第2回、VR接続機器〝ホール〟と〈ラプター・オルニス〉社の小話



 第2回――【あんぐら】裏話集



 こちらは桐月の――以下略。要するにあんぐらを好きと言ってくださる読者様方のための裏話集です。


 ちょいちょい他作品の話も入りますが、全く関係ない話はしない……はずです。今回は途中で作者の自分語りもちょっと入ります。基本的にはフリーダムに書いています。


 今回も全て未公開情報です。楽しんでいただけたら嬉しい。


 それでは無事に第2回。今回は、VR接続機器〝ホール〟とラプター・オルニス社の歴史――どういった流れで世間にVR機器が浸透したか――についての小話です。いぇあ。




 では早速――皆さんは、VRMMO小説をどのようにお考えでしょうか?


 SFだという人もいれば、ファンタジーだという人もいます。中にはSFなのだからVRの仕組みについて、言いたいことがたくさんあるという人もいるでしょう。


 実際、VRMMO小説を書くにあたって、テンプレだけでは済まない部分は多いです。


 ログイン中の防犯はどうなっているのか? 子供でも利用できるのか? 生理現象はどうなるのか? 本体の値段はいくらくらい? サーバーって1つだけなの? どういう仕組みでログインしているの? などなど、エトセトラ。


 その中でも、VRMMO小説を書こうと思ったら絶対にのがれられない設定が、VR――仮想現実世界にログインするための機械形状です。


 VRMMO小説たるもの、たとえ中身は決めていなくても、ログインするための機械の形は描写しなければいけません。(——※諸説あります)


 なろうでもカクヨムでも、様々なログイン用の機械があると思います。謎の発光物質を握りしめる上級者タイプから、ヘルメット型の軽量タイプ、脳に直接電極を……なんていうSF系の本格派まで。


 自分としては読者として他作品を読む時にはそこまで気にしない部分ですが、やはり設定厨としては現実世界の歴史と絡めて、しっかりと仕組みを追求したくなる部分でもあります。


 そんなあんぐらでは、VRログイン機器は全身すっぽり、カプセルタイプ。作中世界(あんぐら開始時点)では、〝ホール〟はシングルベットサイズの大型家電の扱いです。


 ログイン方式は、脳波を計測して神経を同期――ではなく、魂に接続して仮想アバターを誤認させるファンタジータイプ。


 これの理屈については今回は語りません。どちらかというと、VR機器の歴史とかラプター・オルニス社が何をやっているかとかがメインです。


 正確には家庭用据え置きタイプの前に、もっと大型のアーケードタイプ、更にその前には企業や国家専用の特殊機器(医療用や軍事訓練用)などがあり、様々な法整備や国際協議を経て一般家庭に普及するようになったのが、【あんぐら】のプロローグより3年ほど前。


 プロローグの時点で轟歴3802年の9月4日ですので……えっと、轟歴3799年6月10日(作中世界での大型連休の一週間前)に家庭用VR――当時の機種名は〝モルヴェート〟。意味は〝羽ばたく者〟――が発売されています。


 それ以前からも医療用などにVRは販売されていましたが、家庭用ではなく完全に業務用。法整備の中途時期だったため、個人の購入は認められていませんでした。


 そしてそれらを――特殊機器だった頃から、アーケードタイプ、家庭用に至るまで――作っているのは今回のお題にもある〈ラプター・オルニス〉社、一社のみ。


 何故、競合会社も無くラプター・オルニス社がVR機器の開発も販売も独占しているかといえば、もちろん利権とか色々とあるんですが、一番の理由は他の企業が技術的に追い付いていないからです。


