第3話 スポーツってのは勝ち負けじゃない、はずなんだ

「おい、なんでこんなことになってるんだよ」

「私にもわからないわよ」

俺は今、手足を縛られて、冷たい床の上に座っている。

そんな俺の隣で、同じように手足を縛られているのはリリルだ。

悪魔である彼女が、どうして拘束されてしまったのかと言うと……


話せば長くなってしまう。

あれは、昨日の話だ。



「ねぇ、明日って暇?」

学校からの帰り道、楓がそんなことを聞いてきた。

答えはもちろん「暇だ」の一択。

だが、素直にそういうのも気が引ける。

暇な男というレッテルを貼られてしまうのも……。

「その顔は暇なんだね!じゃあ、明日遊びに行こうよ!」

そんな俺の気持ちを知ってか、知らずにか、彼女に半強制的に遊びの約束を取り付けられてしまったのだった。

いや、まあ遊びに行きたかったんだけどな。

素直になるのって、結構難しいことなんだぜ?

素直に自分を表現できる人は、それだけで才能だと思う。もっと胸を張っていいと思うぞ。

そんなアドバイスを、この場を借りて記しておこうと思う。


そんなこんなで、翌日。

俺達は地元に新しく出来たばかりの『高田スポーツランド』にやって来ていた。

どうやら、色々なスポーツがこの施設ひとつで出来るという、なんとも若者が喜びそうな場所だ。

なにより、最寄り駅近くにあるというのがいい。

遠過ぎず、近過ぎずで、時々来てみたくなるじゃないか。

まあ、俺は運動はそんなに得意じゃないんだが、楓は体を動かすことが好きなので、こういう場所は気に入るのだろう。

入場料を払った後、すぐに更衣室に飛び込んで行った。

「タローも早く着替えてきてね!」

せっかく来たのだから、楽しまなくては損だ。

俺は表向きは渋々、でも、心はワクワクさせながら、更衣室へ入った。

今日は楓と、思いっきりスポーツを楽しむとしよう!

……俺はそう誓ったはず、だったのだが。


「いや、無理だろ!」

「タローなら出来るよ!頑張って!」

「いや、俺の頑張りとかじゃなくてさ……」

俺は今、バットを握りしめている。

そして、飛んできた球を打ち返す競技、つまりバッティングをしている。

全42球、13球ワンセットを4回プレイ。

そのうち前に飛ばせたボールの数、なんと0球。

勘違いしないで欲しい。

なにも、俺の力不足で打てないわけじゃないんだ。

物理的に打つことが不可能なのだ。

「なんでバッティングセンターで、370キロが出せるんだよ!」バキッ

俺は飛んできた球を打ち返すべく、バットを振る。

球は見事にバットに当たり、凄まじい音を立てて、バットの方が潰れた。

「……」

俺の手には、無残にも上半分が吹き飛んだバットの持ち手の部分だけが残っていた。


「タロー、落ち込まないの!打てないのは仕方ないよ!」

「その励まし方はやめてくれ。まるで俺が運動最底辺みたいじゃないか……」

さすがに、55球打って、40本近くのバットが折れるのは、おかしすぎるだろう。

確かに、打席に入った時、凄まじい数のバットが置いてあるとは思ったが、折れる前提で置かれているとは思ってもみなかった。

というか、人間に投げれるのか?370キロって。

人間に投げれない球は、人間には打てないと思うのだが。

ちなみに、何故、打てもしない370キロの打席に立つ羽目になったかというと、原因は俺にあった。

バッティングの前に、俺達はバドミントンをした。

しばらく練習した後、楓がこう言った。

「先に5点取った方が勝ちで、負けた方には罰ゲームさせることにしようよ」

いくら俺でも、相手が女子なら、負ける気はしなかった。だから、俺はドヤ顔(笑)でこういってしまった。

「俺が負けたら、バッティングで最高速度を打てるまで諦めないことにしてやる」

俺は、今でもこの言葉を後悔している。

楓の罰ゲームは確か、スカートの格好ででんぐり返しするというものだったと思う。

楓は、今は動きやすいショートパンツに着替えているが、待ち合わせした時はスカートだった。

あのヒラヒラのスカートで、でんぐり返しするとなると、彼女のスカートの中身を優しく包み込む布地は、俺にこんにちはをすることになることは間違いないだろう。

俺は、かなりやる気になっていた。

男ってそういうもんだろ?

