ホワイトエンジェル

@jvk

第1話

 戦車(タンク)乗りは三位一体。

 操縦手、砲手、戦車長のチームワークがものをいう。

 だが、この惑星タランの政府軍。

 第一三方面軍、第四師団、第八戦車大隊、第二機動中隊に属する第六小隊。

 そこに所属する、ゲーリー操縦手とブラッド砲手が駆ける三八式重戦車ベヒーモスだけは勝手が違った。この悪名高き重戦車には、三日と戦車長が居付いたためしはなかった。

 それでも二人が駆るベヒーモスは、反政府ゲリラに撃破されることも無く、出撃すればそれなりの戦果をあげて帰ってくるので、軍本部としては、有難くも鬱陶しい存在だった。


 度重なる命令無視で二日間の謹慎処分と、半年間の減俸を喰らったゲーリーとブラッドは、宿舎近くのバーで安いアルコールを体内に蓄積させ、ウサを晴らしていた。

「どうせなら半年間の謹慎の方が良かったのによう。そしたら毎日飲んでアルコール依存症で除隊してやんのに」

 チビで痩せぎす、ついでに短気者のゲーリーが、ショットグラスをカウンターに叩きつけながら文句を言う。

 役人ばかりで職業軍人が不足する政府軍にとって、ベテラン運転手と腕の立つ砲手は貴重な存在だ。だが、たとえ正しい判断だとしても、命令違反は軍紀を乱す。規律を守るためには罰を与えなければならない。

 長期の謹慎は軍にとって損失になるが、減俸なら痛くも痒くもない。

「ぼやくなよゲーリー。結果として戦車隊を全滅させなかったんだからいいじゃねえか。こうして生きてるだけで俺は幸せだよ。ハレルヤ!」

 アルコールより食欲の、優しい巨漢ブラッドは、血が滴る激レア合成ステーキを、ヘビのように丸呑みにする。

「うるせえよ似非クリスチャンが。ところで知ってるか? 謹慎が解ける二日後に、懲りずにまた配属されるってよ」

「配属って誰が?」

 分かってはいるが、一応尋ねるブラッド。社交辞令のようなものだ。

「誰っておまえ、我らがベビーモスに不在がちな戦車長サマだよ。アカデミー卒業ほやほやのルーキー。しかも首席でご卒業のスーパーエリート少尉殿だとよ。おいブラッド。また死亡確率が上がったぞ」

「そうみたいだな相棒。まあ勝手にやるさ。幸運にも俺たちには戦車長さまの指示が聞こえない素晴らしいエンジェルイアがあるじゃないか」

「デビルイアの間違いだろ? まあいいブラッド。一応確認だ。操縦手はボクだ。砲手はキミだ。戦車長は?」

「座って見てればいい。なるほど、いつ通りだ。ところで知ってるか? 俺たちの所に配属されるルーキーはまず階級に意味がないということを思い知り、その挫折感を糧に成長するらしい。まさに神の試練だな。ゴードン中尉もそうだった。戦死しちまったがバルバド大尉もそうだ。彼らはいい戦車乗りになり、そして主に召されたよ」

「おいおいゴードン中尉も死んでるぞその言い方だと。だが確かにあの坊ちゃんたちも、ベヒーモスを降りてから素行が良くなったな。オレたちゃ鬼軍曹ってか?」

「鬼かどうかは分からないが、軍曹はキミだけだ。俺は曹長。ハハハ悪いな軍曹くん」

「クソッ! なんでてめえがオレより階級上なんだよ?」

「戦車長の命令を無視した回数の差だろ? 操縦手は砲手と違ってせわしく動くからな。右だ左だって言われて、その反対ばかり行ってちゃ戦車長さまも怒り心頭だろうな」

「しかたねえだろ。そっちに行ってたら確実に砲弾喰らうって分かってんだからよ。お前はいいよな。うてーって言われてもタイミング見計らってから撃ちゃいいもんな。それで命中ドカンで、ニブチンの戦車長さまなら軽く騙せるもんな」