 細かい理由は企業魔法使いの衰退と魔法学研究者の異様な死亡率など色々とありますが、今回は端折はしょります。


 とにかく、VR機器といえばラプター・オルニス一強の時代。それが作中世界の常識です。



 さて、このラプター・オルニス社。分類ではいちおう株式会社ではあるんですが、個人の会社のようで微妙にそうではありません。


 118.5話で初登場したソコルですが、同じく作中に会社の名前もさらっと書いてあります。


 国元こくげん会社/《アイオ》の日本支部社 ラプター・オルニスと。


 日本支部社と書いてありますが、正しくは《アイオ》の子会社がラプター・オルニスです。


 まずは国元会社/《アイオ》について。国元会社という名称は、作中限定の架空のものです。


 国有企業の亜種にあたるもので、通常の国有企業の株式が100%国のものなのに対し、国元会社は国家に対し魔法的忠誠契約を誓った一族が100%の株式を保有しているものを指します。


 118.5話にも「フルマニエル公国が誇る、アイオ公爵家の正統後継者」と書きましたが、正にアイオ公爵家はフルマニエル公国が誇る最大規模の契約一族。


 国のものではないので国有企業では無いが、国に忠誠を誓った一族の企業なので国元会社(もしくは、国元企業)となります。

 胡散臭い話ではありますが、国元会社の由来は「国を元気にする会社」です。本当です。嘘じゃないです。


 《アイオ》は大企業にしては珍しい非上場企業で、株式保有率はアイオ公爵家が100%。その子会社であるラプター・オルニス社も非上場企業ですが、株式保有率はアイオ公爵家が80%、ソロモンが20%です。


 魔法学由来機器の取り扱いにおけるなんとかかんとか、っていう法律があるので、それのせいでソロモンも一枚噛んでいるんですね。監督役というやつです。



 で、ラプター・オルニス社の話に戻りますが、この会社の社長……はい、難しいことは置いておいて、社長でいいです。要するに、一番偉くて決定権のある人。


 それが、アイオ公爵家の正統後継者……ソコル・ラズルシェーネ・アイオです。元は孤児で、アイオには養子入りした子。


 育ちが悪いので口も悪い、やり口も汚い、性格なんか悪いを通り越してねじくれているけど正統後継者です。一応。


 実は、彼女は別の作品のダブル主人公の片割れです。もう片方は同じく118.5話で名前だけ出てきている樹木(琥珀)の嫁の〝レディ〟です。


 私のまともな方の処女作は【きっとそれは夢のように】――略して【きと夢】というのですが、彼女達が出てくるのは、それの更に……何ていうんでしょう……アナザーストーリー? だったんです。


 そう。言うなれば【きと夢アナザー】。


 それは、オリジナル一次創作である自分の作品を、更に自分で二次創作した結果に出来た作品でした。


 ここでちょっとだけ自分語り入ります。


 自分の作品を二次創作って、ちょっと何言ってるかわからない人もいるかもしれませんが、私は小説を書き始めた理由が学生時代にやむにやまれずだったので、実は最初のころ小説を書くのはとても嫌いでした。


 嫌いというか、わけがわからなかった。小説を書いてみようとか考えたこともないし、作文は嫌いだし、読み専だったので本は好きでも、小説家になりたいと思ったこともなかった。


 三点リーダーも、ダッシュの数とかも知らないど素人――以前の問題でした。


 そもそも小説というものが書けない。


 それなのに何故に書いたのか、といえば……ひとえに「文芸部」というものを〝本好きが集まってわちゃわちゃするだけの部活〟――だと誤解して入部した挙げ句。


「次の文化祭で部誌を出すから、何か(詞でも、小説でも、エッセイでもいいから)書いてね☆」と肩ぽんされ、今さら「えっ……むり、かけない。退部します」とも言えず、泣きながら小説というものに挑むことになったのです。


 結局、本当の処女作はおぼろげな記憶を辿るに、とても小説のていをなしていない何かでしたが、部誌に載ったような載ってないような……ううん、覚えていません。出来がひどかったのだけは覚えています。


