22話 三つの光が交わる時

 俺がドラゴンと戦っている、平らな岩場の下から声が響く。

 

 アオイが、トルカ火山の黒い地面が続く場所から這い上がってきた。上がり切ると、岩場の上でアオイは声を漏らした。


「ふん、さすがに今回は死ぬかと思ったぞ」


 アオイの軽装鎧は少し焦げていて、煤けている。アオイは、身体の煤を払うと、今度は後ろの段差に向かって手を伸ばした。


「登れるか? 自分が手を貸そう」


 よく見ると、段差の向こうに何か金色の髪と白い手がちらついている。その人影は、こちらの岩場に登ろうとしているようだ。


 あれは……あの金髪は、まさか。


「リゼ!」


「ありがとうアオイさん。あ、ソウタ様……けほっ」


 リゼは少し咳き込んでいる。クロエは、その姿を見て驚いた。


「なにぃ……死んでなかったのかい!」


 金髪の少女が力を入れて岩場に上がる。ドラゴンの炎の息の直撃を受けたはずのリゼが、その姿を現した。


 よかった。リゼとアオイが生きていた。すぐさま、俺はそれに駆け寄る。それに合わせるように、二人も駆け寄ってきて合流する。


「生きていたのか!」


「ああ、正直危なかった。だが、事前にかけてあったシールドで炎の息が防げた」


「じゃあ、リゼも助かったのは……?」


「エンチャントシールドのかかっている自分が、盾になって下に降りた。イチかバチかの、賭けだったが」


 そうか、アオイが助けてくれたのか。確かにあの時、一緒にアオイの姿も消えていた。アオイの目は、ドラゴンの炎の息の動作をも見切っていたようだ。しかし、今回ばかりは肝が冷えた。


 二人が生きていることを知ったクロエは怒り狂い、その髪は振り乱れている。


「ふん! どちらにせよアタシを倒すことなんてできないよ! ……お前達を殺したら、今度はセントラの街も焼いてやろう。黙って見ていたあいつらも、同類だ!」


 自分勝手な理屈で、セントラの街を焼くと宣言したクロエ。そしてそのまま、右手の黒のステッキをかざした。ドラゴンの攻撃がふたたび始まる。

 

 遅れて、ドラゴンの右腕が、前方にいる俺達めがけて振り上げられる。 

 

 アオイは、刀を構える。しかし、先ほど斬り付けを再生によって無効化されたばかりで、その表情は硬く険しい。


 すると、リゼが刀を構えたアオイに向かって、先端が曲がりくねった木の杖を振った。


「あなたにどんな理由があったのかは知りません」


 リゼがアオイの刀にエンチャントフリーズをかける。そしてアオイの刀が氷の柱に覆われる。俺もアオイの攻撃に合わせるため、召喚腕輪を起動する。


 腕輪が輝き、SRスーパーレアの金のエフェクトが腕輪から放たれる。


【SR】フランベルジュ


 波打った長い刀身の、SR武器。今度はリゼが、俺に杖を振り、武器にエンチャントフレイムをかける。フランベルジュが、燃え盛る炎に包まれた。


「私は二人と一緒に、あなたを倒します」


 ドラゴンの右腕が、振り下ろされる。巨大な質量物体が、暗闇の空から落ちてくる。


 瞬間、アオイがその腕の落下に合わせ、氷刀を上方に切り払ったかと思うと、ドラゴンの右腕は両断された。


 ズズン、とドラゴンの右腕が俺達を避けて、地面に落ちる。腕はすぐに再生を始めているものの、先ほどよりは遅い。


 攻撃を繰り返すことで、再生魔法の効力が弱くなってきているのだろうか。


 続いて、俺はフランベルジュを薙ぎ払う。刀身から放たれた業火が、ドラゴンを包み込んだ。ドラゴンの身体のほとんどを覆った火炎は、数秒間放射され続け、すべてを焼き尽くさんばかりだ。


 炎の放射は、クロエの方にも向けられている。クロエは、大盾アイギスを盾に炎を防ぎ続けている。


「ぐっ、うあああああっ!」


 業火がクロエを包み続けた後。ピシッという音がしたかと思うと、薄紫の大盾アイギスの一部に小さなヒビが入っているのが見て取れた。


「ちっ……クソども! 大盾アイギスに傷を……!」

 

