八
「春」俺は彼女の名を呼んだ。「久しぶり」
「え?」すぐ横で夏が言った。「あの人なんだ」
「どうして言ってくれんかったん?」やっぱり、春だった。
確かに覚えていたのに連絡しなかったのは事実だった。
俺はその質問に答えないことにした。
「春、あのひと誰? 知り合い?」春の横にいた男が言った。
あの男はきっと――。
つまりは、春も、俺も同じだった。
「あ、うん。言ったことなかったっけ? 例の赤石君だよ」
黙って彼は顔を俺に向けた。そうかお前が赤石か、と言わんばかりの顔をして。
反対側から来る汽車の音がした。
「この汽車に乗るん?」俺は春に訊いた。
「そのつもり」
「あの時と逆だね」
一両の汽車がホームに来る。二人は乗り込んだ。
俺は、握りしめることをしなかった。きっと、彼女もしていないだろう。あの時のような気持ちはもうない。
「今度、来る時はちゃんと連絡してよな!」彼女はドアが閉まる前にそう言った。
その時、最高の友達以上恋人未満の友達だと確信した。
「ほんまにごめん!」俺は言った。「あと、今日ってさ……!」
「うん、は──」彼女の言葉の途中でドアは無情に閉まった。
最初の文字だけ聞き取れた。それだけで分かった。
「おう、ありがとう!」張り上げたけど、春に届いたかなんて分からない。
汽笛を一度鳴らし、汽車はホームから離れて行った。
俺と夏は何も言わずに遠くなるのを眺めていた。
「知志」夏が突然名前を呼んだ。
「なに?」
「知志の運命の人って、結局誰だと思ってる?」
「……さあ?」
「正直に言って」
かなり語勢を強められた。
「何度も、偶然出逢い続ける人が運命なら春が運命の人かもしれない」
「じゃああたしは何?」
「恋人と運命の人は同じじゃなきゃ駄目か?」
「それは……」彼女は黙り込んだ。「別に……」
今は夏。
赤い夕焼け。
赤と夏。
赤い夏。
つまり、朱夏だ。
自分の名字だって、赤石。赤がある。
「それに、もうきっと会わないさ」
青い春は終わって、次の赤い夏が来る。
黙って、駅にベンチに座っていた。ずっとずっと黙っていた。
時々汽車が来たけれど、誰も降りてこなかったし、乗ってくる事もなかった。
「いつ家に行くの?」
「もう少し」そう言って時計を見る。
あと5分。
花火が次々に上がった。少し遅れて、音が届く。
「花火が今日だって知ってたの?」
「さっき、春が言ってたから」
俺は花火の方を見つめたままだったけれど、夏はきっと俺の方を見てたと思う。
遅れて、音が聞こえてくる。
「あ、そっか……」
花火が落ち着いたあたりで、立ち上がる。
「そろそろ行こうか」
「分かった」
花火が終わった空には満天の星が広がった。その景色に懐かしさを感じながら夏と歩く。
実家までの道が、これから始まるかもしれない新しい日常に続くような気がした。
青い季節 - Come and Go 雪夜彗星 @sncomet
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