 ところが人生わかりません。何となく1つ書いたら楽しくなったのか、もはやその時の動機など覚えておりませんが、何故かそこからちまちまと小説らしきものを書き始めます。


 ちょうどその頃、家人から初期のPOMERAポメラをお下がりにもらったのもタイミングが良かったのかもしれません。


 ですが、基本が小説家になりたいから書く! という動機ではなく、完全に子供のお遊び感覚だったので、恐ろしいことに文章作法の本を読むこともなく、小説の書き方! なんて本も読むことなく、小説の断片のようなものを書いて遊ぶ――みたいなことをしていました。


 わけがわからない場面から始まっても気にしない。途中で飽きたら続きは書かない。完結以前にまともに短編を書くことを意識したこともない。そもそも長編も短編も何それ状態。


 そのくせ登場人物や世界観には愛着がわいてしまい、今の自分の実力で書いてしまうのは勿体無いなぁ……と書き渋る始末。

 今思い返すと、よくある完成度を意識し過ぎて結局何も書かない小説家志望のようなことを考えていましたが、そこはど素人。


 小説遊びが楽しくとも、小説家になろうとか考えたこともないのが良かったのか、悪かったのか――……何も気にせず、自作の二次創作をし始めました。


 いや、正しく言うと1.5次創作みたいな感じですかね。全部オリジナル創作ですし。


 なんか二次創作なら何書いても正史ではない! だから好きにして良い! と本気で思っていたんです。気持ちの問題ってやつなんでしょうか。わからない。過去の自分が一番わからない。


 いや、色々とやりました。謎のパロディを書いたと思えば、ふわっとしたノリで学園物に仕立ててみたりと、やりたい放題。


 挙げ句の果てに、二次創作だから! と、オリジナルキャラクター(オリキャラ)なるものを2人ほど入れて、シリーズ物らしきものを書いてみたり。


 はい、お察しの通りそれが【きと夢アナザー】です。


 過去の自分に言ってあげたいですね。オリキャラってお前それ全部オリキャラだから、と。原作者が別にいたりとかしないから、と。


 もうこの時点でカオスな予感しかしないのですが、同じくその作品もカオスでした。


 ただ、好き放題に書いた分だけ世界観は広がり、登場人物も増え、きと夢シリーズはその後の作品のいしずえにもなりました。


 セリアとか樹木なんかは、きと夢のレギュラーでしたので、あんぐらに登場させた時もわりとスムーズに書けたのを覚えています。初登場の人のキャラが主人公よりも立ち過ぎている気がすると感想を貰ったのもこのせいだと思います。


 さて、そんな成り立ちで出来上がった【きと夢アナザー】ですが、ダブル主人公の片割れは驚くほどにクズ野郎でした。女子ですがクズでした。後、きと夢の初期の頃はまだ正統後継者ではありません。


 そしてそんなクズが数々の苦難を乗り越え、成長し、立派な正統後継者――にはなりましたが、性格は変わりませんでした。


 【あんぐら】時点でも清々しいほどにクズです。クズofクズ。成長して更生したどころか、むしろ悪化したかもしれない。


 そんなソコル君、普段から男体化の薬を常用しており、男の姿でいることが多いですが本来の性別は女です。メインの一人称は僕ですが、場所とタイミングによって使い分けます。


 性格は自他共に認めるクズ野郎。彼女の弟弟子おとうとでしである雪花の回想にもありましたが、ソロモンでも有名です。名前を言うだけで嫌がられる。


 ピースサインで笑顔を浮かべ、相手の神経を逆撫でる暴言をぶん投げるのが趣味の1つ。愚痴を言いながらも倒れるまで仕事を探す筋金入りのワーカーホリックであり、金の亡者。別名は骸鳥むくろどり、もしくははやぶさ。業界ではハゲワシの間違いとか言われています。


 この隼は、ラプター・オルニス社のロゴにもなっています。第1話でちらっと描写していますが、狛乃が持っている白い〝ホール〟の機体側面に、群青色で、飛び立つ隼のロゴが描かれています。


