第5話 夜逃げ
真夜中、コロンコはハッとして目を覚ました。一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなったが、どうやらローテーブルの上らしい。コロンコの体はなんとなく見覚えのあるバスケットに、ふかふかのタオルを敷きつめたところにおさまっていた。これはたしか、コロンコよりも一回り大きい人形が入っていたかごではなかったか? 常々、これをベッドにできたらいいのにと思っていたが、まさか本当にここで眠る日が来るとは。
コロンコは少し名残り惜しい気持ちでタオルの布団を抜け出し、テーブルの上に降り立った。部屋の明かりはドアのそばのフットライトのみ。マヤはベッドですやすや眠っている。なんだかよくわからないが、逃げ出すには絶好のチャンスだ。ちょっと胃が重たいが、夜陰に紛れれば問題なく脱出できるだろう。さっさと荷物をまとめて、外に出なければ。
そうして歩き出した直後、何かに蹴つまづいた。思ったよりも動きが鈍っているようだ。
コロンコが足を取られたのは、昼間におもちゃ箱から持ち出そうとした、あのオレンジ色のゴムボールだった。こんなものに気を取られさえしなければ! 思い切り遠くに放り投げてしまいたくなったが、マヤが気づいて目を覚ますかもしれないと思いなおしてやめた。
しかし、どうしてこんなところにボールが? 片づけそこなったのだろうか。コロンコはくるくるとボールを手で回した。おや、細いリボンが結んである。こんなもの、昼間はついていなかったはずだが。
ローテーブルの上には、ほかにも画用紙と色鉛筆数本が出しっぱなしになっていた。まったく、使い終わったら元の場所に戻しておくようにとあれだけ母親に毎日言われているにもかかわらず、暢気なものだ。
コロンコは散らばっている色鉛筆を運んでケースに戻した。バラバラだった色の並びも、ケースに書いてある通りの順序に直した。
これでよし! とコロンコは軽く手をパッパッと払った。ヤカクレは元来、きれい好きで整理整頓の上手な生き物である。バレない程度に、こっそり家主の部屋の片づけを手伝っていることもままある。(バレていることもけっこうあるのだが)
今度こそずらかろうと思ったときに、ふと画用紙に目がとまった。(ヤカクレは夜目が利くのだ。)そこには、大きないちごのショートケーキと、コロンコらしきヤカクレが並んで描かれていた。画用紙のふちにはいろいろな色の花が咲き、ヤカクレのわきには矢印が引っぱってあって、「こびとさん」と書かれていた。
コロンコはちょっと首をひねると、先ほど片づけた色鉛筆のケースから黒を取り出した。そして、「こびとさん」に横線を2本引き、その下に「ヤカクレのコロンコ」と書き足した。
そして、満足げにうなずくと、ちょっと迷ってからリボンが結ばれたゴムボールを小脇に抱え、尻尾を使ってするすると巧みにテーブルの脚を伝い降り、闇に紛れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます