桃化陶仙

安良巻祐介

 

 仕事のストレスで頭がどうにかなってしまいそうだったので、ごちゃごちゃとした日々の雑事をいったん全てなかったことにして、自宅で警備員ならぬ自宅で仙人になろうと思い立ち、公園で鳩などを捕えてきて羽をむしって焙ったのを食ったりするなど、敢えて臭みのある野の生き物を食うところから始め、インターネットの検索で調べて出て来た動画の見よう見まねで五穀を断ち、そしてまた羽化登仙とかいう語を見つけたので翅が生えるように、高い桃の酒を買い込んでがぶ飲みし、吐き気がするくらいまで飲み続け、やがて前後不覚に陥ってからはいよいよ飲食そのものを断ち、柱に体を縛り付けて、開いた窓から時折り吹き込む雨や霧をのみ口にして過ごしていたら、その甲斐あって体がだんだん軽みを帯び、目鼻口も何かふやけるような柔らかさを感じたかと思うと鏡の中の顔がかつての自分とは似ても似つかぬ、拡大した蝶類の頭部に似た顔に変容しており、また望んでいた通り、背中、正確には肩甲骨の辺りから、薄い桃色の被膜が生じ、声は甲高い、ツウツウと細く高く水を垂らすようなものしか発せなくなってしまった。

 そうして柱へ括りつけられたまま、あまりに筋力が衰えてしまったせいで脱出できずに長い日々を過ごすうち、さしもの仙人の体もやせ衰え、細くなり、どんどん力と命とが抜けて行って、皮、肉と腐り落ち、しまいにはうっすらと桃色を帯びた、異様な形状の全身白骨だけが残された。

 おれは、もう二度と開かないであろう玄関を見つめ、可笑しくなってきて、かろかろかろん、かとかとん、と骨ならではの歌を歌った。

 それはとても心地のいい、水晶で出来た実の種を転がすような音だと思われ、自画自賛のようであるが、輪廻の輪の中へと戻れそうな気もするのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

桃化陶仙 安良巻祐介 @aramaki88

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