 そんなクズ野郎の運営する会社、ラプター・オルニス社のキャッチコピーは〝夢と安心の企業〟――自称するところに胡散臭さが爆発していますが、気のせいではありません。正直に言うと、一番胡散臭いキャッチコピーを考えました。


 何をやっている会社なのかといえば、そこはもちろん今回のテーマであるVR接続機器〝ホール〟を製造、販売している会社です。他も色々とやっていますが、今回は端折はしょります。いぇあ。


 それでは、ようやく作中のVR機器についてのお話です。



 VR機器――正式名称は、VR接続式多機能コンピューター。



 作中で狛乃は「VR用据え置き巨大ゲーム機」とか言っていますが、違います。

 ゲーム機ではないです。多機能コンピューターです。これだから一人称は。


 ただ、確かに〝ホール〟を巨大ゲーム機だと思っている人も作中では多い。大型家電相応の価格設定も相まって、コンピューターとして購入するのは新しいもの好きの富裕層と、一部の障害を持った人達だけです。


 それでも、娯楽用品としてなら購入してしまうのが人のさが。お高めのゲーム機としてなら買う人も多く、値段と大きさの割に日本の家庭普及率は現在のパソコン並み……ざっと65%から70%くらいです。後はゲームに興味は無くとも、エロスのために買う人も地味に多い。


 ただ娯楽目的で購入しても、MMOを目的に購入している人はそんなに多くはありません。オフラインゲーム市場の方がまだ大きい。一部のやり込み要素がオンラインのものもありますが、基本的にはオフラインで遊べるものが多いです。


 あとは、旅行体験サービスや冒険サービスなどもほとんどありません。

 何故ならどのVRMMOサービスも、【あんぐら】並みの情報量とリアル感をお届けできないからです。(後述しますが、国家用(軍事や医療用VR)は別です。あくまでも民間向けのサービスのお話)


 最新話読了済みの読者様方はご存知でしょうが、あんぐらにおける情報量はサーバー係りである樹木のせいでずば抜けています……が、樹木並みのホムンクルスを前提として作られたエディカルサーバシステムは汎用性が無い。


 他社がサービス提供に使用するパーフェクトサーバシステムでは、せいぜい他を切り捨てて一部を尖らせるのが限界。


 つまり、エロならエロだけ。服のお店なら試着機能のための触覚と視覚だけ。実体化SNSなら聴覚と視覚にだけ特化したシステムになってしまう。


 それだけなら完成度の高い仮想現実体験もできますが、五感をフルに使って楽しむ傾向が強いVRMMORPGや、VR旅行体験となると話は違う。


 あんぐらを見ていると、こんな世界ならVRトラベルとかのサービスが流行りそうだなー、と思いますが、残念ながら旅行体験は五感全てがかなりの精度で反映されないと違和感ばかりが目立つことになるので、実用レベルのサービスはまだまだ提供されていません。


 VRで旅行体験をさせるよりも、普通に旅行代理店をやった方が儲かるので旅行は生身で行くのが作中時代の主流です。もうちょっと年代を進めるとまた違うんですが、とりあえず作中年代を基準に書いています。


 ここでちょっと小ネタを挟むと、プロローグであんぐらのソフトウェアが大型ディスク五枚組だったのを覚えているでしょうか。


 近未来SFなら小型化するべきかとも悩みましたが、逆にVR機器の時代にそこまで大型のディスクであることを描写することで、かなりハイテク情報が詰まったディスクなのだ! ということを表現したかったのと、出来ているかどうかは置いておいて……。


 実はあれ、それぞれのディスク毎に、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚を仮想アバターに埋め込むための外付けデータなんです。


 これはそれぞれのゲーム……に限定する必要は無いですね。それぞれのサービス提供ソフト毎に内容が違っていて、内容によってアバターが〝ホール〟から受け取れる情報量に差が出るわけです。


 ゲームによっては嗅覚と味覚ディスクは存在せず、3枚組での販売だったり……安めのショップサービスとかだと、それこそ試着のための視覚と触覚ディスクの2枚組販売だったり……。


 もちろん我らがあんぐらは堂々の5枚組。各ディスクに馬鹿みたいなデータ量が詰まっているので、〝ホール〟のメインメモリはそれだけでいっぱいになります。これが作中、27話でユースケが言っていた、あんぐらのデータ重すぎ問題です。


 作中では特に描写しませんでしたが、アバター反映のための五感データが重かったという話でした。


 えー、では。作中世界でVRサービスは万能ではないという話はここまでにして、〝ホール〟本体のほうの話に入ります。



 〝ホール〟――正式にはこれは、携帯でいうところの機種名であり、VR機器といえば最新型の名前が〝ホール〟というだけです。


 何せ一社しかVR販売の会社がありませんから、他会社の機種とか、乗り換え割とかも無い。


 ですが、同社が発売した過去の機種は存在します。


 あんぐら開始の3年前。轟歴3799年に、家庭用に販売された当時の機種名は〝モルヴェート〟。意味は〝羽ばたく者〟です。


 〝ホール〟とは違い五感ディスク外付けタイプでは無く、初めから本体に内蔵された平均五感データを埋め込まれたアバター1つで、全てのサービスを利用する仕組みでした。

 ソフトウェア会社が、その平均アバターに合わせた出力でソフトウェアを開発していた頃です。


 各サービス提供会社はオンラインでソフトウェアを販売し、モルヴェート本体にログインした状態で利用者が気に入ったゲームソフトやSNSソフトを購入する――スマホのアプリみたいな感じですね。


 具体的に言うと、アーケードタイプを家庭用機器に小型化しただけのもので、〝ホール〟に比べるとまだまだ出来ることは単調でした。


 五感データが平均タイプだったので、エロも感覚が薄く、MMOもそこまでのリアル感無く……といった感じ。それでも、全身で仮想の世界を体感できる機械が一般家庭に販売されたことは快挙でした。


 ただしこの時期、すでに社名はラプター・オルニス社でしたが、肝心のクズ野郎。ソコル君は別会社のテコ入れに奔走していたため、実は名前だけ社長で実際の販売戦略にはまだ関わってもいません。


 構想をチェックし、まだ一般普及レベルにはいってないけど、まあチャレンジってことで売りたいなら売ってみれば? 赤字は出さないでね。みたいな感覚で人に任せていたようです。


 ちなみに日本先行販売。海外での発売は、ちょうど日本での発売の半年後からになります。


 希望小売価格は120万円。作中当時、一番安い軽トラックのお値段が50万ポッキリですので、是非とも参考にしてください。


 VR専用回線とのセット売りで、ようやく本体価格が税抜き90万。作中、轟歴3799年の日本は消費税率が12%ですので、税込みで100万ちょいの超高級品でした。


 さらにさらに、月々の通信料も馬鹿みたいに高かった。これは具体的な値段を出しませんが、発売から3年経ったあんぐら開始の時期でもまだお高いです。


 さて――話を戻すと、〝モルヴェート〟発売後。数か月でモルヴェートTWツウィンだの、モルヴェートGQじーきゅーだのが発売されますが、この当時はどれも〝ホール〟よりも巨大で重く、そしてごつかった。


 〝モルヴェート〟シリーズは全部で4種類(一年半の間で)発売されましたが、どれも重さは平均で300キログラム。本当に羽ばたけるの? ってくらい重かった。


 さらに大きさも問題でした。初期型はフリーサイズで、横幅170センチ、縦幅200センチ、高さ180センチの超大型サイズ。やはり飛べる気がしない。


 実在するものに例えると、ホテルに入っているキングサイズのベッドが大体これくらいの縦横幅です。そこに高さをプラスするので、一般家庭の部屋に置いたら圧迫感どころの話ではない。


 色もなんだかんだでシルバーかベージュしかなく、面白みも無いものでした。


 その後、モルヴェートシリーズ最後の機種――〝モルヴェートpremiumプレミアム〟で、ようやく横幅150センチになりましたが、縦幅200センチと高さ180センチは変わらなかったので、焼け石に水状態だったんですね。


