「春」俺は彼女の名を呼んだ。「久しぶり」

 「え?」すぐ横で夏が言った。「あの人なんだ」

 「どうして言ってくれんかったん?」やっぱり、春だった。

 確かに覚えていたのに連絡しなかったのは事実だった。

 俺はその質問に答えないことにした。

 「春、あのひと誰? 知り合い?」春の横にいた男が言った。

 あの男はきっと――。

 つまりは、春も、俺も同じだった。

 「あ、うん。言ったことなかったっけ? 例の赤石君だよ」

 黙って彼は顔を俺に向けた。そうかお前が赤石か、と言わんばかりの顔をして。

 反対側から来る汽車の音がした。

 「この汽車に乗るん?」俺は春に訊いた。

 「そのつもり」

 「あの時と逆だね」

 一両の汽車がホームに来る。二人は乗り込んだ。

 俺は、握りしめることをしなかった。きっと、彼女もしていないだろう。あの時のような気持ちはもうない。

 「今度、来る時はちゃんと連絡してよな!」彼女はドアが閉まる前にそう言った。

 その時、最高の友達以上恋人未満の友達だと確信した。

 「ほんまにごめん!」俺は言った。「あと、今日ってさ……!」

 「うん、は──」彼女の言葉の途中でドアは無情に閉まった。

 最初の文字だけ聞き取れた。それだけで分かった。

 「おう、ありがとう!」張り上げたけど、春に届いたかなんて分からない。

 汽笛を一度鳴らし、汽車はホームから離れて行った。

 俺と夏は何も言わずに遠くなるのを眺めていた。

 「知志」夏が突然名前を呼んだ。

 「なに?」

 「知志の運命の人って、結局誰だと思ってる?」

 「……さあ?」

 「正直に言って」

 かなり語勢を強められた。

 「何度も、偶然出逢い続ける人が運命なら春が運命の人かもしれない」

 「じゃああたしは何?」

 「恋人と運命の人は同じじゃなきゃ駄目か?」

 「それは……」彼女は黙り込んだ。「別に……」

 今は夏。

 赤い夕焼け。

 赤と夏。

 赤い夏。

 つまり、朱夏だ。

 自分の名字だって、赤石。赤がある。

 「それに、もうきっと会わないさ」

 青い春は終わって、次の赤い夏が来る。

 黙って、駅にベンチに座っていた。ずっとずっと黙っていた。

 時々汽車が来たけれど、誰も降りてこなかったし、乗ってくる事もなかった。

 「いつ家に行くの?」

 「もう少し」そう言って時計を見る。

 あと5分。

 花火が次々に上がった。少し遅れて、音が届く。

 「花火が今日だって知ってたの?」

 「さっき、春が言ってたから」

 俺は花火の方を見つめたままだったけれど、夏はきっと俺の方を見てたと思う。

 遅れて、音が聞こえてくる。

 「あ、そっか……」

 花火が落ち着いたあたりで、立ち上がる。

 「そろそろ行こうか」

 「分かった」

 花火が終わった空には満天の星が広がった。その景色に懐かしさを感じながら夏と歩く。

 実家までの道が、これから始まるかもしれない新しい日常に続くような気がした。

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青い季節 - Come and Go 雪夜彗星 @sncomet

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