でも、俺は彼女を見誤っていたらしい。

4対4の同点、次に得点した方の勝ちという勝負にまで、持ち越されてしまった。

一点を取るのすら接戦で、俺も楓も、汗だくになっていた。

簡単に言うと、この汗だくというのが俺の敗因だ。

楓は、それなりに女の子らしい体型をしている。

胸もそれなりにあるし、お尻もいい形をしている。

そこらの女の子よりも、ワンランク上の女の子なのだ。

そんな彼女が汗だくでバドミントンをしている。

バドミントンというのは、かなり激しい動きを要求されるものだ。

女子なら誰でも(どこかのロリ貧乳悪魔は例外として)分かると思うが、激しい動きをすると、胸がかなり揺れる。

俺は、男の性には抗えなかった。

彼女がサーブを打ったことに気付かず、揺れるソコに見惚れている間に、彼女に5点目が入っていたのだ。


そして、バッティングエリアに来てみれば、なぜか370キロというありえない球速があったという訳だ。

握っているバットがバキバキと折れていく様は、俺のトラウマになりそうなレベルで恐ろしかった。

腹に当たれば、気絶では済まないだろう。

もうこのエリアに近づくことは二度とない。

そう信じたかった俺である。


「タローはバスケの経験ある?」

「いや、無いけど……」

「じゃあバスケしよっか!」

そんな簡素な流れでバスケットコートに踏み込んだ。だが、二人でやるには広すぎるコートだ。

そんなことを思った矢先、背後から声が聞こえた。

「そこのおふたりさん、俺たちと勝負しないか?」

「2on2で勝負しましょう」

振り返ると、いかにも陽キャ、the陽キャと言った感じの男と、前髪ぱっつんの可愛めな女が立っていた。

見た感じだと、歳は俺たちと大差ないと思う。

それでも、溢れ出る男の陽キャオーラと女の美人オーラに圧倒されてしまう。

まあ、ちょうど人数が欲しいと思っていたところだ。

勝負を挑まれて、拒む理由もない。

俺は快く、対戦を承諾した。


2on2、つまり2人チームで戦うということ。

俺のチームはもちろん俺と楓。

「俺のことはグランって呼んでくれ」

男はそう言って、俺に握手を求めてきた。

スポーツマンシップというのだろうか、そんなものを心得ているらしい。見習うべきだろう。

それにしても、見た目は日本人に見えるが、名前は外国人のもののように感じる。

これは聞くべきか、そう思っていると、勝手にグランが説明してくれた。

「グランってのは愛称さ。由来は確か、俺がグランベーコンチーズが好物だからだったと思うぜ!」

そう言ってグランは親指を立てる。

いや、そのグランかよ。

そのツッコミは、心の中だけに留めておいた。

ちなみに、女の方の名前はユイらしい。

こちらはなんとも普通な名前で、心のどこかで変わった名前を求めていた自分に気付かされました……まる。


「先に5点取った方が勝ちってことでいいか?」

ボールをリズムよくバウンドさせながら、グランが言う。

「ああ、それでいいぞ」

俺がそう答えると、グランとユイの2人が頷いた。

「じゃあ、勝負なんだし、負けた方には罰ゲームを決めましょうか」

「いや、罰ゲームはもう懲り懲りだよ……」

先程、罰ゲームで370キロに向き合わされた俺からすると、勘弁して欲しい限りだ。

そんな俺の思いとは裏腹に、彼らは罰ゲームの話を進めていく。

「じゃあ、負けた方には、法的に許される内容のお願いをひとつ聞いてもらえることにしよっか!」

「それいいじゃん!そうしようぜ!」

「いや、法的に許される内容ってのがリアルで怖いんだけど!?」

なんだか、グランとユイの2人だけで話が進んでいく。これはもう断ることは出来なさそうだ。

仕方ない。

俺は腹をくくることにした。

隣にいる楓もやる気十分なようだ。

「じゃあ、始めるぜ?」

「あ、ああ…!」

俺が頷く、同時にボールが高く放り投げられる。

俺はボールが落ちてくるタイミングでジャンプし、ボールに手を伸ばす……が、その手は空振りして空を切る。

俺の手よりも先に、グランの長い腕がボールを弾き、ユイの方へ飛ばされたのだ。

「身長に差がありすぎるぅ!」

「バスケってのは持てる能力の全てを出してこそ楽しめるスポーツだ!」

ユイが2回バウンドさせる間に、グランは俺達の間を掻い潜って、ゴール前に走る。