 安全性に疑問を唱える世論が強かったり、ゲーム機としても値段が高すぎるのもあって、一般家庭普及率は発売当初から一年間で7%ほど。

 むしろよく7%もいったと思います。新技術への期待値ですかね。


 結論としては、グランドピアノ並みの重さのコンピューターは、やはり一般家庭には売れなかった。あと巨大すぎたのも原因だと思います。どこに置くんだよって感じですね。



 そこでモルヴェート発売から一年半後に出た機種が〝パングラノイド〟です。名前の由来は、フルマニエル公国で有名な〝冬と夢の精霊〟より。


 前機種よりも重さを軽減し、何と100キログラムも減って、安定の200キログラム! (それでもまだ大型冷蔵庫より重い)


 大きさも改善され、横幅125センチの縦幅190センチ! 高さはなんと驚きの120センチ! (ダブルベッドサイズ)


 そうです。〝パングラノイド〟から、ようやくダブルベッドサイズになってきました。涙ぐましい企業努力ってやつですね。まあそれでも売れなかったんですが。


 何故って? 小型化のコストがそのままお値段に反映されたからですねぇ。



 希望小売価格――なんとモルヴェートシリーズを余裕でぶっちぎる、250万円。



 VR回線セット売り割引やら、年払い通信費割引などを駆使しても210万ていどにしか値段が下がらないという、驚異的なマシンが市場に放り込まれたのです。


 もちろん、更なる小型化と価格低下を期待していた世論は非難轟々。


 モルヴェートシリーズの在庫を捌き切りたいがためにこんなものを出したんじゃないか? など色々と言われ、一時期、世間のふわっとした民意を受け、とばっちりでアイオの別子会社(上場済み)の株価が急落したほど。


 この時期になってようやく我らがクズの登場です。名ばかりだった社長が、赤字部門に乗り込んだ。要するにテコ入れですね。流石に250万はまずかった。


 「馬鹿! 本当に馬鹿ばっか!」と叫びつつ、ソコルはすぐさま〝パングラノイド〟の発売を中止。冬と夢の精霊の時代は短かった。


 代わりに、リーズナブルな価格の新機種を開発中です! と世間の注目を引っ張り、広告をうち、VR機器の話題性を保ちつつ、富裕層向けに〝モルヴェートpremium〟とハイブランドのコラボ商品を発売してお茶を濁します。


 モルヴェートpremiumのデザインをハイブランドに依頼し、高級塗料を使い、正しくブランド品として販売しました。これは初めから生産台数を絞ったため、そこそこの成功を収めます。


 ですが、販売業の真骨頂は層の厚い一般家庭にどれだけ売り込めるかがポイント。ブランド路線はブランド路線で続けつつ、一般市場の制圧を狙う――! ということで。


 ここでようやく登場するのが、主人公の狛乃も持っている〝ホール〟です。ソコルが「僕の〝ホール〟、僕の〝ホール〟」とうるさいのは、彼女が1から開発指示をし、販売戦略を立て、世間に売り込んだからなんですね。



 では今回の小話……いえ、すでに小話レベルの文字数ではありませんが、今回の主役――〝ホール〟の登場です。


 名前の由来は、〝hall《ホール》〟――劇や催しなどを行う広間の意、から。


 売り出しの際のキャッチコピーは、〝ここから――全てが繋がる〟です。名前に込められた意味の通り、ホールは正にでした。


 本体の発売と同時にラプター・オルニス社は、アイオ傘下の会社及び友好企業の全てのサービスとの提携を発表。


 〝ホール〟本体に内蔵された視覚と触覚、嗅覚のみに特化した基本アバターデータを使用し、『ファッション』・『食料品』・『日用、衛生用品』・『書籍』・『家具』・『映画鑑賞』エトセトラ――これらの物品を仮想世界の中で、見て、触れて、嗅いで――非常に安価で購入、体感できるシステムを発表。


