第2話 早々の出立
「くそ~、あの町長と村長どもめぇ」
タクマは憎々し気に恨み言を吐いた。
「まったく……まだ言ってんの? タクマは往生際が悪いよ」
今、タクマとルークは村から出る州都であるヴィートへの交易馬車に便乗させてもらい街道を移動していた。
「だって、ルーク! 普通、ここは俺に救われたレディたちが連日連夜、俺を放さないはずだろう!?」
「知らないよ、そんなの」
この辺りにある町カンポスとエトス村をはじめとした3つの村を蹂躙していた賊、“黒額”を一人で壊滅させたタクマは各町や村の住人から盛大な歓待を受けた。
賊の拠点になっていた砦から最も近いエトス村に、囚われていた女性たちを送り届けると、すぐに近隣の同じ被害にあっていた町や村に情報が届き、すぐに各町や村から歓喜の迎えがやって来た。
そして、当然、この賊をたった一人で壊滅させ、かつ女性たちを救出した救世主ともいえるタクマたちのために宴会が開かれることになり、場所をカンポスに移し、各村を含め合同でとりおこなわれた。
「宴会までは良かったんだ! みんな俺を褒めたたえるわ、持ち上げてくれた!」
「まあ、そりゃね」
「でもさ、他にもあるだろ? そのもてなし方がさ。ほら、俺っていい男だしさ、しかも、町を救った英雄だよ? こんな俺を女性陣が放っておくわけないだろ? なんかこう……あなたの子供が欲しい! とか」
「まあ、そりゃね」
「いやさ、俺は旅人だからさ、確かにずっと一緒にはいられないよ? でもこれだけ強くてハンサムなら、そう女性が思っても仕方ないと思うんだよ」
「まあ、そりゃね」
「それをだよ? いきなりみんなの前で大々的に嫁を一人もらってくれって、どうかしてんのか!? あのジジイども! 違うだろ! そこはなんでもいいからあなたの子孫をこの町に! だろ、普通。そのために旅人アピールしてんのを気づけよ! あれのせいで女性陣の目が変わっちゃっただろうが! 変にハードル上がっちゃっただろうが! こんなすごい男と結婚ってやっぱり、気が引けちゃうだろ?」
「まあ、そりゃね」
「それと結婚って! アホかよ! いきなり人生のアンデットになれってどういうことだよ。さらに一番、納得できないのが一人って何? 一人って! 俺が一人の女に納まるわけねーだろ! せめて嫁も十人くらいで提案してきたら、俺も考えちゃうよ? 救世主も悩んじゃうさ」
「まあ、そりゃね」
「あ~あ、俺も贅沢を言わずに、せめて一夜を共にしてくれる女性を探しとけば良かったなぁ。ちょっと受け身すぎたか? いや、でもこんなハンサム英雄から夜這いかけるのもなぁ。やっぱり、この身を捧げます的なのが来ると思ってたし……宿で寝ずに待ってたのに。誰も……クッ」
「まあ、そりゃね」
「……ねえ……お前、聞いてる?」
「あ、話は終わった? タクマ、この馬車は夕方にガレアという小さな町に滞在して、明後日には州都のヴィートに着くって」
「……」
ルークはあくびをすると、荷物の確認をし始めた。
「あ、そういえばね、宴会の時に言われたんだけど、タクマにお礼がしたいって女性が殺到してたみたいだよ? 町長さんにも言われたし、セスタさんも仲介してくれって頼まれて大変だったみたい」
「……は?」
「それとね、嫁にもらってほしいって言ったのは、一人を、っていう意味じゃなかったみたい。ちょっとよく聞いてなかったけど、10人以上は名乗りをあげてたみたい。タクマの活躍は……相当インパクトがあったみたいだね。村長たちも自分の娘を正妻に! って争ってる感じだったし。なんでも、これだけの人物なら王国に召し上げられて出世する可能性が高いって考えたみたいだね。かつての大戦からまだ20年、今はまだ世界は不穏だし」
「な……んだ……と……?」
「いや、僕も困ったよ。タクマが無駄に格好つけて、賊が貯めてた金品や食料も町や村に手をつけずに返すから、余計に気に入られたんだよねぇ。でも、そのおかげで報酬ははずんでもらったから、いっか」
タクマの知らない裏事情を淡々と話すルークに、驚愕の目で口を力なく開ける。
「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇ! お前、それでなんて言ったの!? 女性のお礼の件は!? 嫁の件は!?」
「え? 全部、丁重に断ったよ? だってタクマ、俺のヒーローぶりにケチがつくの嫌がってたじゃない」
「馬鹿野郎ぉぉ!! それはお金のことぉぉぉぉ! お前、わざとやってんだろ! 俺はお金なんぞいいんだよ! 女性のお礼があれば!」
「タクマが旅人アピールを散々してたから良かったよ。断るのに大変だったけど、そのおかげで早々に退散できたから。嫁をもらったら旅は無理でしょ? 10人以上も」
「だったらお礼の方は!? それなら、問題ないだろ!」
「ああ、町長や村長たちがタクマに目をつけてしまったから、ブロックされたんだろうねぇ」
「な……! ハッ! だから妙に俺を囲んでいやがったのか……あのジジイども。このままじゃ、女の子たちと……触れ合えないと思って、作戦を変えて宿に早々に戻って待つようにしたんだが、それが裏目に!」
「タクマが珍しく早めに宿に帰った後が大変だったんだよ。本当はあのあと、いい感じでタクマを酔わせてから自分たちの娘を呼ぶつもりだったらしいんだけど、タクマが宿に戻るってきかなくて困ってた……というより、しくじったと思ったみたい」
「俺の馬鹿ぁぁぁぁ!!」
「ちなみに僕は町長さんと村長さんたちの娘さん見たよ……?」
「……ど、どうだった?」
「すごい綺麗な人たちだったよ! 町長さんの娘さんなんて双子なのに可愛くてびっくり! 町長さんは二人とも嫁に出そうとしてたみたいだけど」
「帰るぞぉぉぉぉ! ルーク、早く戻るぞ! すぐに戻るぞ! 俺を待ってるんだ! ベッドの上で双子が俺を挟む絵が! 日替わりの嫁たちが!」
「あ、タクマ、この馬車の護衛も兼ねてお金を貰っちゃったから、ちゃんと依頼は果たそうね。この馬車はあの辺の町や村の交易を支えている貴重な収入源で、今まで賊のせいでこれが止まってたから絶対に成功させたいんだよ。そうしないと……あの英雄譚も消えちゃうよ? それと帰りは今回の報告がてらにヴィート伯爵に兵を派遣してもらうって」
「うわーん、鬼! この鬼ぃぃ! 何でお前はいつも、いつも」
血の涙を流しながらルークに縋るタクマ、
「旦那たち、ガレアに着きましたんで宿の方に……どうかしたんですか?」
「あ、何でもないです、いつものことなので。ありがとうございますね」
ニッコリ笑うルークは、縋るタクマを引き剥がして荷物を持つと馬車を降りた。
そう、これは二人にとってはいつものこと。
そして、いつも通りの二人には、いつも通り新しい町での新しい出会いが待ち受けているのだった。
四大英雄の弟子 たすろう @tasuro
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