「まあまあ。だからこうして“たま”に奢ってやってるんだろ?」

「“たま”にすぎるんだよ。もっと頻繁に奢れや!」

「奢りにケチつけるなよ。さあ乾杯だ。俺たちの最後の晩餐に」

「乾杯だよクソッタレ!」


 二日後。折角の休暇(謹慎)なので連荘で呑み続けていたゲーリーとブラッド。

 安酒の過剰摂取による二日酔いで頭痛が治まらない二人を、更に苦しめる辞令が下った。

 戦車整備格納庫にて、入道のようなつるっぱげの巨漢マッチョ、アレキサンダー大佐から上官を紹介される二人。

「謹慎処分で内示を告げる暇は無かったが、地獄耳のキミたちのことだ。すでに噂で聞いているかと思う。アカデミーを首席で卒業したリリカ・サイトウ少尉だ。キミたち二人の上官、戦闘指揮者としてベヒーモスに搭乗してもらう。サイトウ少尉、挨拶を」

 アレキサンダー大佐が、自分の背丈の半分程度しかない少女の肩を叩く。まるで娘だ。

「えっと。このたび第六小隊・小隊長を拝命し、ベヒーモスの戦車長として配属になったリリカ・サイトウ少尉です。みなさんよろしくお願いします」

 ぺこりとお辞儀をするリリカ・サイトウ。ゲーリーとブラッドはノーリアクションだ。

「お前たちも自己紹介せんかっ!」

 アレキサンダー大佐の怒声が格納庫に響くが、二人の気持ちがわからないでもない大佐は少し同情し、咳払いをした。

「大佐殿。質問があります」

 ゲーリーが挙手する。

「質問を許可するゲーリー軍曹」

「いつから軍は託児所になったんですか? 戦車は遊園地の乗り物とは訳が違うんですよ。博物館に展示するほどベヒーモスは旧式ではありませんが」

「大佐殿。流石に自分も勘弁して欲しいであります!」

 ブラッドが最敬礼して直訴する。

「駄目だ駄目だ。もう決まったことだ。最年少かつ、首席でアカデミーを卒業したサイトウ少尉が戦車長としてベヒーモスに搭乗する。これは軍のメインコンピュータと作戦参謀が決めたことで私の権限など屁のツッパリにもならん。諦めろ!」

 アレキサンダー大佐はそれだけ言うと、リリカを置いて、その場を逃げるように去っていった。

 格納庫に残されたゲーリーとブラッドは、きょとんとした表情で二人を見つめるリリカの視線に気付くと、同時にため息をついた。

 リリカ・サイトウ。一三歳。一〇歳でアカデミーに入学し、僅か一年で必修課程を終え、卒業するまで三つの博士号を取得した超エリート。

 と、ゲーリーとブラッドに手渡された資料には書いてあった。

「ゲーリー軍曹。ブラッド曹長。これからよろしくお願いします。共に反政府ゲリラの間違った思想を流布するムハドメルの暴挙を阻止し、この星に平和を取り戻すべく頑張りましょう!」

 希望に満ちた純真で翳りのない瞳。こんな年端もいかない少女が上官だという。

 ゲーリー二八歳、ブラッド三〇歳。軍属十年の二人。これはある意味拷問に近かった。

「がんばろー」

「おー」

 もはや二人には気の抜けた返事しかできなかった。


 ベヒーモスの生還率が群を抜いている理由。

 それは、戦闘中に陥りやすい深追いを絶対にしないからだ。

 潮時というものをゲーリーとブラッドは心得ており、ワナの匂いにも敏感だった。

 前進しろという命令を無視したおかげで、対戦車地雷源に突入し、派手に大破するのを未然に防ぐのは日常茶飯事で、最近は皆、ベヒーモスより先に車両を進めない。

 惑星タランは砂漠の星。海も無く、微々たる地下水を繰り返し浄水して使用している。

 予測不能で頻繁に起きる砂嵐と強力な磁場のおかげで、航空兵器、主にヘリはクソの役にも立たなかった。

 そのような理由から、惑星タランの主力兵器は戦車(タンク)であった。


「出撃ですってブラッドさん」

 オカマ口調のゲーリー。

「まあそうなんですかオホホホ。隊長殿、出撃ですわよ」

 調子を合わせるが、何故かオカマ口調が似合っているブラッド。

「二人とも、気持ち悪いから普通に話してください」

 バカにされてると感じたリリカはプイとむくれる。

「やっぺえよ。ブラッド。オレ隊長を怒らせちまった。また減俸かな?」

「生ぬるい。上官を侮辱した罪は重い。最悪は銃殺刑。軽くてもクソのついた靴を舐めさせられる。隊長殿。この件を査問委員会に報告しますか?」

「しません。しませんから早く出撃準備をしてくださーい」

 しかしこのベヒーモス。

 女性の戦車長を乗せたこともあるが、流石に一三歳の女の子を乗せる機会はいままで一度も訪れなかった。

「しまったブラッド曹長! 整備不良を発見しました! ピピー!」

「どうしたゲーリー軍曹。なにがあった?」

「どうしたんですかゲーリー軍曹」

 ベヒーモスの前でぶかぶかのヘルメットをかぶりながらリリカが尋ねる。

「チャイルドシートを忘れてきた。少尉殿の身体では戦車長シートに座ってもスペース余りまくりで振動で怪我しちまう。オー、ママン。なんてこった……」

「チャ、チャイルドシートなんて必要ありません!」

「チャイルドシートは必要なくてもこれは必要でしょうね。酔い止めと衝撃緩衝クッションです。酔い止めは必ず飲んで下さい隊長。戦車長シートでゲロったりされたらゲーリー操縦手が可哀相ですから」

「あ、ありがとうございます」

 爽やかに微笑むブラッド。初めてマトモに扱ってもらえたので感激するリリカ。

「あ、てめえブラッド! なにポイント稼いでやがんだ。ハッハーン。テメエさてはロリコンだな? そうなんだな畜生!」

「隊長殿。あのバカはああ言っておりますが、ゲーリーこそ筋金入りのロリコンなのです。お気をつけてください。ヤツは目的の為なら手段は選びません。操縦手という立場を利用し、あえてえげつない荒地を進み、戦車を前後左右に揺さぶるでしょう。ですが、どんなに揺れても両膝は開いてはいけません。運転席のバックミラーからパンツを覗かれますよ。過去何人の女性戦車長がこのセクハラに泣かされたことか……」

「ええっ!」

 リリカは頬を朱に染めてウェーブ(女性隊員)の制服であるタイトスカートの裾を押さえ、批難するような視線でゲーリーを見つめた。

「ケケケ、バレちゃしょうがねえな。パンツの柄は業務日誌に書いて報告してやるから覚悟しとけよ。これで泣きながら辞めていったウェーブは数知れず!」

 そんなことするか! と、否定するかと思ったら、全肯定してしまったゲーリー。

 まさに鬼。文字通り鬼軍曹ぶりを発揮するゲーリー。

「ブ、ブラッド曹長~」

 リリカが涙目で訴える。

「心配要りませんよ隊長殿。隊長のパンツの柄は私が命がけで守ってあげます。だから安心してください」

「ありがとうございます」

 などとバカなことをやっていると、

『第六小隊遅れてるぞ! なにをやってるんだチンカスども!』

 司令室から怒声が漏れる。アレキサンダー大佐の声だ。

「まったくあのオッサンはうるせえな」

「まったくだ。折角隊長殿の緊張をほぐしてやっていたというのにこれでは逆効果だ」

「え?」

 確かに初陣だというのに二人の問答に怒ったり別の意味で不安になったりして、戦闘に向うという恐怖、緊張感は消えていたリリカ。

 アレキサンダー大佐に怒られて萎縮してしまったが、

「ま、かるーい気持ちで」

「ヤバくなったら一目散に逃げる所存ですから」

 と、ヘルメットをポンポンと二人に叩かれると、不思議と温い空気に侵食され、リリカの緊張感が解けてゆく。


「せ~んろは続く~よ~ どーこまっでっも~」

「あの、ゲーリー軍曹」

 申しわけなさそうにリリカが尋ねる。

「野~をこえ 山こ~えてぇ~ た~に こえて~」

 だが熱唱するゲーリーの耳には入らないようだ。

「おいゲーリーストップ! その新型口述兵器の使用を止めろ。隊長がお呼びだ」

「は~るかな街ま~でぇ~ ん? なんだよ?」

 いい感じで歌っていたのをやめさせられ、少し不機嫌そうなゲーリー。

「あのう、どうして戦車なのに汽車の歌なんでしょうか?」

 もっともな意見だったが、それは車を運転中にラブソングを口ずさんでいて、どうしてラブソング歌ってるのと尋ねるくらい愚問であった。

 ゲーリーにとってベヒーモスの操縦は、車でドライブに行く感覚となんら代わりはなかった。実際ゲーリーの仕事は運転するだけ。撃つのはブラッドの仕事だ。

 だから歌うのだ。能天気に、元気良く。


 砲弾が飛び交う音が響いてくる。

 先行した部隊はすでに交戦状態にあるらしい。かなり遠くに着弾したというのに、重量級の車体がぐらりと揺れる。

「やばいぞブラッド。こいつは砲弾タイプのアリジゴクだ。間違いない。畜生いつも新兵器と遭遇しちまう。こりゃ戦車隊では埒があかねえ」

「確かにな。戦車じゃ手も足も出ない。まったく情報部はなにやってるんだ」

 アリジゴクとは地雷の一種で、地中五~六メートルとかなり深い位置に設置してある。そうして付近を通りかかった戦車を探知すると地中で爆発し、空洞を作ってその中に戦車を引きずり込む。一度はまったら自力では脱出できないためアリジゴクと呼ばれていた。