「身長差、体格差、年齢差、バスケってのは、そのどれもが有利不利を左右する!」

ユイがゴールの斜め上にボールを投げると、グランはそれに飛びつくように、凄まじいジャンプ力を俺たちに見せつけた。

「だから、相手がどれだけの選手だろうと、俺は手加減なんてしない!」

空中でボールを掴んだグランは、長い腕をしならせて、ゴールへボールを叩き込んだ。

ガタンッ!

バスケットゴールがゴールを示す音を立てる。

グランはユイの元へ走り、ハイタッチなんかをして喜んでいる。

「ねえ、タロー。あのね……」

「わかってる、皆まで言うな……」

俺達は一点を取られた時点で悟った。

勝てるわけねぇ……と。


その後も、試合は一方的だった。

ユイが投げて、グランが叩き込む。

よくわからない感じで、なんとか一点は取れたが、結局はそれも無意味に、5点目を叩き込まれ、俺達の敗北が決定したのだった。


「いい試合だったぜ、ありがとうな!」

「あ、ああ、イイシアイダッタヨ……」

試合が終われば、敵も味方も関係なくハンドシェイク!なんて、スポーツ漫画のような清々しさはなく、ただ、圧倒的な差を見せつけられた感がすごかった。

「じゃ、じゃあ、またどこかで会えるといいな」

「ま、またどこかで……では……」

俺達は、罰ゲームのことを思い出される前に立ち去ろうと、忍び足で外へ……。

だが、あと少しで外に、という所で、俺達の前にグランとユイが立ちはだかる。

「おふたりさん?罰ゲームのこと、忘れてないわよね?」

「お願い、聞いてくれるんだろ?」

「「は、はい……」」

その圧倒的なオーラに、正直チビりそうになったのは内緒だ。


「それで……なんで俺はこんなことになってるんですかね?」

「それはもちろん、私とデートしてもらってるからよ?」

「は、はぁ……」

俺は、ユイさんと手を繋いで歩いていた。

彼女のお願いである『私とデートして』を叶えるために。

「ほーら!せっかくだし楽しんで?」

「はい…」

ユイさん曰く、俺に一目惚れしたんだとか。

ユイさん、見た目がいいからもっと候補はいるはずなのに、なんで俺なんだろう。

ちなみに、グランは彼氏ではなく同じ部活の友達なんだとか。

俺の予想だが、グランはユイさんのことが好きだと思う。そして、そのユイさんに告白されたも同然の俺は、グランから恨まれそうで怖い。

もしかしたら次にあった時、バスケットボールを上から叩きつけられるかもしれない。

その対策のため、楓を生贄に捧げてやったが、あっちの2人は今頃、仲良くしてるだろうか。

仲良くしてるといいなぁ……。

「ほーら!太郎くん!早くおいでっ!」

「わ、わかりましたよ!」

ユイさんに強引に腕を引っ張られる。

たどり着いた先は、カラオケエリア。

このエリアだけでそこらのカラオケ屋と張り合えるレベルで、部屋がずらりと並んでいる。

スポーツ施設なのにカラオケまであるとは。

ここを経営している会社の株、買い占めて置こうか。将来、絶対いい感じに成長するだろう。

そんなことを考えているうちに、俺はカラオケの部屋の中に引きずり込まれてしまった。

そして、見た目からは想像出来ないほど積極的なユイさんに、俺は驚きを隠せないでいたのだった。


数曲歌い終わったユイさんが、ため息をつきながら俺の横に座る。

「ユイさん、歌上手いですね」

「そうかな?ありがとう!」

褒められて嬉しいのか、ほんのり頬を赤くして微笑むユイ。

「少し疲れちゃった」

「え、ちょ……!」

ユイさんが俺の膝の上に頭を下ろした。

「えへへ、太郎くんの膝で休ませて?」

「いや、それは……その……」

「……不満?」

「いや、そういう訳ではなくて……」

「じゃあいいでしょ?」

ユイさんは追い討ちとばかりに、俺の右太ももと左太ももの間に顔をうずめる。

「……っ!」

なにか、男の中の何かを刺激されているような気がする。ユイさんは清楚系に見えて、意外とそっち系の人なのかもしれない。

そっち系というのは、ここで説明するのは控えておこう。俺はそれどころではないのだから。

今、一瞬でも気を抜けば、きっと俺の息子様が目覚めてしまう。そうなれば、息子様と密接していると言っても過言ではない距離にいるユイさんにバレてしまうことは避けられない。

