第7話

「あ、いたあ!零音、どこ行ってたの!?探してたんだよ!」


 体育館に戻れば、腰に手を当てたMGの先輩がプクーっと頬を膨らませて近付いて来た。…蘭堂らんどうあい先輩。かつて全国で一番のチームをチーフマネージャーとして支えていて、この桜楼でもマネ長として活躍する凄腕の先輩。

「ごめんなさい、ちょっといろいろあって…」

「…もう。詳しくは訊かないけど、いなくなる時はちゃんと用具を片付けていってね。ボール出しっぱなし」 

 紅穂あかほだって今日いないんだよ、と藍先輩は窓の外を仰いだけど…不意に、「そうだ、零音」と凄い勢いでこちらを振り向いた。

「!?」

「…辛かったら、ちゃんと言うんだよ。零音が一人で泣くのなんて、私は嫌だから」

「…バレましたか?」

「そりゃ、目が腫れてるもん。…ねえ、零音。零音が碧と付き合ってるってのは周知の事実だけど…昔、悠也君と何かあったんでしょ?それで…忘れられないんでしょ?」

「…ッ!」

「私、小学校に入る前まで関西にいたんだけど…その頃から、御厨零音と水鏡悠也のコンビは有名だったもん。…中学に上がってからは聞かなくなったけど、二年前、全中の決勝で悠也君を見た時は一瞬で分かったよ。その頃は『聖悠也』って名乗ってたけど、実力は他より抜きん出てたから」

 凄かったんだよねえ、と遠くを見る藍先と、俯いて唇を噛みしめる私。…知らなかった。彼がアメリカから帰って来た時期も、名字が変わっていた事すらも。

 現在の彼は知らない事ばかりなのに、元とはいえ相棒を名乗るなんて…。急に自分が滑稽に思えて来て、自嘲するような笑みを零した。

「…そう、なんですか」

「うん、驚いたよ。そんな凄い人材が桜楼に来てくれて、しかもかつてのコンビが再会するなんて。…運命なんじゃないかって思ってたけど…」

「…はい。私には、碧がいるので」

 そう、心の虚を埋めてくれた、温かくて愛しい恩人が。…私と悠也君の再会を「運命」と呼ぶのなら、私と碧の出会いは何と形容出来るのだろう。

「…零音、本当に碧が好きなんだね」

「…はい」

「でも…良いと思うんだ。それが零音の決めた道で、零音が後悔しないなら。…応援してるよ、零音。碧と、ちゃんと幸せになってね」

 それじゃ、と軽く手を振って、藍先輩は体育館から出て行ってしまった。一人になった体育館は不意に雨足が強くなって、雨音が孤独を押し潰すように屋根に打ち当たるのが聞こえる。

 …何が正解だったのだろう。悠也君の願いに応えるか、自分の今を押し通すか。でも…どちにせよ、誰かが傷つくのは変わらないから。それなら…。


「…ごめんね」


 雨足に掻き消された謝罪は、誰に対してのものだったのか。

 頬を伝う劣情を拭い去ると、私は薄闇の広がる天井にそっと息を隠した。

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Lost -another- 槻坂凪桜 @CalmCherry

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