 地雷撤去技術の発展と共に、地中に埋められたアリジゴクは、かなり高い確率で発見することができるようになった。

 だが今回のアリジゴクは回避不能だ。

 なにせ空から降ってくるのだ。

 戦車そのものを狙う必要は無くその周囲を囲むように大雑把に着弾させればよい。進退窮まった戦車は立ち往生するか、爆発しないことを願って地雷原突破を試みるしかない。

 通常の地雷と違って厄介なのは、ある程度戦車隊を引き付けておいて、その退路を断つようにアリジゴクを放ち、円形状に着弾させ包囲しながら、徐々に範囲を狭めて行くのだ。

 これでは逃げようがない。


 こうして労せず戦車を空洞に落下させ、穴に落ちた戦車を撃破する。

 またアリジゴクは、搭乗員だけ排除し、ほぼ無傷の戦車や装甲車を入手するという使い道にも利用されていた。

「味方を援護しましょう。これでは先行した部隊は全滅しちゃいます」

「どうやって援護しますか隊長殿。新型のアリジゴクは空から降ってくる。精度は不要だから超長距離から降り注ぐ。コイツの射程距離ではアリジゴクの砲台には届きませんよ。それともアリジゴクの弾頭を狙い撃ちますか? 命中する確率的は一万発に一発ですよ」

 砲手のブラッドが冷静に告げる。

「でも、でもっ……」

「降伏すれば捕虜にはなるが命は助かる。ゲリラだって人間だ。詭弁だがオレたちは戦争をしているんだ。人殺しをしているわけじゃない。捕虜はカネになるからそう簡単には殺さねえよ。被害が拡大する前に退却するぞ」

 ゲーリーが操縦桿をぐっと握り締めて待機している。

「隊長が命令しないのなら、俺たちはいつも通り命令無視して基地に戻りますがどうします?」

「……わ、わかりました。退却します」

「今度の隊長さんはモノ分かりがいいねぇ。ボクちゃん嬉しいよ」

「そうだなゲーリー。信号弾を打つぞ。そうれ退却っと」

 パンパンパンと号砲が鳴り響く。白と赤と緑の煙幕。退却信号だ。

 敗色確実な帰路に、ゲーリーの歌声は無かった。


「砲弾型アリジゴクか。ついに実用化されてしまったな。今回出撃した小隊のうち無傷で帰還したのはベヒーモス率いる第六小隊だけだったよ。あとは酷いものだ」

 出撃車両三三、帰還車両一六、内一三両は小破。戦死者六名、負傷者二五名、行方不明者四六名。アレキサンダー大佐が被害の甚大さに頭を抱える。

「サイトウ少尉の早急な判断により、我が小隊の損害は最小に押さえられました」

「ホント、素晴らしい逸材です。戦車乗りにしておくには惜しい。早急に司令部への転属を検討願います」

 ゲーリーとブラッドが口々にリリカを褒め称える。だが、

「よかったな。二人とも。良い戦車長に恵まれて。サイトウ少尉をベヒーモスに乗せたのは正解だったようだな。これからも頼むよサイトウ少尉」

 と、アレキサンダー大佐の弁。

 そして当事者。皮肉も卑怯な大人のやり取りも、いまいち分かっていないリリカは、誉められたことを素直に喜び「これからも頑張ります」と笑顔で答える。

 ゲーリーとブラッドのため息が戦車格納庫に響く。


 新型兵器の登場でしばらく出番が無くなった戦車隊の乗組員たち。

 アリジゴクに対する充分な対策方針が出されるまで待機という嬉しい休暇が与えられ、足付きやインセクトと呼ばれる六足~八足歩行の、特殊車両乗組員たちの怒りを買った。

 インセクトは約六〇度までの傾斜なら登ることが可能であり、傾斜角四五度程度の、アリジゴクは通用しないからだ。

 ただインセクトは足が遅い。キャタピラや車輪タイプと比べ、歩行タイプには速度の限界があった。最高時速四〇キロ。これがインセクトの限界である。装甲も薄い。対戦車戦ともなれば勝敗は明らかだった。


