。
どこかに間違いがあったのか?
いや、極めて単純な構造だ。コンマ1秒で再計算できる。
何度見直しても、これで動くはず。
だというのにモーターはうんともすんとも言わない。
「ねぇ、面白いことが起きるんじゃないの?」
「あー、うん、待て待て。俺としちゃ今この瞬間が興味深い」
「……あたしはつまんない。ねぇ、早くー。はーやーくー」
レヴィが揺らしてくる。
突然押し掛けてきたくせに、いい御身分だ。
「……じゃあほら、この先っぽ、食って良いぞ」
銅線二本の端を向けると、ノータイムでレヴィが釣れた。
途端、ビリッと痺れてひっくり返るお姫様。
「なっ、なにすんのよ!?」
「ふむ。電気は流れるのか」
「このやろー!!」
再び銅線に噛み付く。そして感電。
――――イノシシだって一度で学習するというのに。
呆れる俺を無視して麺のようにちゅるちゅる啜って行きやがる。感電しながら。
「ちょっ!? 食い過ぎだぞ!? おい!」
斯くして銅線も磁石もレヴィのおやつになってしまった。
なんの成果も上げられず、実験は失敗。
――――凡人ならそう考えるだろうが、天才は違う。
むしろ得られた知見は多い。
――――この世界にはエーテルが満ちている。
結論から言えばこの仮説に行き着く。
エーテルとはなんぞや。知らん。今決めた仮称だ。エーテル(仮)だ。
究極的に平たく言えば、ここにはフシギ力場があるってこと。
「フシギ力場?」
順を追って説明しよう。俺も考えをまとめたい。
モーターの仕組みは美しいほどシンプルだ。
電力と磁力の相互作用が回転を生む。それを取り出し、動力にする。逆も然り。
これが全く動かない。
どれほど重大な問題か分かるだろうか。
額面通りに受け取れば、ここで現代科学は破綻する。
特殊相対性理論に反しているのだ。磁気を伴わない電気など。
世界が変われば物理定数も変わる。その可能性も大いにある。
これまで行った検証実験では、特別な差異は見受けられなかったが、計測機器が貧弱なので断言はできない。時計も水時計だし。
検証できないことは一先ず脇に置こう。
注目したいのは『蛍光石』だ。
自然発光し、里を照らすクリスタル。
当たり前のように存在しているが、鉱物学の見地から言えば、こいつも相当おかしな代物だ。
暗闇で光る石、というのは人間界にも多いが、それらが光るのは紫外線を浴びたときだけ。
だが『蛍光石』は外部からエネルギーを受け取らず、永続的に光っている――――ように見える。
俺もそう思って便利に使っていた。
しかし覚えているだろうか。
里から離れた際、永続に思われた光が急激に弱まったことを。
蛍光石も、どこかからエネルギーを受け取っている。
蛍光石にエネルギーを与える、目に見えない力場があるのは間違いない。
これが磁性にも干渉し、モーターの駆動を阻んでいる。
そう考えれば辻褄が合う。
場の正体が、波動か粒子かは不明だが、古典科学に則り、『エーテル』と仮称することにしよう。
目に見えない力と聞いて、非科学的と思うだろうか。
斜に構えたリアリストは「自分の目で見たものしか信じない」と平気で言う。
しかし実のところ、目に映る世界など360~830ナノメートルの波長の中にしかないのだ。
人は皆、目に見えない力に支配されている。
考えてみて欲しい。
重力がなければ地上に立ってはいられない。クーロン力がなければ物質は形を維持できない。地球から磁力が失われれば、子供達は砂鉄遊びができなくなるし、太陽風が文明を焼くだろう。
それらの力に、色は付いていない。
話を戻そう。
この世界にはエーテルが満ちている。
あるものに力を与え、あるものを阻害する、不可解な力場だ。
実に興奮してきた。研究に壁は付きものだ。
それをブッ壊してやったときの快感といったら……!
わくわくと新しい実験機材を準備していると、レヴィに服を引かれた。
「ダダン、終わったなら練習行こ?」
「練習?」
「神事のリハーサル! 一緒に踊るんでしょ? だから呼びに来てあげたのよ!」
「あぁ、すっかり忘れてた」
レヴィは頬を膨らまし、それから目も合わせてくれなかった。
何か返答を間違えただろうか。
「レヴィ、気にすることない。
奴隷のノーラが、こちらを責めるように見つめてくる。
「なんだと。世界一あったまいい俺様を捕まえて――――」
「この実験バカ」
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