24話 ひとときのやすらぎ
俺とリゼが泊まった宿屋はセントラの中央通り、東通り側の角を曲がってすぐの場所にあった。俺とリゼが泊まったのは、通りに面する、東通りに近い角部屋。窓からは朝日が差し込み、俺が寝ているベッドを暖かな光で包み込んでいた。
ほかの宿泊客のドアの開閉音で目が覚めると、俺はそっとベッドを抜け出して部屋の隅の桶の水で顔を洗う。抜け出したベッドの上には、星のマークが散りばめられた、ピンクのパジャマを来た大きな妖精が眠っている。
……妖精にしては色々な所が成長しすぎているが。俺が朝を知らせて軽く叩くと、リゼの胸の豊かな膨らみが少し揺れ動いた。あまり見ないようにしつつ、俺は先に着替えを始める。着替えを終えると、俺は、リゼが寝ている間にセントラの酒場に行くことにした。
セントラの中央通りマーケットは今日も賑わっている。俺は歩きがてら、青果店で果物を一つ買ってみる。赤い皮で、丸いフォルムをしている果物。手に余る大きさだが、片手で持てないわけではない。俺はその少し柔らかい実をした果実を一口食べてみる。
とてつもなく酸っぱい。目が覚めるような酸味。おそらくこれはリゼの言っていたピュレだ。俺は昨日、夕食後に食べた甘い果実のことを思い出していた。
中央通りのマーケットを抜けると、東通りの酒場、「ひつじの小箱亭」が見えてくる。まだ酒場に行くには早い時間かもしれないが、あの酒場は朝食も提供していたはずだ。
酒場の入り口の開閉扉を押して入ると、冒険者たちがチラッとこちらを見るが、すぐに目線を戻した。顔見知りだという判断をしたらしい。そして、いつものように酒場の真ん中のテーブルには、アマゾネスの女戦士が腰掛けていた。
「よう少年、一人とは珍しいな」
俺は、なんとなく先輩に会いたくなったので酒場に来た、ということを告げた。
女戦士は「なんだよそれ」とおかしそうに笑って、空いている席に座るように促してきた。
「ドラゴン退治はどうなったんだ? ……まあ、ここに元気でいる以上、負けたわけじゃなさそうだが」
「ドラゴンを倒して、ドラゴンを操っていた奴も倒したよ。ただ……」
俺は少し黙ってしまう。ドラゴン退治は、女戦士の夢でもあったのではないだろうかと。
「ドラゴンは冒険者の夢だったのに、こんな形で叶えちゃってなんか悪いなってさ」
俺は片手で頭をかいて、少し照れ笑いしながら女戦士に伝えた。
少し間があって、女戦士は一瞬真面目な顔をしたかと思うと、すぐに大笑いを始めた。
「あっはっは! お前さんはそんなことで悩んでたのかい? くく……」
女戦士は豪快に笑っている。ごまかしのための話題だったが、少しの本音もある。女戦士は、そのガタイのいい筋肉質の身体を大きく揺らし、ひとしきり笑った。そして、また自然な表情に戻り、俺に言った。
「そんなの、人の戦う理由だろ。お前には、お前さんだけのドラゴンと戦う理由があったんだろ?」
この大きな先輩には、どこまで心を見透かされているのだろうか。彼女は言葉を続ける。
「きっかけなんて、なんだっていいんだよ。大事なのは、それをやり切れるかだ。お前さんはそれをやり切った。だったらアタシが文句を言えることなんてないさ、少年」
女戦士は両手を頭の後ろに組んで、はっきりとそう言った。名前も知らない、この屈強な体をした女戦士の彼女。彼女は、どれだけの死線をくぐり抜けてきたのだろう。その体には、幾多の傷跡がつき、その言葉には、深い重みがあった。
俺は女戦士に礼を言うと、リゼがそろそろ起きているのではないか、ということが頭をよぎった。入口の扉からひつじの小箱亭を出て、泊まっていた中央通りの宿屋に向かっていく。
中央通りのマーケットには、ほとんどの店が商品を並べ終えている。屋台のような骨組みの店舗を持っているものもいれば、布のようなものを敷いてその上に商品を並べているものもいる。リゼにプレゼントしたあの羽飾りを売っている店がないかと目で追ってみたが、そのような店は無いらしかった。
宿屋につくと、宿屋の主人はこちらを見たものの、宿泊客だと分かって宿帳に再び目を落とした。泊まっていた部屋の前まで行くと、リゼがちょうど部屋のドアを開けて出てくる所だった。いつもの薄桃の魔法使い服に着替えている。
「あっ、ソウタ様。もう、どこ行ってたんですか? 朝起きたらいないので、びっくりしました」
突然置いていったことに立腹なのか、リゼの頬は少し膨れ気味だ。失敗した。メモぐらい、残しておくべきだったか。
「すまん、ちょっと寄りたい所があったからな。あともう一つ、寄りたいところがあるんだけどいいか?」
