25話 新世界のはじまり

「ジーハ村に帰るのも、久しぶりですね」


 俺はミノ車の屋根付きの荷台に揺られている。リゼが言った通り、ミノ車を手配してもらいジーハ村に向かっていた。その間にツギー村があるので、そこでいったん小休憩を取ってから、また出発する計画だ。


 お日様がぽかぽかと気持ちがいい。揺れるミノ車の動きも、慣れれば心地いいものだ。しばらくして、俺達はツギー村に到着すると、簡単な柵で覆われた入り口から村に入る。

 

 村に入ろうとすると、門にいる見張り番が声をかけてきた。


「――止まるだ! ん、なんだ……リゼちゃんと兄ちゃんだべか」


 田舎訛りの、麦わら帽子の見張り番。前に会った時と比べると少し肌が焼けている。初めてツギー村に来た時も会ったことのあるおじさんだ。


「こんにちは、おじさん。いつも元気ですね」


 おじさんと呼ばれた見張り番は、リゼの姿を見て驚いた。


「おおう、リゼちゃん。ずいぶん色っぺくなったなぁ」


「え……そうですか? おじさんは、お世辞が上手ですね」


 「いやいや」と手を振りながら、笑っている見張り番のおじさん。そして、俺の方にも顔を向けると、ちょっと驚いた顔をした。


「前の、ヒコッケイのペヤの人かい?」


 俺は単語の意味が分からずとも、「そうだけど」と言うと、見張り番は「うんうん」と頷いている。何か変なところでもあるのだろうか。


「何かおかしいとこあるかな?」


 悪気なしにそう聞いてみた。すると、見張り番は「いんや」と一言言ってから、また頷いて、一言だけ発した。


「大人ん、なった」


 俺はなぜか、見張り番のその言葉が、ずっと胸に残った。


 ジーハ村に向かう前に少し休憩を取るため、ツギー村の宿屋に向かう。到着して入り口のドアを開けると、受付の奥に禿げたおっさんがいる。肩や腹の幅がでかいおっさんが、何やら忙しそうにしている。


 とりあえず聞いてみると、最近は旅人が多く、宿帳の管理に追われているそうだ。部屋も空きがないらしい。


 宿屋の主人はそこの椅子を使っていいからと言うので、少し休憩させてもらうことにした。リゼが椅子に腰かけながら話す。


「ツギー村には何度も来たことがあるのに、ソウタ様と来るとなんだか懐かしく感じます」


「そうだな。俺もこの村に来たのはこの前なのに、なんだか見知った村に感じる」

 

 宿屋の主人がお茶を出してきた。リゼはその綺麗なオレンジ色のお茶を飲んでいる。宿屋の窓の外からは、村の外の風景が見える。遠くの草むらの中で、ヒコッケイのトサカが見えた気がした。


 俺は、なんとなくツギー村のブーメランパンが恋しくなった。今度ツギー村に寄ったら買って行くことにするか。



 俺達は宿屋での休憩もそこそこに、ジーハ村に向けて出発することにした。


 ミノ車の御者には往復分の運賃を払ってある。文句は言われなかったが、着くのが夕方になってしまうとは言われ、急かされた。


 ミノ車は街道を進んでいき、高い草むらが脇にある道を抜けると、右手に小屋が一つあった。その小屋にはジーハ村の所有を示す札が立てかけられている。


 また進んでいると、村の畑群らしきものが左右に増えてくる。そこを抜けると、草原の真ん中に、自然にできた街道が出現する。


 街道を真っ直ぐ進むと、いよいよジーハ村の、ログハウスのような丸太造りの建物が見えてきた。


「ジーハ村ですよ! なんだか、すごく久しぶりに来た気がします」


 俺が寄りたい場所とはこの村だった。ミノ車はジーハ村の目の前で停車すると、俺達を降ろして、村の横に停まった。村に入ると、村人が一人気づいて人を呼ぼうとしたので、少し待ってくれないかと伝えた。


