三年生になって、同じクラスになってしまった。部活も引退したから一緒に行くよりも一緒に帰ることのほうが多くなった。

 まだ、まわりからは付き合ってると勘違いされてて、何かと一緒にされることも多かった。


 「青海が図書委員いくんやから、お前も図書委員な」

 「俺なんも委員会したくないぞ!」


 って感じで勝手に委員会させられたりとかな。

 この年の花火を見た後だったかな、初めて二人で進路の話をしたんだ。ちなみにこの時には専門学校の最初のAO入試で合格していたからね。


 「赤石君は卒業したらどうするん?」

 「東京の専門学校に行く事になった」

 「え? もう決まったん?」

 「う、うん」

 「なんで言ってくれんかったん?」


 まわりの奴のほとんどがまた決まっていない中、自分の進路が決まっていたということはなかなか春に限らず、言えてなかった。本当に仲の良い男子友達にしか言ってなかった。


 「春はどこいくん?」

 「一応、E大学の文学部のつもり」

 「そうか、頭良いもんな」

 「そんな事ないし」

 「だって、学年順位いつも十から上やん」

 「そうやけど……」


 そこで会話は途切れてしまった。それから余り話さなくなってしまった。ただ、一緒に学校行って帰ってくるだけ。教室でもあまり話さなくなっていた。もちろん友達たちにはかなり心配された。『お前ら、どうしたんだ?』って。まあ、当然か。それでも一緒に帰っていたのが不思議だけどな。

 数ヶ月経って、卒業式の前の日。卒業式の予行があった。その日も一緒に行って一緒に帰ってきた。

 その時にはもちろん、彼女も進路が決まっていて、少し余裕が出来ていたけれど、前よりも二人の距離はあいてしまっていた。俺のせいなのは分かってた。正直進路は決まってよかったけれど、でもな。

 しばらく一緒に行って一緒に帰る日々だったど、ほとんど話さなかった。クラスメイトには喧嘩したのか、もうそろそろ終わりか、と言われたけれどそもそも付き合っているわけじゃなかったから、特になんとも思わなかった。

 でも、少し淋しさは感じていた。


 「幼稚園の頃のこと、覚えてる?」


 ある日の行きの汽車で、春が俺に訊いてきた。


 「どしたん、急に?」

 「覚えてるんかなって。どこの幼稚園だった?」

 「北波幼稚園だったかな。結構山のそば」


 それに対する彼女の答えは返ってこなかった。ただ微笑んでから、急に寂しそうな顔をして俺に寄りかかってきた。かなりどきどきした。なんとか普段どおりに落ち着かせて、俺は訊いた。


 「どうしたん?」

 「ううん、なんでもない」

 「なんかあるから訊いたんやろ」

 「ただの興味」

 「ふーん」


 彼女はじっと俺を見つめてから頷いた。気になって家に帰ってから、卒園アルバムを見ていたら春の名前があったんだ。幼稚園の時は女子が数人いたこともその時に思い出したんだ。でも、誰一人として、記憶に無い。春の幼い頃の記憶もない。

 そして、その次の日の朝。卒業式の朝の事だよ。春と同じタイミングで駅に着いた。その時の彼女が、


 「幼稚園のこと分かった?」


って言った。俺はどう答えていいか分からなかったから、驚いた、しか言えなかった。


 「うちもこの前卒園アルバム見つけて眺めてたら驚いた。改めて、よろしく」

 「こちらこそ、改めて」

 「……でも」

 「うん、分かってる。……分かってるよ。知ってるよ……」


 卒業式が終わって帰る時も一緒に帰った。実はこの時、俺は彼女に告白しようと思っていたけれど、どうなったかは想像してくれ。言っても言わなくても一緒にはいられないんだし、東京で彼女ができるかもしれないとどこかで思っていたのかもしれない。

 その一週間後が俺の出発の日だったけど、その日は彼女も何か用事があって空港までは見送りに来れなかった。

 だから、いつもの駅で別れることにした。親には友達が見送りに来てくれるから、俺だけで汽車で行かせてほしいと言った。親が降りた駅から空港まで送ってくれたけれどね。

 晴れている朝だった。駅の花壇には菜の花が咲いていた。


 「また戻って来るよね?」


 俺は確信が持てなかったから、何も言わずに頷くだけにした。

 その時、彼女が強く手を握ったのを印象深く覚えている。何かを言おうとしたのは分かった。

 時が止まってくれれば、ってこの時ほど強く思った事はないよ。


 「ありがとう。またね」


 春の方から切りだしてくれた。うれしかったし、なによりありがたかった。


 「東京に来る時は連絡してな」

 「するよ、それぐらい。戻ってくる時も言ってな!」

 「もちろん! またね」

 「また!」


 俺は汽車に乗った。俺を乗せたらすぐにドアが閉まった。そのまま、彼女を見続けた。その姿が見えなくなるまで。

 駅が見えなくなったら、今度は海を見ていた――。

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