 待機中の戦車乗りたちの仕事は、戦車の整備か戦闘シミュレーションによる訓練である。

 今更戦闘シミュレーションなんてやってられないゲーリーとブラッドは内装整備と言う名のサボリを敢行していた。

「戦車乗りになって十年。ついに戦争はミサイルが飛び交う血の通わない無慈悲な殺戮にとってかわるのかな? どう思うゲーリーくん」

 官能小説をポケット聖書のカバーでカモフラージュしたブラッドが問う。

「知るかよ。戦車乗りを廃業したらタクシーの運転手にでも転職するさ」

 などと言いつつも、真面目に操縦桿に油を差したり、入念に手入れをするゲーリー。

「そもそも政府軍がゲリラよりも技術的に劣っているという矛盾。これについて何か意見はあるかねゲーリーくん」

「だから知るかよって言ってるだろ!」

「あのぅ、わたし知ってますよ」

 そう口を挟んできたのはベヒーモスのマスコット。リリカ・サイトウ少尉であった。

 搭乗ハッチから頭を出して、そのまま滑るように入ってくる。身体の小さなリリカだからできる芸当で、巨漢のブラッドがやったら背骨を折ってしまうだろう。

「おいブラッド。戦車長さまが車両整備にきたのは何度目だ?」

「俺の記憶に間違いがなければ、おまえの股間に付いている、粗末なバットとボールを足した数より少なかったはずだ」

「だよな。さすが一三歳。怖いもの知らずだな」

「二人とも意味のわからない会話は止めてください。それより聞いてください」

「ゲリラの新兵器とカネの出所なら間に合ってますよ隊長」

「そうそう。我らが心の故郷。遥かなる地球の偉いオッサンたちが、このタランの利権を握りたくって仕方ないってんだからしょうがない」

「知ってらしたんですか……」

 リリカは少し残念そうに呟く。

「常識です。いや、知ってるけど皆言わない。士気が低下しますからね。まあこの戦争はタラン軍対地球軍みたいなものですからね」

「そうそう。反政府ゲリラは隠れ蓑さ。連中の頭目を幾つ潰しても、次から次に沸いて来る。もう無限地獄。オレの爺さんの世代からドンパチやってるからな」

「現在の百年戦争。地球から派遣された十字軍と闘っているのですよ我らは」

「そ、そのとおりです。はい」

 リリカはアカデミーで習ったほんの一握りの人たちしか知らないとされる事実を、歴史的背景を、ただの戦車乗りにズバズバと言われたので少し戸惑っていた。


 アリジゴクに対する充分な対策がとられないまま、戦車乗りたちの待機命令は解かれた。

 理由は簡単。それどころではなくなったからだ。

 戦車格納庫では、アレキサンダー大佐による作戦内容の説明が行われていた。

「諸君らも知っての通り、新兵器を手にしてからのゲリラどもの狂喜乱舞ぶりは目に余る。これ以上連中を調子に乗らせないためにも、エリア12だけは死守せねばならない。この拠点をゲリラに押さえられた、補給路が完成し、我ら政府軍は苦境に立たされることになる。対空迎撃システムに優れたエリア12において、アリジゴクは無効化されると信じている。戦車乗りの諸君は空からの脅威に怯えず、敵戦闘車両の撃破に勤めて欲しい」

 アレキサンダー大佐の言葉には生彩が無く、疲れた雰囲気をかもし出していた。

「元気無かったな。アレキサンダーのオッサン」

「司令官にこってり絞られたんだろうな。ぐうの音も出ないくらい」

「でもエリア12を失ったら我々が窮地に立つのは事実ですよ」

 当然のことを、さも重要とばかりに言うリリカ。これには二人ともずっこけた。

「隊長あのね。もう何十年も昔から我々が窮地というか劣勢なの。知らなかった?」

 呆れたようにゲーリー。

「ええっ、本当ですか?」

 どうやら知らなかったらしい。リリカの動揺はそれくらい大きかった。

「アカデミーでどのような教育を受けてきたか知りませんが、戦力、資金、人材のどの面をとってもゲリラの方が潤ってるんですよ。政府軍から離脱してゲリラに走る兵士は数知れず、重要な作戦内容を手土産に寝返る官僚。そりゃあもうキリがありませんよ」