そうなれば自然な流れでグランに話が伝わり、俺はグランにバスケットゴールに叩き込まれてしまうだろう。

これは、ボールを叩きつけられるのよりもタチが悪い。

「ねえ、太郎くん?」

「ど、どうかしましたか?」

「あたま、撫でて欲しいなぁ」

ユイさんが話す度、彼女の息遣いが太ももを伝って感じられる。

そんな感覚が、どことなく気持ちよく感じてしまう。

「わ、わかりました」

俺は、そっとユイさんの頭を撫でる。

あ……髪の毛もふわふわだ……。

撫でる度にいい匂いが漂ってくる。

あれ、この香水の匂い、どこかで嗅いだことがあるな。どこだったかな、楓と同じやつなのかな?

……あれ?指先が硬いものに当たった気がする。

俺はそれをもう一度確かめるべく、念入りに頭を撫でる。

「うふふ、くすぐったいよぉ」

そんなユイの声も聞き流して、また、硬い何かを見つける。

小さいが、頭にあると考えると異様だと思えるほどの硬い膨らみ。

どうやらこれは、角?らしい。

反対側にも同じようなものがあるから、角という考えはあっているらしい。

そう言えば、この触り心地、どこかで体験したことある気がする。

「太郎くん?そこ、気になる?」

「あ、はい、なんだか触り心地が良くて……」

そうだ、思い出した。

この触り心地、ヤギの角に似ているんだ。

でも、なんでこんなものがユイさんのあたまにあるんだろうか。もしかして、すごいたんこぶなのだろうか。左右対称のたんこぶ、不思議だ……。

「そこ、私の性感帯なんだけど?」

「んぇ!?」

俺は変な声を出しながら、とっさに手を離す。

「ふふふ、もっと触っててもいいのに」

そう言うと、ユイさんは俺の膝から起き上がる。

彼女は明らかに先程とは違ったオーラをまとっていた。

その背中には、いつの間にか小さな黒い羽が生えており、スカートからは尻尾が伸びていた。

「うふふ、太郎くん美味しそうだったから、つい一目惚れしちゃったの♡」

彼女が唇を舐める仕草は妖艶で、清楚系というワードはどこへ行ってしまったのやらと言った感じだった。

彼女は今、明らかに俺の貞操を狙っている。

まあ、俺からすれば嬉しいことなんだが……。

「あなたの貞操と、生命力を頂くわね♡」

「やっぱり嬉しくねぇ!!!」

俺は彼女から逃げるべく、カラオケルームを飛び出した。

「うふふ、逃げてもどこまでも追いかけるわよ〜♡」

それを追うべく、ユイも部屋を飛び出した。


「うわっ!か、楓!?」

「た、タロー!?た、助けて!」

「ど、どうしたんだ!?」

「ぐ、グランさんが!」

「ま、まさか!?」

ユイだけでなく、グランまで人外だったのか!?

そう言おうとした時、楓の背後からグランが現れた。

「く、食いすぎた……ぐふっ……」

膨らんだ腹を抱えて。

「グランさん、お昼を食べるって言って、バイキングに行ったら、10皿分もとってきて、それで……」

「お前はアホか!」

「す、すまん……うっ、吐きそう……」

「ここで吐くな!トイレにいけ!トイレに!」

俺はグランの首を掴んでトイレに駆け込んだ。

「う、うぇぇぇ……」

個室の扉の向こうから聞こえる声に、俺は頭を抱えた。


「もう大丈夫だ」キリッ

「よく吐いた後にその顔ができるな」

清々しいくらいにいい顔つきでトイレから出てきたグランを連れ、俺はトイレを出る。

「うふふ、やっと見つけたぁ〜♡」

「げっ、ユイさん……」

「おいユイ、誰にでも襲いかかったらダメだって言っただろ?」

グランがそう言ってユイの頭を撫でると、彼女の羽や尻尾がまるで元からなかったかのように消えた。

「え?」

「あ、わ、私何を……?た、太郎くん、ご、ごめんなさい!」

正気に戻ったユイさんは、必死に頭を下げてくる。

だが、俺には何が起こったのかよく分からない。

「えっと、これは……」

混乱している俺に、グランとユイさんが、2人の正体について話してくれた。

実は、ユイさんは悪魔族の血を引いており、普段は人間の姿でいることが出来るのだが、性感帯に触れられたり性的快感を覚えてしまった場合、悪魔族のサキュバスの血が目覚めてしまうらしい。

