23話 ドラゴンビート

 【SSR】聖剣エクスカリバー


 召喚腕輪がまばゆい虹色の光に包まれる。今までで最も強く、暖かな光。


 ――ついに、その時が来た。


 幾多の戦いを越え、いまだ姿を見せなかった最高レアSSRのエクスカリバー。今ここに、聖剣がその姿を見せた。


 刀身はプラチナのように白い光沢を持ち美しく、鍔と柄は黄金に光り輝いている幅広の片手剣。その神々しさは、見るものの心を魅了してしまうような眩しさ。


 聖剣エクスカリバー。誰もが求める、最高の武器。


 その輝きに反応するかのように、ドラゴンがこちらを向いた。クロエは、聖剣を構える俺を見て、ステッキを縦に振りかざす。


「貴様さえ! 貴様さえぇぇぇ!」


 クロエの目は、もはや焦点が合っていない。その言葉が誰を指しているのかさえも、分からない。ドラゴンの体は殆ど再生されている。ドラゴンの眼が紫色に変化すると、両腕を大きく持ち上げ、城で見たあの時の攻撃のように、叩きつけようとしてくる。


 両腕が一番高く持ち上がった瞬間、青い閃光のようなものがドラゴンの後脚を通っていく。ドラゴンの背後にいたのは、先ほど斬りこんでいったアオイ。アオイの氷刀の高速居合により、ドラゴンの右後脚は、切断された。


 両腕を大きく持ち上げた状態で右後ろ足を失い、ドラゴンはバランスを崩して倒れ込んだ。地面をズズンという衝撃が伝わる。そして、ドラゴンの頭に乗っていたクロエは……ドラゴンの顎の下敷きになっていた。


「くそっ! 早く動けぇぇええ!」


 クロエはがむしゃらにステッキを振るが、ドラゴンの後脚の再生はまだ間に合っていない。


 ――ここだ、この瞬間を逃す手はない。


 俺はエクスカリバーのプラチナの刀身を、天に掲げた。


「行くぜ、性悪魔導士!」


「やめえええろおおおおおおっ!!」


 下敷きになっているクロエが目をひん剥き、叫んだ。


 俺はドラゴンに向けて、エクスカリバーを渾身の力で、振り下ろした。


「いっけええええぇぇええ!!」


 瞬間、刀身から凄まじい勢いで二色の衝撃破が放たれる。青と白の色をした光が、螺旋となってクロエに向かっていく。極太の螺旋の光線は、顎に挟まれているクロエごと、ドラゴンを飲み込んだ。


 トルカ火山の黒い大地に重低音が轟き、直線上の地面をえぐり取っていくその威力は、まさにSSRスペシャルスーパー


 光に飲み込まれたクロエのエンチャント大盾アイギスは、不快な摩擦音を立てて光線を反射しようとしている。


 青と白、そして紫の光がぶつかり、紫の光は、ついに飲み込まれた。トルカ火山の黒い地面を、青と白の光が通り過ぎていく。光線は、強い光を貫き通したまま、ドラゴンごとクロエを消滅させた。


 すべての光が収まった時。ドラゴンとクロエは、跡形もなく消滅していた。



 すべてが終わると、暗闇の雲で覆われていた空から、一筋の光が差し込んでくる。暗闇の空は、ドラゴンが打倒されたことにより環境が戻っていき、元の蒼い空を取り戻そうとしていた。


 雲の切れ目から、太陽が輝きだす。それに応えるかのように、トルカ火山の炎の蒸気が収まっていく。一陣の風が吹き、黒で統一されていたトルカ火山の山肌に茶色の土が露出する。