 VRで、未知のお買い物体験を! という煽り文句と共に、〝ホール〟は話題を集めます。


 これの何が重要か、というと――確かに上記のシステムだけでは購入するための決定打にはなりませんが、堅実な後押しになりました。他にも重要なポイントがありますが、それに関しては後述します。


 たかがついで、されどついで。ネットショッピングだけなら従来のパソコンやスマートフォンで十分でも、商品の状態を出来るうえにゲームや風俗も利用できる未来機器にはロマンがありました。


 さらにホールでは、パングラノイドまでの平均アバターシステムを全面廃止。


 代わりに五感ディスク外付けシステムを導入し、各ソフトウェア会社が必要な感覚を必要なだけ用意するように、という形にすることで、一挙に仮想世界での体感精度が上がりました。


 味覚を完全にカットし、聴覚はほんの少し、残りのリソースを視覚と触覚と嗅覚に特化するなど――部分的には本当に現実のような体験が出来るようになり、五感ディスクの外付けシステムは画期的なシステムだともてはやされます。


 もはやアーケードとも、モルヴェートシリーズとも、もちろんパングラノイドとも別物の機械になっていました。


 そのうえ、前機種よりも重さを大幅に軽減し、ホールの重さは100キログラムほど。

 大きさも改善され、横幅100センチの縦幅190センチ。高さは110センチ。シングルベッドサイズにまでコンパクトになりました。ここまでくると、お部屋に置いても問題ないサイズに。


 カラーも豊富で、基本カラーが10色。特別仕様で2色。計12色での販売でした。


 ちなみに狛乃は自身のホールを真っ白――とかロマン0で表現していましたが、正式名は『ユニコーンパールホワイトサンシャイン』です。


 ユニコーン パール ホワイト サンシャイン ですよ?


 機械にロマンを感じない主人公の一人称では出せない名前だったので、ここで発表できてとても嬉しい。


 そして気になるお値段は――希望小売価格、なんと30万円。


 機能が向上し、小型化に成功し、でもお高いんでしょう? からの30万。


 更にそこにVR回線割引&魔法学由来機器減税などの割引コンボを決めることで、なんと月額7000円(36回払い)程度で〝ホール〟が購入出来るシステムを発表。


 月額7000円。ここまで来れば、一般家庭でも手が届く金額です。高額なAR端末に慣れきった後の世界ですから、飛ぶように売れました。


 でも……これでは大赤字では? と思いますよね。


 ですがその時、クズ野郎はVRを利用して、別の所から巨額の利益を得ていたのです――。


 どこから? というと、〝ホール〟を購入した利用者から。


 より正確に言えば、上記で紹介した公式お買い物サービスで商品を購入した利用者からです。


 ここで、ざっくりと荒稼ぎの仕組みをご紹介します。


 ソコル君の座右の銘は――あー……オブラートに包んで言いかえると、「大勢から100円ずつ回収して儲けようよ! ほら、大金だぁ☆」だということも覚えておいてください。


 えー、では! まず今までの小話のなかで、ホールになっても月々の通信料はお高いという話を覚えているでしょうか?


 VR機器は本体がまず有料なのは当然ですが、その本質は多機能コンピューター。


 ですがコンピューターとは言いつつ、その料金システムはスマートフォンなどの高機能携帯とよく似ています。


 ただし、スマートフォンは家にWi-Fiがあればパケットがかかりませんし、家にWi-Fiが無くともパケ・ホーダイなど色々なプランがありますが、VR機器のシステムは少し違います。



 VR機器の通信費プランは、2種類しかありません。


その1――使用した通信費の分だけ月ごとに支払う。(VRフリースタイルプラン)


その2――月額8万円の定額通信費を支払う。(VR使い放題プラン)