グランには、それを制御する力があるらしく、ユイさんが暴走しないためには、彼が定期的に鎮痛剤ならぬ、鎮魔剤を注ぎ込む必要があるとか。

鎮魔剤は彼が頭に触れるだけで注ぎ込めるらしい。


『へぇ……普通に暮らしてる悪魔族なんて、珍しいわね』

頭の中にリリルの声が響く。

おい、お前今までどこに行ってた?今日はやけに静かにしてたみたいだが……。

『ちょっと太郎の黒歴史を探ってただけよ。今の私はあなたとリンクしてるから、記憶も見れちゃうのよねぇ』

ちょ、おい!な、何か変なもの見たりしてないだろうな?

『変なものって、例えば、近所の山田さんの家に入って、高そうな壺を割ったことを隠してることとか?』

頭の中でリリルがケラケラと笑っている。さすが悪魔、悪魔らしい悪い性格をしている。

いや、それ、後で聞いた話だけど、百均で買った壺らしいぞ?

『え!?あ、ほんとだ!うわぁ、せっかく契約させるための脅しの材料を手に入れたと思ったのにぃ!』

この悪魔、詰めが甘い。

というか、脅しの材料が弱過ぎないか?

いくら高い壺でも、腕とか魂とかを賭ける気にはならん。

『まあ、いいわ。次はどうやって契約させようかしらね〜♪』

こいつ、契約させることを楽しみ始めている。

これは、少し気を引き締める必要がありそうだ。


「えっと、グランさん、大丈夫ですか?」

そんな所に楓が帰ってきた。

どうやら、グランのために水を買ってきたらしい。

「ああ、楓さん、ありがとう」

「グランったら、食べすぎる癖は治さないとって言ってたでしょ?」

「ごめんごめん」

こんな感じで、人間界に普通に暮らしてる悪魔もいるんだな。

まるで、何も無かったかのように振る舞うユイさんとグランを見て、俺はそう思った。

つまり、契約をさせようとするリリルは本当に悪い悪魔ってことか。そうか、なら、人間界から追い出さないと……。

『いや、悪い悪魔じゃないから!私の方が普通だから!悪魔ってそういうもんだから!』

あ、まだいたのか、リリル。早く出て言ってくれないか?

『まだいたのかって、さっき話したばっかりでしょ!?というか、なんか冷たくないかしら。こうなったら、太郎を内側から操って楓に嫌われるように仕向けるという手も考えさせられるわね』

え、お前、そんなこと出来るのかよ!いや、やめて!?幼馴染に嫌われたら俺、泣いちゃう!