俺はリゼに耳打ちする。
「え……? はい、ソウタ様が行きたいなら」
宿屋で荷物をまとめると、チェックアウトを済ませ、宿を後にする。セントラの南西門へ歩いていこうとした、その時だった。
「待てソウタ、どこへ行く?」
振り返ると、そこにいたのはアオイ。セントラ城の革の装備の兵士とともに、こちらを呼び止めた。立ち止まった俺に近づいてくるアオイ、何事かと身構えていると、その表情は朗らかだ。
「城を救った英雄の祝勝会に、まさか英雄自身が出席しないとは言わせんぞ?」
アオイは城を振り返る。俺のための祝勝会? 俺は疑問符を出しているような顔をしていたらしい。アオイは両手のひらを上に向けて呆れる。
「まったく、英雄様は自覚が足りないようだ。少しぐらいは城に顔を出していけ」
よく考えてみると、俺は盗賊団も潰し、ドラゴンも倒した実績があるのだ。祝勝会に招かれるというのも、なんら不思議ではなかった。俺はアオイに左腕を掴まれ、無理やり城に引っ張られていった。
城につくと、城の一階では左のホールを全て使って盛大にパーティーが行われていた。アオイによると、ドラゴンが壊した右のホールは修理中とのことらしい。
左のホールも、以前と同じように赤い絨毯が全体に敷いてあり、テーブルが前回の倍の12個は用意されていた。扉を開けてホールに一歩踏み入れると、わっ、と盛大な拍手と大きな歓声が俺を迎えた。
「おい、英雄ソウタ様だ! ドラゴンを倒した英雄の帰還だ!」
来賓の中には、感動してハンカチで顔を覆うものもいた。俺はすぐに人の壁に囲まれ、握手を求められる。アオイが、それを手で制しながら進んでいく。
「押さないように! こら、そこも!」
「わっ、ソウタ様に凄く人が群がってますよ!」
確かにリゼの言う通り、群がるという表現が正しいぐらい、人が押し寄せていた。
「ドラゴンをどうやって倒したんですか?」だとか、「クロエという魔導士はどうなった?」だとか、「握手してください!」という、まるでスターの登場のような歓迎を受けながら、ゆっくり前に進んでいく。
大勢いた人がやっとはけると、その先にセントラの王様と大臣がいた。王様も、こちらに気づいたようだ。
「おお、ドラゴンビートの登場か。こちらに来なさい」
リゼ、アオイとともに、王様の前に進み出ると、王様は優しそうな目をしている。俺の顔をよく見ると、ゆっくりと白ひげの下の口を開く。
「ドラゴン討伐、まことに大義であった」
「ありがとうございます。でも、俺はやりたいことをやっただけなんだ」
王様は、「そうじゃな」と頷く。それからしばらく報奨金の諸々や、セントラの永住権の取得許可など、事務的な褒美のこと、クレアの処遇について話していた。王様は、いつでも褒美の受け取りと、クレアの面会ができるようにしようと約束してくれた。それに付け加えるように、最後にこう言った。
「ソウタ殿さえよければ、ワシの国の騎士にならんか? 君のような強い勇者がいてくれると、心強いのじゃが」
王様からの勧誘。しかし、俺には心に決めていたことがあった。それは、この世界を見て回りたいという欲求。まだ見ぬ世界へ行きたいという、好奇心。
「いや。申し訳ないけど、お断りするよ。俺は、まだまだ世界を見て回りたいんだ」
意外にも王様は、その返事を最初から知っていたかのように、柔らかく微笑んだ。
「分かっておったよ。ソウタ殿はこの国で納まる器ではなさそうじゃ。立場上、ドラゴンを討伐した英雄を勧誘したという事実も必要なのでな」
王様は、立派な白いヒゲをなでおろしている。アオイがそれを聞いて、胸を張って言う。
「レオン王に、ここまで言われることはなかなかないぞ」
アオイは、俺の顔を見て得意げそうだ。
「まあ、気が向いたらいつでも来い。私の部下にしてやってもいい」
アオイがそう言うと、俺もリゼも王様も、笑い合った。アオイの素直ではない話し方も、今となっては馴染み深い。
俺は、この後はリゼと行きたい所があるということを伝えた。するとアオイは、名残惜しそうに一言だけ残していった。
「もう行くのか? ではな。運が良かったら、またどこかで会うこともあるだろう」
アオイとは、また会いたいものだ。そして、セントラに帰ってきたら、クレアを迎えに行こう。
俺とリゼは昼間のうちに祝勝会を後にした。
もう、心の中は決まっている。次の目的は、世界を見て回ること。
次の目的地は、ジーハ村。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます