第6話 素晴らしき我が家
翌朝、いつもは親に起こされるまでぐっすり眠っているマヤが、小鳥のさえずりでぱっちり目を開けた。そして、
「あ、そうだ小人さん!」
とつぶやくと、ベッドから飛び降りてテーブルを見た。バスケットのタオルをめくってみたが、そこに何もいないとわかるとがっかりして座りこんだ。
「やっぱり嫌われちゃったのかなあ……」
しかし、そこで昨日双子と一緒に描いた画用紙の絵に、見慣れぬ文字が書き足されていることに気づいた。
「ヤカクレの、コロンコ?……」
マヤの顔がみるみる輝きに満ち、画用紙を抱きしめて立ち上がった。
「そっかあ、コロンコっていうんだ! 小人さんじゃなくて!」
そのまま飛んだり跳ねたりしていると、マヤの母が何事かとびっくりして部屋へやってきた。
「
「ママ、コロンコっていうんだって! わたしの新しいお友だち!」
「お友だち? ……よかった、楽しい夢だったのね」
「夢じゃないよ。ほら!!」
と、画用紙を突き出す。
「え、何かしらこれ……モグラ?」
「ちがうよ、ヤカクレのコロンコって、下に書いてあるでしょ。でも、ヤカクレってなんだろう? ママ、知ってる?」
「さあ……」
マヤの母は首をひねり、画用紙を見つめた。
「でも、ずいぶんかわいらしいお友だちね」
「でしょ! もし見つけても、いじめちゃダメだよ! ネズミじゃなくてヤカクレだから!」
「そ、そう。気をつけるわ。そうだ、せっかく早起きしたから、ホットケーキでも焼こうか」
「うん、わたしも手伝う!」
マヤは画用紙をテーブルにおき、母の腕に抱き着いて部屋を出ていこうとした。その際、本棚の後ろにちらりと長い尻尾がのぞいたような気がした。
「ねえママ、コロンコにも小さいホットケーキ作ってあげていい?」
「ええっ!? ……ま、いいか。でもまずは顔を洗ってきなさい」
「はーい」
母に背中を押され、マヤは小走りに洗面所へ向かった。
部屋がしんと静まり返る。
と、しばらくしてカーテンの裏側から、まるでこそ泥のように大きな風呂敷を背負ったコロンコが、そろりそろりと慎重に出てきた。
夜の間に一度荷物をまとめて出ていったのだが、どこかに大事な万年筆を落としてきてしまったことに気づき、引き返してきたのだ。
たぶんこの辺りだろうとベッドの下を探すと、万年筆はすぐに見つかった。ひとり立ちのとき、両親にもらったはなむけの品だ。長年、愛用しているものでもある。こんな大事なものを落としてしまうとは!
万年筆に刻まれたCのイニシャルを見ると、両親の顔が浮かんだ。遠いあの日、期待と不安で胸がいっぱいのコロンコに、両親はこう言ったのだった。
「ああ、どうかあんまりお菓子につられて捕まらないようにね」
「そうだ。自分を過信してはいけないよ。でも、ときには思い切りが必要なこともある。迷ったら、自分の心の声に従いなさい」
「住所が変わったら、必ず知らせてね」
そしてコロンコのことを両腕と尻尾でぎゅっと抱きしめた。
「いってらっしゃい!」
――自分の心の声に従え。
コロンコは、ここに来て一週間くらいのことを思い返してみた。
まずまず清潔な家、いい匂いのするキッチン、びんの中のキャンディ、たくさんの本、気のいいネズミ、少々立派にしすぎたドア、わんぱく小僧と人生最大の危機、大きくて幸せなショートケーキ、オレンジ色のゴムボール、ケーキとコロンコを描いた画用紙……
さきほど、マヤはコロンコのためにホットケーキを作ると言っていた。ホットケーキは、どんな味がするのだろう? それを確かめてから出ていくかどうか決めても、遅くはないんじゃないだろうか……
コロンコは万年筆を風呂敷の中に詰めこむと、本棚と机のあいだの隙間を通って、真っ赤な扉の前に立った。我ながら、いい出来だ。
ドアを開けると、まるで待ち構えていたように気のいいネズミがそこにいた。おそらくホットケーキの話を聞きつけたのだろう。なんとも素早いことだ。
コロンコはネズミの尻尾を借りて、重い荷物を引き上げ天井裏へ向かった。そして、自分の部屋に戻ると、かさばるがゆえにどうしてもおいていくしかなかった自作の家具や、怪獣のキーホルダーを見てため息をついた。こんな素晴らしい部屋には二度と出会えないだろう。
それから風呂敷を広げ、工具だの枕だのを所定の位置に収めた。プラスチックの積み木の上に便せんを数枚出し、使い慣れた万年筆で文をしたためる。
――父上、母上、お久しぶりです。お元気ですか? 僕はこの度、新しい家に住まうことになりました。
コロンコは文の続きを考えながら、鼻をひくつかせる。通気口から、ホットケーキの甘い香りが漂ってくる。
――この家は、とてもよいところです!
おしまい。
家隠れのコロンコ ~天井裏にこっそり暮らす、小さな居候の物語~ 文月みつか @natsu73
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