第2話 王都の夜は騒がしくて

「あっちだ!」


 数人の全身甲冑を着込んだ兵士たちが王宮の裏口から出て行く。


 それを彼は時計台の上から眺めていた。ごろりと寝そべりながら。


 黒い髪の毛は肩先で切りそろえられ、尖ったあご、黒い目にながいまつげ、全身ボディースーツに身を包んでいて、体の線は細いが、輪郭から男であることがわかる。


 全くの無表情で王宮の中を動き回る兵士たちを見つめる様は、その中性的顔と相まって冷酷な印象を与える。


 彼はおもむろに腰につけているポーチに手を伸ばし、その中から小さな半円型の白い石を取り出した。


 すると、


「こっちは準備ができたよのさ!」


 その小さな白い石から可愛らしい女の子の声が聞こえた。

 

 男はゆっくりと立ち上がると時計盤にもたれかかる。


「そうか…今宵も闇の宴が始まる…。」


「……………」

 

 冷たい風が夜の時計塔に吹き付けた。


「…今宵も…闇の宴が始まる…」


「……………」


 巨大な時計盤の長針が緩やかに一目盛移動した。

 男は困った様に目をうろうろさせる。


「あの……」

 

 ついに男は耐えきれなくなり普通に話しかけた。

 白い石越しにせいだいなため息が聞こえた。


「…まぁ仕事前の気持ち作りは大事なのよさ…」

 

 男はその瞬間、笑顔を顔一面に浮かべる。


「でしょ、でしょ。だったらーーー」


「でもそれにうちが付き合う義理は無いのよさ!」

 

 男はズガーンと肩を落とす。


「なんだよ!パートナーが主役に合わせるのは当たり前じゃんか!エルハのバーカ!わからずや!ゴスロリババア!おかーさん!」


「なぁにがおかーさんなよのさ!いい加減にはやく仕事するよのさ!!」


「わかってぇまぁすぅぅぅうう、仕事なんてしますぅぅぅうう。」


「じゃあもう始めるよのさ!」

 

 その瞬間、

 

 ドガーン


 王宮の正面入り口付近でとんでもない規模の爆発が起こった。

 

 爆風ははるか遠くにあるはずの時計塔を揺らし、王宮の正門の残骸と思われるものを空に巻き上げ、王宮付近の建築物がドミノ倒しの様に倒れていく。

 

 男の頬にツーと一筋汗が流れる。


「し、仕事しよ。」

 

 そう言って男は高さ100メートルの時計塔から倒れこむ様に飛んだ。

 

 彼の名はサファリウス、世界で最も有名な犯罪者である。



 〇〇ーーーーーーーーーー〇〇



 

 ジョナス=マクラーレンは地方の有力貴族の出だった。

 普通中央の貴族に対し田舎の貴族は馬鹿にされ、不遇される傾向がある。

 しかし、そんな中でも王宮護衛騎士団[紫眼(シガン)の灯火(トモシビ)]の団長にまで上り詰めたことはジョナスの中では誇りだった。

 

 ジョナスは王宮の騎士団長室から世界四大都市とも言われる王都の夜景を眺めた。

 

 ここまで長い道のりだった。しかしついに私は騎士団長まで上り詰めた、あとは王宮十二騎士になればもう私を田舎の騎士と馬鹿にするものはいなくなるだろう。

 

 この王国の騎士階級は5つに分かれる。見習い騎士、下級騎士、中級騎士、上級騎士、そして王宮十二騎士。

 

 騎士団長とは上級騎士の中で上位23名が選ばれる役職であり、王宮十二騎士を除くと、実質的な頂点に位置する。


「あぁ、なんと素晴らしい景色だ…」

 

 ジョナスは序列18位、最強の騎士団長の中でもそこそこの強さにあるのだ。

 

 ジョナスはゆっくりとワイングラスを回しながら王国のランドマークである巨大な時計塔、ビックベルムを眺める。

 

 ビックベルムは、王国の威容を表すもので、それまで世界最高だった帝国のシェラザードタワーの133メートルを大きく超える167メートルほどの高さがある。

 

 これを建築した時の帝国の反応はそれはそれは滑稽だった。

 

 ジョナスは感慨深い思いでワイングラスに口をつけた。

 

 その瞬間。

 

 ドーン

 

 王宮全体を激震が走った。


「な、何事だ!」

 

 そして数秒後、団長室の扉の鍵が吹っ飛ばされ、勢いよくひらいた。

 

 ジョナスは思わず腰に釣っていた剣を抜刀し構える。

 

 しかし、扉から現れた人物を確認するとホッと息をついて剣を収めた。


「アルヴス副団長か…」


 アルヴスと呼ばれた銀の短髪に赤目の人物は剣を抜刀すると右手で持ち、胸にその手を当てる。騎士団式敬礼と呼ばれるものだ。


「ジョナス団長、王宮正面ゲートが正体不明の大爆発によって吹き飛ばされました。

 周辺地域の被害は甚大。さらに泥でできた謎の生物が暴れ、現在騎士団総員で被害拡大防止と討伐に動いています。」

 

 ジョナスは眉をひそめる。

 

 おそらく敵の目標は王宮に入ることにある。帝国と公国は北で戦争中、南部のシュランツ王国は我が国の友邦であるし、まず王宮正門を吹き飛ばせる程の兵器はあの国は保有していない。敵にとって、ここまで派手なことをするメリットとはなんだ?

 

 すると、顎に手を置き考えるジョナスにアルヴスが気まずそうに声をかける。


「あの〜、正面ゲートだけでなく、裏口の衛兵が気絶しているのをかくにんしました…」


「なにっ⁉︎」

 

 ジョナスは床を踏み抜かん程の勢いでアルヴスに歩み寄るとその胸ぐらを掴みもちあげる。


「なぜ早く言わんのだ⁉︎」

 

 ジョナスは表面的には激怒しながら内では冷静な思考を止めない。

 

 正面ゲートだけでなく裏口も、とすれば裏口が本命、正面ゲートは陽動か!

 正面ゲートに騎士団の大多数を集め、裏口から侵入する。そんな手の込んだことをしてくる奴の狙いは?まさか!


「宝物庫か…?」

 

 その瞬間アルヴスの顔が曇る。


「ほ、宝物庫にはあれがっ…」


「だまれ!あれは高位権限のあるものでないと取り出せん!まだ大丈夫だ。

 それより、今は敵を捕まえることが先決。私とお前で宝物庫に向かう。他の騎士団員は正面ゲートに集中させろっ!」


「はっ!」

 

 こんななめた真似をしてくれた奴にはそれ相応の痛みを伴う死をくれてやる。

 

 ジョナスは唇の端をチロリと舐めるとアルヴスを引き連れて宝物庫に向かった。






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歩通 奈陽斗は格闘狂 ムッシュルムッシュル @Minosenoisekai

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