 大事なシールドの傷に、悪態をつくクロエ。炎が収まった後、ドラゴンは身体の一部が燃え尽きながらも、その体を保っている。なんて再生力だ。


「何度再生するんだ!」


 再生スピードは落ちているもの、ドラゴンの体は焼け尽くされても再生し始める。馬鹿げた再生能力だ。アオイも、その様子に少しひるんでいる。アオイが呟く。


「まるでゾンビだな……!」


 ゾンビ、まさにその言葉がふさわしいクロエの執念の体現だった。翼を切り裂かれようとも、全身を炎に包まれようとも向かってくるドラゴン。それはソンビよりもたちが悪い。


 やることは簡単、何度でも再生するというのなら、何度でも破壊してやる。だが、このままでは……


 突然、クロエがステッキを横に向けた。ドラゴンの黄金の眼は、紫のオーラを帯びる。まずい、また攻撃が来る! 操作されたドラゴンは、尻尾を大きく揺らし、地面が壊れるのも構わず叩きつけてきた。

 

 一回、二回、三回。まるで俺達を虫だと思っているかのように、三人の居場所に向かって叩きつける。


 アオイが横に回転し避ける。リゼは寸前で回避する。俺に向かってきた三発目も、フラガラッハで受け流し軌道をそらした。


 突如、ドラゴンが体をひねった。最後のダメ押しとばかりに、尻尾を体全体で一回転させてくる。


 とてつもなく太い丸太が、回りながら襲ってくるような攻撃。足場を滅茶苦茶に壊され、立つ場所が限られている俺達三人を、それぞれ尻尾の一撃が襲った。


「きゃあああああっ!」


 バキッ、という衝撃音が三回、立て続けに続く。リゼと、アオイも尻尾に巻き込まれた。俺は、衝撃をそのまま受け、吹き飛ばされる。わざと吹き飛ばされることによって、少しでも威力を減らすことしかできなかった。


「ぐっ……はぁ、はぁっ……くそっ」


 まずい、胸に重い一撃を食らい、意識が朦朧としてきた。リゼの方を見ると、ボロボロになりながら、何かを唱えようとしている。


「エン……チャント……シールドを……」


 まさか、あんな状態で俺達に補助魔法をかけようとしているのか。リゼが頑張っているなら、俺が倒れているわけにはいかない。最後の力を振り絞り、フランベルジュを地面に突き刺し、なんとか立ち上がる。


 アオイも、同じ気持ちなのだろう、氷刀を地面に突き立て、立ち上がった。俺はアオイに向かって、声を張り上げた。


「アオイ! 俺に召喚と、攻撃のチャンスをくれ!」

 

 声をかけられたアオイがこちらを見る。そして答えた。


「ぐっ……隙を作れということか!」


「そうだ!」


「……分かった!」


 暗闇の雲がトルカ火山を覆っている。岩場以外の地面には炎の蒸気が吹き荒れ、まるで俺達が倒れるのを待っている地獄のようだった。


 クロエは笑っている。大盾アイギスを突破できず、ドラゴンを倒すこともできない俺達を嘲笑っているのだろう。そんな奴に、俺はとびっきりの運命ブキを叩きつけてやると決意した。


 リゼは、杖を支えに膝をついている。補助魔法を使える状態ではないだろう。それでも、リゼは戦おうと、詠唱を始めようとしては、息を切らしている。


 アオイも、刀を構える手が震えている。体力の限界が近いようだ。それでも、アオイはドラゴンに斬りこんでいった。


 右手のフランベルジュが消滅する。この召喚腕輪にはインタ―バルがある、連続で最強武器を引きに行くことはできない。

 

 皆、もうドラゴンの攻撃に耐えられる状態ではない。次の召喚で引く武器が、全てを決める。


 ――これが、本当に、最後のチャンスだ。


「頼む。今度こそ、奴を倒せる武器を――」


 俺は左腕を前に突き出し、腕輪のウィンドウを起動した。




 【武器召喚ガチャを引きますか?】


     はい  いいえ

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