「そ、そんな……」

 いくらアカデミーで優秀な成績を収めてきたとはいえ、まだ一三歳のリリカには、そのような嘘や裏切り行為という醜い行動に走る心理が理解できないでいた。

「大人は汚くて嘘つき」

「“汝嘘をつくなかれ”もはや誰にも守れない戒律ですよ。主よ、お許しください」

「……」

 リリカは絶句して戦車長シートの上で固まっていた。

「隊長、出撃命令でてますよ」

 ゲーリーが振り返りそう尋ねる。だが返事はなく呆然としているリリカ。

 ゲーリーはこれは下着を覗くチャンスとばかりに首を伸ばしたが、目の前に聖書が飛んできて鼻先にヒットする。

「いってえな。なにすんだブラッド!」

 だがブラッドはゲーリーを無視し、

「しっかりしてください隊長殿。危うくゲーリーにパンツを覗かれるところでしたよ」

 と、優しく声をかける。

「え? やだっ」

 慌ててスカートの裾を押さえるリリカ。そうして恨めしそうにゲーリーを睨む。

「出撃命令が出てるんだよ。行かないのかい?」

「いきます。出撃してください」

「はいよっ!」

 管制室から警告を受けそうになる前に、第六小隊は出撃した。


 エリア12。惑星タランにおいて、数少ない飛行場を持つ軍事施設。

 陸戦兵器の長距離輸送は通常このような拠点に大型輸送機で空輸する。頻繁に起こる砂嵐と磁気嵐のため、フライトが困難という難点もあるが、海の無いタランでは、運輸と空輸以外に輸送手段は無かった。

 そうしてエリア12が陥落すれば、ゲリラは政府軍の主要施設の攻略が可能になる。

 それだけに政府軍の防衛部隊が最も力を注いでいるエリアでもある。

 今回の増援のウラには、情報部より裏切り者が存在する可能性と、それに伴い対空防御システムが無効化される恐れありと報告を受けたからだ。

 もし対空防御に隙ができた場合、このエリア12だけの防衛部隊だけでゲリラの侵攻を防げる可能性は低かった。


 リリカ・サイトウ少尉率いる第六小隊の戦車三両は、エリア12へのルートを外れ、このタランには珍しい岩場の山脈を突き進んでいた。

「いいんですか隊長。こんな寄り道して」

 嬉々とした表情のゲーリー。嬉しくて思わずスピードを上げてしまう。

「た、多分大丈夫です。お二人のお陰で言葉のウラを読むというのがいかに重要なことか分かったような気がします。小隊長を集めたブリーフィングでアレキサンダー大佐がおっしゃったことを額面通りに受け取らなかった場合、このルートで間違いないと思います」

 確たるものは無く、自信も無かったが、リリカは己の隊長としての職を失おうと、この選択が正しいと思った。ブリーフィングでアレキサンダー大佐が言った言葉。それは、

「諸君らは部下を掌握し、決して勝手な行動は取らせないこと。例え怪しい山脈があろうと、それには目もくれずに目的地へ直行して欲しい。いいかね。けっして寄り道をしてはいけない。命令違反は厳罰に処す」

 というものだった。

「たった数日でよくぞここまで成長したね。さすがアカデミーを首席で卒業しただけのことはある。パパはとても嬉しいよ」

 ブラッドが半分本気でそう呟く。

「じゃあ裏切り者が牙を剥く前に索敵すっか。ブラッド! イーグルアイの装填を頼む」

 ゲーリーは小型の偵察用グライダーを射出するようにブラッドに要請した。

「もう少し待てよ。この早漏め。こいつを出しちまったら、敵さんにこちらの存在を教えちまうことになるんだぜ?」

「うるせーな。遅漏の方が女には嫌われるんだよ。それにイーグルアイを飛ばして敵影を見つけたら、十分以内に駆けつけてやるよ。早漏らしくな。それなら文句ねえだろ?」

「あいよ早漏、いや相棒。グライダー装填。発射角56度。隊長いいですか?」

「えっと、はい。問題ありません。射出をお願いします」

「グライダー射出。一〇秒後に映像きます」

 ボシュンという音と共に、円筒形の白い筒がベヒーモスの砲身から射出され、高度約千メートルほど浮かんだところで翼を広げ滑空を開始する。それから大きな円を描くように旋回するイーグルアイ。

