第12話
ギルファーが、アーレンに目配せをした。それを合図に、アーレンが椅子から立ち上がる。
「こちらの勇者アーレン殿を、ミゼラお嬢様の婚約者に! 推薦いたします!」
他の貴族たちは目を丸くした。ゼムライドも開いた口が塞がらない様子だ。当のミゼラ自身も呆気にとられている。いきなり、ぶっこんできた。
だが、これはアーレンの策略通りだ。根回しは完了している。
「身分的にも申し分ない上に、ヤンブラシティとトロルとの間の不戦協定も関係なくなります。なぜならば、勇者殿の婚約者を奪おうという不埒な行為を、『外部関係』にある勇者殿が罰するからなのです!」
ガッツポーズをするギルファー。意気揚々と饒舌に宣う。テンションが、高い。勇者とミゼラの婚約が、いかにハートライズ家の利益となり、トロルを倒す策であるかということをプレゼンし続ける。
ギルファー劇場に場が飲み込まれつつあるとき、ようやくゼムライドが口を開く。
「いや、待て。話はわかったが、そもそも勇者殿の意向を確認しなければ……。」
「それなら、ご心配には及びません。アーレン殿には内諾済みです。ですよね? アーレン殿?」
ギルファーから話を振られ、アーレンは一つ咳払いをしてからゼムライドに答える。
「ゼムライド様……、いえ、これからは父上と呼ばせていただくことになりますが……。私でよければ、ミゼラお嬢様との結婚を認めていただけないでしょうか? 初めてあった時から、心惹かれておりました。ギルファー殿からお話をいただいたときはびっくりしましたが……。このような形で求婚するのはいささか気が引けるのですが……。私がお役に立てるのであれば、どうか聞きいれていただけませんか!」
アーレンの弁にも熱が入る。それはそうだ。このプロポーズは、アーレンにとっても大勝負なのだ。
やや沈黙の後、ゼムライドはミゼラの顔を一瞥した。
「蛮族に辱めを受けるくらいなら、勇者殿に嫁いだ方が何千倍も幸せだ。ミゼラ、異論はないね?」
優しい表情でミゼラの肩をそっと持ち、語りかけるゼムライド。その顔は、孫娘を案ずる1人の老人だった。
この話を断る理由は、はっきり言ってどこにもない。ヤンブラシティの他の貴族と結婚しても、不戦協定には逆らえない。よその町から婿を取り寄せるにも時間がない。アーレンとの結婚は、まさに降って湧いた幸運としかいいようがなかった。
たとえ、それが、革新派内におけるギルファーの立場をより確固たるものにする策略で。アーレンの魔王討伐のための資金援助のための政略結婚だと分かっていても。全員がwin-winなら、受け入れるべきだ。
「ミゼラや、受けてくれるね?」
ゼムライドがもう一度ミゼラに問う。ミゼラは俯いたまま顔を上げない。
「よく考えてみなさい。いや、考えなくてもわかるだろう? 蛮族に嫁いだら、何をされるか……。そんな辱めを私はお前に負わせたくないんだよ。他に、方法がないのだ。」
ゼムライドも、アーレンに嫁がせるのを心から祝福しているわけではない。それでもトロルに嫁にやるくらいなら、はるかにマシだと考えているのだろう。
なかなかウンと言わないミゼラに、俺の隣のアーレンが、落ち着かない様子で歯ぎしりを始めた。魔物に追い詰められたりピンチになるとでるアーレンの癖だ。
相当、きてるな。ミゼラ、急いでくれ……。
アーレンは、イエスの返事を早くききたくて堪らないのだろう。だって、パーティーの資金をここヤンブラシティのカジノで使い切ってしまったのだから。1日で。
新しい資金源がないと、これ以上旅を続けられない。オータム国王にも、ギャンブルで金を使い果たしたからお金をくださいとは言えない。勇者パーティの死活問題なのだ。ここで、ミゼラがウンと言わないと、俺もやばい。サンドバッグになる。
永遠にも思える長い沈黙の後、ようやくミゼラが顔を上げる。
その顔は、覚悟を決めた顔だった。
ゼムライドが、もう一度、聞く。アーレンとの結婚を承諾するかを。
本来なら、ゼムライドの一存で決定できることだが、孫娘の意思を尊重したいのだろう。決して勝手に答えを出すことはしなかった。
この孫思いの祖父の行動が。ミゼラに判断を委ねたことが。俺を死の間際まで追い詰めることとなった。
「ねえ。おじいさま……。私は、アーレン様とは結婚できません。どうかお許しください」
ブラック勇者のめしつかい 夏目 @natsumehiryu
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