 全てが穏やかに、光に包まれ、元の姿を取り戻していった。


 俺は小さくなった足場の上で、二人に駆け寄る。リゼが、フラフラとした足取りでこちらへ向かってくる。


「ソウタ様! 私たち、やりました……」


 リゼは倒れ込みながら俺に向かってくる。俺もそれに応えるように、リゼを抱き締めた。


「ああ。俺達、やってのけたんだ」


 その言葉を言うと、俺はなんだか胸が熱くなった。しかし、それより先に、リゼが肩を震わせている。


「う、うぅ……うえぇ……」


 リゼが、肩を震わせてしゃくりあげ、泣いている。


「なんだよ……なんで泣いてるんだリゼ」


 その表情は、親の仇を討てて嬉しいといったようなものではなかった。けれど、全てが終わってしまったという虚しさから出る表情でもなかった。


「うぅ……ソウタ様だって、泣いてるじゃないですか」


 気付くと、頬に涙がつたっている。俺は、なぜ泣いているのだろう。リゼの母親の仇を取れたから? 自分を殺した相手に復讐できたから? いや、どちらも違う。


 この感情は分からない。きっと誰にも、答えることができない。でも、なぜか、感情を抑えることができなかった。


「なんでだろうな……嬉しいからでも、悲しいからでもないな」


「何かをやり切って、胸がいっぱいになったら、それが涙となって溢れてくるんでしょうか」


「その考え方、いいな。今度からそう考える」


 リゼはその返事を聞くと、涙を拭いながら、微笑んだ。


「私も、ソウタ様にたくさん考え方を教わりました」


 抱き締め合う俺達を見ていたアオイが、笑みを漏らす。


「ふっ、自分も二人から色んなことを学んだ。特にリゼの勇気には、騎士の自分も驚かされるばかりだ」


 そうだ、俺も二人にたくさんのことを教わった。俺にはまだ足りない部分が沢山ある。それなら、お互いの足りない部分は、お互いに補えばいい。


 アオイは反対を向くと、太陽が輝いている遠くの緑の山を見ている。


「ふん……あの魔導士も、道を違えなければ立派な魔導士になっていたのかもな」


 クロエ。リゼの母エルザに嫉妬し、自らの身を破滅させた狂気の魔導士。もし、エルザがクロエに出会っていなかったら、どんな未来になっていたのだろうか。

 

 運命とは、少しの偶然で変わってしまうものなのだろう。


 トルカ火山からはるか遠く、暗闇の空が晴れたその向こうに、セントラの城が小さく見える。青と灰色の城と、焦げ茶色の屋根の民家。セントラの街は今日も変わらず、生活を営んでいるのだろう。


「ドラゴンを倒したこと、王に報告せねばな。もちろん、ソウタとリゼの活躍についても事細かに伝えておくつもりだ」


 アオイは胸を張って誇らしげだ。しばらくしてリゼも、ようやく俺から離れた。そして、同じく街の方を見る。


「セントラって、こんなに綺麗だったんですね」


 遠くには深緑の山、紺碧の川。小さい青の城、茶色の屋根。きっとはるか遠くには、ジーハ村もツギー村もある。そう考えると、この景色がとても尊いものに見えてくる。この新世界で出会った人が住んでいるというだけで、なぜ世界は輝いて見えるのだろうか。


 そして、セントラの景色を眺めている間に、右手のエクスカリバーが消滅した。


「……帰りましょうか」


「そうだな、帰るか」


 その言葉を合図に、俺達は、トルカ火山をあとにした。



 山道を下り、トルカ火山を降りると、徒歩で街道まで歩いていく。街道にたどり着くと、アオイは近くの草むらに歩いていった。そこで何か草のようなものをむしったかと思うと、まとめて地面に置いた。


「ミノ車を呼ぶための合図だ」


 草の塊を揺さぶると、煙が立ち上ってきた。これはいわゆる狼煙だろう。こすると煙が出る植物のようだ。


 道なりに歩いていると、向こうから兵士の御者が操縦するミノ車が走ってきた。ミノ車は俺達の前で停止した。俺達が四角い箱のような荷台に乗り込むと、今度は反転してセントラの方へ向かっていく。


 ミノ車の中で、三人の体が道の凸凹に合わせて揺れる。皆、身体中のいたるところに小さな傷ができており、満身創痍だった。アオイ、リゼ、俺という風に、順番に乗り込んだミノ車の荷台で、三人は黙って揺られていた。

 

 相当疲れてしまったのだろうか、リゼがうつらうつらと船をこぎ始める。アオイも、相当疲れているようだ。リゼの頭には少し煤けた金の羽根飾り。トルカ火山で落ちていたはずだが、いつの間にか拾っていたようだ。大事にしてくれているのは、素直に嬉しい。


 御者の兵士が「まだセントラまでは距離があるので、寝てていいですよ」と言うと、俺も安心したのか、だんだん眠くなってきた。瞼が重く、目の前がぼやけてくる。ついにリゼは、俺の肩に寄りかかって寝てしまった。


 俺も、我慢できなくなり目を閉じる。やがて、何もかもまどろみに包まれていった。


 眠りに落ちる前、最後に感じたのは、右肩の重みだけだった。


 

 少し目を開けると、御者の兵士の声が聞こえる。


「皆さん、着きましたよ」


 目を覚ますと、ミノ車を御していた兵士がこちらを覗き込んでいる。荷台から降りると、そこはもう、セントラの北門だった。時間としてはそれほど経っていないはずだが、すごく久しぶりに帰ってきたような気がする。


 寝ていたリゼとアオイの二人も、ミノ車から降りてきたようだ。俺達を北門に降ろすと、ミノ車と兵士はどこかに行ってしまった。


「さて、自分はセントラ王に報告せねばならん。ソウタ達はどうする?」


「今日は宿を取ることにするよ、もうクタクタだ」


「分かった。リゼも、治療は必要ないか?」


「あ、はい。ソウタ様と宿に泊まります」


 アオイは「そうか」と一言言うと、セントラ城に向かって歩いて行った。この旅でアオイには大いに助けられた。この黒髪の女騎士に出会っていなかったら、今ごろドラゴンを打倒することはできていなかっただろう。


 俺は、リゼを連れて、夕焼けのセントラの街を歩いていく。二人の間に言葉は少なかったが、この戦いを通して、何か通じ合えたような気持ちが、俺だけでなく……リゼにもあったと信じている。


 その晩、俺とリゼは、セントラ中央通りにある街の宿屋の一室に宿泊した。

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