 俺の行きたい場所は、この先にある。


「リゼ、ついてきてくれるか」


 俺は、リゼを連れてジーハ村の外れ、草原の向こうへ歩いて行った。後をついてくるリゼが、呟く。


「ソウタ様の行きたいところってもしかして……」


 俺は黙って草原の真ん中まで歩いて行った。リゼもそれに続いて、俺の後をついてくる。俺がリゼに歩幅を合わせるようにゆっくり歩くと、リゼは歩く速度を落とし、それに合わせた。


 俺が草原の中で立ち止まると、リゼも合わせて周りを見渡した。ここは、俺が初めてこの世界に召喚された場所。


 見渡す限りの緑の草原。空は夕焼けで、背の低い草は太陽を失うことを悲しむかのように、しなだれかかっている。ジーハ村の遠く、太陽が近くの山に沈もうとしている。空には赤さが残り、夜を告げる藍色までもう間もないだろう。


 しばらく夕日を眺めている。二人の間に言葉はなかった。ただ、静かな時が流れていた。


 永遠とも思えるような静寂が流れた後。赤い夕焼けをバックにして、ふいにリゼが俺の方へ振り返った。ピンク色の魔法使い服のスカートが、ふわりと揺れる。


「ソウタ様、ありがとう。私をあの日から、冒険に連れ出してくれて」


 ありがとう。俺は、心からのその言葉を、どれだけ渇望していたのだろうか。リゼは、絵本を読むような、優しい口調で語り始める。 


「ソウタ様は、ジーハ村の大蛇から守ってくれました。そしてツギー村のアオイさんとの決闘でハラハラさせられたり、サンド山でグリフォンを手なずけちゃったりしました」


 リゼは、胸に右手を当てて、楽しい思い出を思い出すかのように語る。俺の記憶にもある、リゼとの思い出。


「盗賊団のクレアちゃんに腕輪を盗まれたりして、そして……」


 そして、リゼとアオイとともにドラゴンを倒した。


「そして、お母様の仇のドラゴンを倒せました」


 リゼの金色のサラサラとした髪が風になびく。髪には金の羽を模した、エメラルド色の宝石細工が六角形に散りばめられた、髪飾り。リゼは胸に当てた右手を、優しく握りしめる。


「俺は、リゼを救えたかな」


「感謝しきれないくらい、私を救ってくれました」


 リゼの金色の目が、風で揺れる草原を映している。薄桃色のローブの裾が揺れる。


 俺は左腕の腕輪を見つめる。転生した俺が、一つだけこの世界に持ち込んだもの。運命を変える、運否天賦、全て運任せの力。強力にも貧弱にもなる力。これが無ければ、ジーハ村で大蛇を倒すこともできなかっただろう。リゼを助けて、一緒に冒険することもできなかっただろう。


「俺との冒険はどうだった?」


「すごく、楽しかったです」


 リゼは、本当に屈託なく笑う。俺はその笑顔を見ると、いつも胸がいっぱいになる。彼女は、俺との冒険を「楽しかった」と言ってくれた。それだけで、俺は全て救われた気がした。


 ――俺は、こういう時の返すべき答えを持っている。


 俺は、真っ直ぐとリゼを見つめ、右手を前に差し出した。


「じゃあ、これからもよろしくな。リゼ」


 ちょっと抜けた所もある、補助魔法しか使えない、いつも俺の隣にいた魔法使い。


 俺が助けたかった、俺をいつも助けてくれた、ジーハ村の少女。


 その魔法使いの少女は、本当に心から思っているように、声を弾ませながら、右手を差し出してきた。



「これからも、一緒に冒険しましょうね、ソウタ様!」



 それは今までで一番の、とびきりの笑顔だった。

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異世界に転生したら最強武器ガチャで運ゲー無双しまくりです まぐろ定食 @maguro17

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