「――海を見ていた。今みたいに」俺は海を見ながら言った。「今とは逆でどんどん遠くなっていたのを覚えているけどね。こんな感じかな? 俺の東京来る前の話といえば」

 もう汽車は海の傍を走っていた。もう、次が北波駅だ。

 夕陽が、赤い。

 「それで、付き合ってたの? その春ちゃんとは」今、俺の目の前の席にすわっている彼女が言った。

 彼女が今の俺の恋人、二条 夏。

 「何度も言ってるやん。付き合ったわけじゃない」

 「でも、そこまで仲よかったら付き合っているも同然じゃない?」

 「単に俺らは、学校の行き帰りが一緒だっただけや」

 「そんなん、今の話を聞いたら付き合っているように見えるよ」

 西に傾いた太陽が車内を照らしている。乗客は俺ら以外にいない。元々人は少ないが二人きりになるのも珍しい。でも確かに、春と、帰る時もこんな日が何度もあった。

 「じゃあ、あたしが始めての恋人?」

 「うん」

 「春って名前かぁ。その次に、あたしに逢ったんだ。なんか、運命みたいじゃん。春っていう名前の人の次に夏って人と会うとか」俺の前にすわっている夏が言った。

 そこで、彼女の顔が曇った。

 「秋は来ないよ。だって、俺の苗字が……」

 「どういう事?」

 「朱夏、という言葉知ってる?」

 彼女は首を横に振った。

 「まもなく、北波、北波です。お忘れ物のないようにご注意下さい」アナウンスが流れた。

 俺は言うのをやめた。

 赤い夏。

 青い春の次の季節が……。

 夏は初めてで。

 俺は一体何度目で、そして、数年ぶりの。

 北波駅。

 「北波だよ」

 俺は頷いた。そして、窓に目をやった。

 海の青色はだんだん暗くなっていく。そして、海面を切り裂くように赤い夕陽が海面に映っている。


 「もういっそ、ここで花火みーへん? 汽車乗り遅れたし」

 「いや、でも……」

 「冗談やって」

 遠くから汽車のやって来る音が聞こえた。

 「この電車?」

 「違う、この反対から来る方」

 黙った。

 二人の後ろのホームに汽車が停まった。きっと誰も降りて来ない、彼女はそう思った。

 そんな予想に反して、足音がした。少し歩いて止んだ。汽車が発車して行った。

 彼女は振り返ろうとした。

 こんな時間に、こんな場所に、どうして、と思う。二人の時間を邪魔されたとさえ感じた。

 「きれい!」

 知らない女の声だった。

 「やろ」

 その男の声には、聞き覚えがあった。声の方を見た。

 驚いた。

 どうして、彼がここにいるのだろう? 人違いと思いたかった。けれど、ふと彼の名前が口から漏れる。

 「赤石君、どうして……」


 心の中で、何年間も見ていないアルバムから写真が瞬く間に散らばった。

 綺麗な思い出もあれば、既に色褪せているものもあった。

 楽しい思い出も、嫌な思い出も、全部一緒に入っていた。

 ――それでも、全部同じ「思い出」なんだ。

 それらが零れ落ちた衝撃で体が思わずよろめき、そして拾い集めようとする度に、その思い出の輝きに目眩がした。

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