七
「――海を見ていた。今みたいに」俺は海を見ながら言った。「今とは逆でどんどん遠くなっていたのを覚えているけどね。こんな感じかな? 俺の東京来る前の話といえば」
もう汽車は海の傍を走っていた。もう、次が北波駅だ。
夕陽が、赤い。
「それで、付き合ってたの? その春ちゃんとは」今、俺の目の前の席にすわっている彼女が言った。
彼女が今の俺の恋人、二条 夏。
「何度も言ってるやん。付き合ったわけじゃない」
「でも、そこまで仲よかったら付き合っているも同然じゃない?」
「単に俺らは、学校の行き帰りが一緒だっただけや」
「そんなん、今の話を聞いたら付き合っているように見えるよ」
西に傾いた太陽が車内を照らしている。乗客は俺ら以外にいない。元々人は少ないが二人きりになるのも珍しい。でも確かに、春と、帰る時もこんな日が何度もあった。
「じゃあ、あたしが始めての恋人?」
「うん」
「春って名前かぁ。その次に、あたしに逢ったんだ。なんか、運命みたいじゃん。春っていう名前の人の次に夏って人と会うとか」俺の前にすわっている夏が言った。
そこで、彼女の顔が曇った。
「秋は来ないよ。だって、俺の苗字が……」
「どういう事?」
「朱夏、という言葉知ってる?」
彼女は首を横に振った。
「まもなく、北波、北波です。お忘れ物のないようにご注意下さい」アナウンスが流れた。
俺は言うのをやめた。
赤い夏。
青い春の次の季節が……。
夏は初めてで。
俺は一体何度目で、そして、数年ぶりの。
北波駅。
「北波だよ」
俺は頷いた。そして、窓に目をやった。
海の青色はだんだん暗くなっていく。そして、海面を切り裂くように赤い夕陽が海面に映っている。
「もういっそ、ここで花火みーへん? 汽車乗り遅れたし」
「いや、でも……」
「冗談やって」
遠くから汽車のやって来る音が聞こえた。
「この電車?」
「違う、この反対から来る方」
黙った。
二人の後ろのホームに汽車が停まった。きっと誰も降りて来ない、彼女はそう思った。
そんな予想に反して、足音がした。少し歩いて止んだ。汽車が発車して行った。
彼女は振り返ろうとした。
こんな時間に、こんな場所に、どうして、と思う。二人の時間を邪魔されたとさえ感じた。
「きれい!」
知らない女の声だった。
「やろ」
その男の声には、聞き覚えがあった。声の方を見た。
驚いた。
どうして、彼がここにいるのだろう? 人違いと思いたかった。けれど、ふと彼の名前が口から漏れる。
「赤石君、どうして……」
心の中で、何年間も見ていないアルバムから写真が瞬く間に散らばった。
綺麗な思い出もあれば、既に色褪せているものもあった。
楽しい思い出も、嫌な思い出も、全部一緒に入っていた。
――それでも、全部同じ「思い出」なんだ。
それらが零れ落ちた衝撃で体が思わずよろめき、そして拾い集めようとする度に、その思い出の輝きに目眩がした。
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