 どちらもそのまんまのシステムです。ですがフリープランの場合、通信料は1時間におよそ300円ほどかかると考えて下さい。


 損益分岐点は、1日あたりの利用時間が9時間以上かどうか。8時間以下ならフリースタイルの方が安く、9時間以上ならVR使い放題の方が安く済む。


 ですが、これだけではお金がかかりすぎる上に遊びにくい。


 MMO廃人とかなら迷わず使い放題プランにするでしょうが、普通に仕事をしつつ、平日の出勤前や帰宅後に2、3時間だけログインして遊びたい人には痛い出費になるし、仮想世界でぼーっとしているだけでお金がかかるというのは精神衛生上も良くありません。


 そして、そんな不満を解消するシステムを用意したのもソコル君です。


 クズは言います――「そんなあなたに、お得なサービスがございます」と。


「毎週、ラプター・オルニス公式お買い物サービスを一定額(税抜き1000円以上)利用するだけで、その週は1日3時間までの通信費が無料になりますよ」と。


「つまり、月に4000円分。ティッシュでも構いません。夕飯の材料でも、気になっていた書籍でもご購入してくだされば、実質2万7千円分の通信料が無料になります!」……と。


「更に言えば、公式お買い物サービスにログインしている間は、一切の通信料を頂きません!」……とくれば。


 当然ですが、公式お買い物サービスから生活必需品を購入し、毎日3時間ずつ遊ぶのがお得じゃないかと。利用者はそう思うわけです。


 しかし、サービスのためのお買い物とはいえ、VRショップは便利です。店舗を構える必要も従業員も必要ないので、その分だけ商品の値段も下がるのでお得。売る方も利益が増えてうはうは。


 家から出る必要も無く、商品に触れて、見て、嗅いで――購入するだけで、30分たらずで自宅に移動系魔術師が配達に来てくれるサービスも好評でした。一度に2000円以上のお買い物で、送料も無料になりますしぃ?


 VR内でお買い物をした人には大幅ポイントキャッシュバック! などのイベントもあり、一度利用すればその便利さに何度も利用するようになる。


 そしてVRショップで出している商品は、大半がラプター・オルニス社の商品。もしくはグループ傘下の商品です。


 損して得取れ――とはよくいったもので、ソコル君はこの仕組みでホール本体の赤字などさっくり解決し、むしろかなりの黒字を出しました。


 大赤字が黒字になった要因は他にもありますが、他は端折はしょります。ただソコル君は大体こんな感じで利益を得ています。いぇあ。


 ただ、どうしようもない欠点もホールにはあります。


 ホールはその構造上、電源が入っていてログインが出来る状態(夜中のログイン凍結時間は除く)になっているだけでも微量ながら通信料がかかってしまうんです。


 これが、狛乃が亜神状態から戻ってこれるほど、ホールの電源を抜いたかどうかを気にしている理由です。


 通信料とは別に接続料として取られるもので、通信費に比べれば微々たるものですが、塵も積もれば山となる――1年間分になると馬鹿にならない費用になるのです。


 これには利用者も不満を持っており、ソコル君も思案中の問題。


 ですが逆に言えば、今のところはホールにはそれくらいの問題しかない、ということで。


 今やVRで楽しめるコンテンツも増え、さらにそのコンテンツを利用するためにホールを購入する人もいたりして、良い循環を繰り返した結果――気が付けば、どこのご家庭にもホールがある。そんな状態になっているのです。




 他にも、ホールによる犯罪防止機能や生命維持機能の話。自動通報機能や、ホール1台につき1体が配属される学習性AI(電子精霊、もしくは妖精のたぐい)についての話など……小話自体はいくらでもあるのですが、キリが無いので今回はここまで。


 何だか書いているうちにテンションが上がり、すでに小話レベルではない文字数になりましたが、ここまで読んで下さりありがとうございました。


 他にも知りたいことがあれば――以下略。感想やコメント待ってます。


 次回の予定は未定ですが、また何かしらの裏話をさせていただきます。とりあえず、次の更新は本編です。



 それでは、次回もお楽しみに。



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