『ふふふ、なら私を追い出すのはやめなさい。ここ、気に入ってるから、あと5年は暮らせるわ』

ご、5年でございますか……。

正直、長いと思う。悪魔を5年も住まわせて、体に問題は無いのだろうか。

そんなことも考えたが、どうせ言っても聞かないだろうし、どうせ5年も入れるはずがないだろう。

俺は半ば諦めの気持ちとともに、リリルに向けていた意識を現実に引き戻した。


俺達4人は、その後もいくつかのスポーツで競った。グラン&ユイのコンビに、ものの見事にボコボコにされたことは言うまでもない。

4時を回ったところで切り上げて、俺達は帰ることにした。


「じゃあ、俺は電車だから」

グランとはそう言って、駅の前で別れた。

ユイはと言うと、意外にも俺の家の近くに住んでいるらしく、歩きだと言う。

楓を家まで送り届け、ユイさんと二人きりになった時、俺の前に彼女がに膝を着いて頭を下げた。

「太郎くん、いや……リリル様、お久しゅうございます」

「え?」

俺が混乱していると、俺の横にリリルが具現化して現れた。

「やっぱり、お前は凛怨りおんの娘か」

「はっ!母を覚えていてくださるとは、光栄です」

そのやり取りを前にして、俺の脳は、理解しようとフル回転していた。それを察したのか、リリルが口を開く。

癒沃ゆいは凛怨という、今は亡き私の部下の娘なのよ。まだ赤子の時に一度、顔を合わせたことがあったけど、まさか覚えているとはね」

「将軍様に撫でていただけたことは、私の数少ない誇りのひとつですから」

「そうね、今は力が衰えてしまっているけれど」

平然とそう返すリリル。

頭を下げ続けるユイさんは、確かに言った。

将軍様、と。

俺の聞き間違いでは無いはずだ。

ということは、リリルは将軍という地位にあるわけで……。

「え、お前、将軍なの!?」

「ええ、そうよ?言ってなかったかしら?」

「いや、言ってねぇよ!ていうか、将軍ってことは、お前、結構強い方なんじゃ……」

「ええ、そういうことになるわね」

「まじかよ……」

俺はその『結構強い方』な悪魔にピッタリ張り付かれて、契約させられそうになってるってことかよ。

俺、思ってたよりやばい立場なんじゃないか?

「では、私は夕食の支度があるのでお先に失礼致します」

ユイは、最後に一礼すると足早に立ち去って行った。

「まあ、その強いのに介入されても自我を保っていられるあなたは、相当な逸材なのかもね」

「ん?何か言ったか?」

「いいえ、なんでもないわ。早く帰るわよ、遅くなると、ママに叱られちゃうわよ?」

「母さんは海外赴任中だ!若干のブラックジョーク入れてくるなよ」

「ふふ、悪かったわね」

リリルはそう言うと、ゆっくりと歩き出した。

俺もそれに並んで歩く。

家はすぐ目の前だ。


「……ぐぁ!?」

俺は突然首に激痛を感じたと思った矢先、目の前が真っ暗になった。

「た、太郎!?だ、だれ!?」

リリルが振り返ると、そこには全身黒ずくめ、いかにも怪しい格好の何者かが立っていた。

リリルが戦闘態勢に入ろうとすると、黒ずくめはポケットから赤い宝石でできたネックレスを取り出して首につける。

「あ、あなた……それってまさか……ぐっ…」

リリルは膝から崩れ落ち、太郎に重なるように倒れ込んだ。

「くくく、将軍様も落ちたもんだナァ」

黒ずくめはネックレスをポケットに入れ、左手を沈みゆく夕日にかざした。

その瞬間、黒ずくめと太郎達は黒い闇に飲まれて消えた。


そして、今に至る。

俺もリリルも、手足を拘束されて身動きの取れない状態。

「なんで悪魔のお前まで拘束されてるんだよ!」

「それがこの手錠、対悪魔用に作られたものみたい。普通なら軽く外せるはずなのに、なぜか力が出せないのよ」

「なんだよ、肝心な時に役に立たないんだな」

「そんなこと言って、先に倒されたの太郎ですけど?」

「不意をつかれたんだよ!仕方ないだろ!そんな細かいことばっかり言ってるから契約させれないんじゃないのか!」

「なによ!人間の分際で……」

「本当に、人間と悪魔は水と油、混ざり合うことなんてできない存在どうしなのですネェ」

暗い闇の中から、こちらに近づいてくる足音が聞こえる。

「お久しぶりです、将軍サマ」

「あ、あんたは……!」




つづく


突如何者かに連れ去られた太郎とリリル。

悪魔さえも誘拐する能力を持つ闇の声、その正体とはいかに!

「太郎、あなただけでも生きなさい!生きるの!じぇったいにぃ!」

次回!『リリル、死す!』


「って、勝手に殺してんじゃないわよ!悪魔は不死身よ!それに、勝手になまらせないで!」

「次回予告ってのは大袈裟に言うもんなんだよ。そんなことにいちいち怒るなって」

「太郎のくせに生意気ね!契約させてやるわよ?」

「お前はどこかのガキ大将かって」

「私のものは私のもの、太郎の魂は私のものよ!」

「ガキ大将よりタチが悪いな、おい!」

『次回もお楽しみに!』


※作者の幼稚な遊び心にお付き合い頂き、ありがとうございました。

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