 ゲーリー、ブラッド、リリカ。それに第六小隊の各車両のクルーがイーグルアイから転送される画像を凝視する。

『4時の方向、133’44’271の位置に敵影と思われる影を発見!』

 第六小隊の幕僚機、高速機動戦車ケルベロスの戦車長ナセルから報告が上がる。

「了解しました。もう一度確認して、半数以上が敵影を認識したら攻撃目標と定めます」

 リリカの指示に従って、イーグルアイの旋回を待ち、ポイント133’44’271の位置に全神経を傾けるクルーたち。

 ほとんど砂嵐の中に、確かに人工物らしき不自然な点が見える。本当に注意して見ないとノイズと勘違いするほどの差分。これを発見したケルベロスの戦車長は勲章ものだった。

「目的地まで速力の速いケルベロスなら七分。ベヒーモスなら一二分ってとこだな」

「おいおい早漏くん。十分以内に到着させるんじゃなかったのか?」

「うるせーな。てめえが降りれば十分で行けるかもな。無駄にデカいんだよてめえは!」

「とにかく急ぎましょう」

 ベヒーモスを先頭に、幕僚機のケルベロスとタイタンが後に続く。


 敵影を見つけて数分後、エリア12の対空防御システムが無力化されたと暗号文が入電される。イーグルアイの射出で伏兵に気付かれ、計画が早められたのかもしれない。

「くそっ、間に合わなかったか」

 ゲーリーが舌打ちする。

「あのぅ、ブラッド曹長。このベヒーモスのレールカノンであの山脈は撃てますか?」

 リリカがブラッドのモニタに、狙撃ポイントを転送する。

 弧の字を描いた山脈のため、直接射撃が有効になるポイントまであと数分かかるが、敵部隊の現存位置は、すでにベヒーモスのレールカノンの射程距離内である。

 ブラッドはリリカの発想の意図がすぐに分かったので、

「オーマイエンジェル! 隊長あなたとはウマが合いそうだ。負け惜しみじゃなく、俺もあと三秒ほどたったら勝手に撃とうと思ってたんですよ。ハレルヤ!」

 というや、最高出力で電磁レールカノンをぶっ放した。驚いたのはゲーリーで、充分な反動姿勢を取ってなかったので巨体のベヒーモスが横転しそうになるくらい傾いてしまう。

「ば、ばかやろう! このウドの大木! こ、こ、こ、こんちくしょうめっ!」

 ゲーリーが操縦桿を握り締め、必死になって体制を立て直す。

「へなちょこな運転をするなよゲーリー。隊長が怪我したら軍法会議ものだぞ」

「て、てめえが予告も無く撃つからこうなったんだろうがっ!」

 リリカは、初めて聞くレールカノンの号砲と、アクロバティックな走行による強烈な横Gを受け、気絶しそうになっており、二人の声はまるで聞こえていなかった。

「お、隊長のパンチラゲット! うはっ純白。まあ仕方ねえか。まだ子供だもんな」

 と言いつつも、上機嫌なゲーリーは揚々と操縦桿を握ってペダルを踏み抜く。

「きさまゲーリー卑怯だぞ!」

「ケケケ、負け惜しみなど聞こえんよブラッド曹長。己が砲手であることの不運を恨むんだな。ハッハッハ! ……つうか、ガキのパンチラごときで熱くなるなよ」

 そんな高笑いするゲーリーの首筋に、生暖かくもヌルヌルする物体が降り注ぐ。

 嫌な予感がして振り返ると、そこには予想通り、気分が悪くなってケロケロと嘔吐するリリカの姿があった。

「うわっ、こいつ吐きやがった!」

 一瞬ベヒーモスの速度が落ちる。だが、

「いまは作戦行動中だぞゲーリー軍曹。清掃は後回しにして目的地へ向いたまえ。隊長にこれ以上の指揮は無理と判断したので、指揮は上官である俺が引き継ぐ。返事は?」

「ちっ、ちくしょう。アイサー! あとで奢れよ、ロリスチャン!」

 まるでレーシングカーのように、最短距離をドリフトしながらつき進むベヒーモス。

 もはや乗り手のことなど考慮にない。

 それにリリカは既に、胃液まで吐き尽し、胃の中は空っぽになっていたので、これ以上吐きようがなかった。


 べヒーモスが放った山脈への初弾は、敵部隊を混乱させるに充分な威力を発揮した。

 その後もベヒーモスは最高速度で走りながら、最大出力のレールカノンを放ち続け、目的地に到着するころには、敵高射砲部隊の七割は剥離した岩盤の下敷きになっていた。

 新兵器。砲弾型アリジゴクを射出する、新型高射砲部隊を壊滅させられて、怒り狂ったのは敵護衛部隊。その数一二両。単純計算で第六小隊の四倍である。

 だが、戦車は僅か三両。他九両はインセクト形であり、ベヒーモスの敵では無かった。

「戦車は引き受ける。ケルベロスとタイタンはインセクトの駆逐を任せた。できる?」

『自分だけでも楽勝ですよ』

 とはケルベロスの戦車長ナセル。高機動戦車の別名はインセクトターミネーター。要するに害虫駆除。虫退治専門車両である。

『了解。ケルベロスを援護します』

 ベヒーモスに次ぐ装甲と火力を持つ、重戦車タイタンの戦車長カイトが謙虚に返答する。

 ベヒーモスは、その長い射程を生かし、敵のアウトレンジからレールカノンをぶっ放す。

 成す術なく大破する敵戦車。

「またひとつ。主への供物が……。罪深いな俺って」

 十字を切るブラッド。そのサマはかなり芝居がかっている。

「ナルシストぶってるんじゃねえよデカブツ! 早く残りを仕留めろよ」

「敵さんだって生きてるんだぜ。できれば殺したくないじゃないか。例えば砲身だけへし折るとか、そんな優しい心を持ちたいね」

「そんなアニメやコミックみたいな曲芸が出来るかよ!」

「冗談だよ。ポチッとな」

 なんとも気の抜けたかけ声で発射されたレールカノンだが、その弾道は敵戦車の車両と回転砲塔を繋ぐ部分に命中し、気持ちよく爆発させた。

「お、お前、ありゃ全員死んだぞ。せめて砲塔だけ狙うとかしろよ」

「キャタビラだけ破壊しても撃ってくるし、砲塔を壊したら体当たりしてくるかもしれないからなぁ。まあ敵の息の根を止めるまで安心は出来ないということだよ。死んだフリはゲリラの常套だろ?」

「お前が敵じゃなくて良かったぜ」

 と談笑している合間をぬって、最後の敵戦車はブラッドのいう主への供物となった。

 あとは無慈悲にも、移動できない高射砲を破壊するベヒーモス。一応ゲリラたちには逃げるようにアナウンスはしている。

 研究用に高射砲を一基のみ無傷で残し、後は全て破壊したベヒーモス。ケルベロスたちの害虫駆除も終わったようだ。

 エリア12を襲撃した部隊も、この高射砲の援護がなかったため、増援で戦力を増強していた政府軍に完膚なきまで叩きのめされたらしい。

 ついでに気絶していた天使。

 今回の功労者であるリリカ・サイトウ少尉が遅まきながら目を覚ました。


「き、きもちわるい……」

「お目覚めですかマイエンジェル」

 ブラッドがリリカにタオルを差し出す。リリカは無意識にタオルを受け取り、口の周りについた吐瀉物を拭い取った。

「気付いたかい隊長。こっちも“きもちわるい”んですが」

 ゲロまみれのゲーリーが恨めしそうにリリカを見上げていた。

「えっ、あの、ひょっとして……」

 リリカの問いに無言で頷くゲーリー。

「罰があたったんですよ。隊長殿。こいつは隊長のパンツを盗み見て悦に浸っていた悪魔です。隊長の吐瀉物は当然の神罰です」

「ええっ、み、見ちゃったんですか?」

「ああ見たよ。純白の可愛いパンツだったな。だからってこんな仕打ちはないだろう。ちくしょう。この怒りを納めるにはそのパンツの中身も見せてもらわないとな!」

「ご、ごめんなさい。で、でも、パンツの中身を見せるなんて、そんなの無理です」

「ゲーリー軍曹。いまの会話は録音した。後で査問委員会に報告するから覚悟しとけよ」

「わかったわかった。冗談だよ冗談」

「ありがとうございます」

「それよりどうします隊長。この作戦行動。命令違反には変わりないんですよね」

「ううっ! そうだった」

「気にするなよ。グッジョブだったぜ隊長。結果オーライ。いままでの戦車長の中では隊長が一番出来がいいぜ」

「そうですよ隊長。命令違反は俺たちが勝手にやったことにすりゃいいんです。さあ帰還命令を出してください。帰りましょう」

「だ、駄目です! それは、それでは戦車乗りの心得に反します。戦車乗りは……」

『三位一体!』

 ゲーリーとブラッドは、ほぼ同時にそう応えた。



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