One way love

にゃご

第1話

「ごめん!なさい!」

公園のベンチで足を組んで座っていた森田の真ん前。神城はそう言うなり、きっちり90度、腰を折って動きを止めた。

「…理由は?」

「仕事、終わらなくて」

「連絡よこせなかったのは?」

「会議で…っ」

「会議終わってから職場出るまで時間あるよなぁ」

「急いで出る方がいいと思って、走ってきたので、連絡いれそこねました」

ごめんなさいと再度謝る神城の頭頂部を視界に入れて、森田ははぁとため息をついて立ち上がった。

「……今夜お前ん家。全おごり」

「喜んで!」

譲歩の案を提示すると、神城はがばりと顔を上げ、とびきりの笑顔でうなづいた。キラキラしている。若さかなぁと、近頃思う。十の年の差はでかい。


「森田さん、つまみ、なんか追加します?」

「んー、俺はもういいかなー」

「そう?酒は?」

「ビールはもういい」

「スミノフいきます?冷凍庫入れといたやつ。トロッとなってるー。レモンもありますよ」

「いいね」

テレビからはグルメ番組が流れていて、明日からの週末に街中の公園で開かれるイベントの紹介をしていた。ワインのグラス売りと、肉料理。神城が喜びそうなラインナップだと、ふと思う。

「森田さん、グラス変えるから空いたやつ、ちょっと避けて」

テレビに気が向いている間にキッチンから家主が戻り、氷の入ったグラス2つとカットレモンの皿、ウォッカのボトルを両手に森田に指示を飛ばす。

言われるがまま、あいたグラスを手に取り、つまみを寄せて隙間を作る。森田がウォッカのセットを机に置く間にグラスを下げてしまおうと立ち上がりかけるが、座っててと止められる。

「今日は遅刻のお詫びなので。森田さんはゲストに徹してください」

真面目な顔でそう言って、にいと笑う。神城は背が高い。180を超える長身に、学生時代水泳で鍛えた身体は未だに適度な厚みもあってガタイもいいから、慣れるまでは少しビビる。それから多分、かなりの人見知り。入職当初、指導係を任命された時には、森田自身、何をするにもななめ後ろからついてくる茫洋としたこの男に、どう接したらいいか分からなかった。けれども、1年、一緒に動くうちに、段々と表情豊かになっていき、不安な時に唇を少し尖らせる癖とか、時折見せる笑顔が年相応に幼いことに気づく頃には、必死に自分の後をついてくる、この体のでかい後輩を可愛いと感じるようになっていた。

可愛い。可愛くて仕方がない。

それは、神城が森田の手を離れ、4年が経った今でも変わらない。…いや、変わらないと言うのは嘘だなと、森田は一人、反駁する。可愛い。可愛いと思う。そして今やその気持ちは少し、行きすぎている。

「はい、どうぞ」

冷えたグラスに注がれたウォッカが目の前に置かれる。小さなグラスの中で、透明な液体がちゃぷんと揺れる。神城の手は、大きい。水泳を長くやっていたからと以前見せられた手のひらは、水かきが発達していて、骨ばった指先は繊細に動き、細かな作業が意外と得意だった。

あの手に、触れられてみたい。

頭の中で声がした。

あの手に暴かれてみたい。

ぞくりと、背筋を震えが上る。

ー森田さん

名前を呼ぶ、声。神城は、この、爽やかに笑う男は、女を抱く時どんな声を出すのだろうか。

「…森田さーん、聞いてます?」

現実の声にハッと我にかえると、森田を覗き込み目の前でひらひらと手を振る神城の姿が像を結び、怪しい方向に飛びかけた意識が呼び戻され、それと同時に、罪悪感と自己嫌悪が絡まり合って胸を締め付けた。

「っ、あ、悪い。聞いてなかった」

「なにー?もう酔っちゃったの?今日早くないですか?」

明日休みなんだから飲み明かしましょうよ、と屈託無く笑いかけてくるその表情が、今は痛い。この純粋な好意に、釣り合う自分はここにはいない。

お前で抜いちゃってるもんな。

ふわふわの笑顔に大人のポーカーフェイスで応えながら、そんなことを思う。ノンケに恋するのは初めてではなくて、もう今更、若い頃のような葛藤も期待もない。ないのだけれど。


「…ゲストほっぽってねちゃうんだもんなー」

小さな寝息をたてて眠る神城の横で。ちりちりと燻る胸の奥の熱に、じわじわと焼かれるような切なさには、どうしたって慣れることができないでいる。

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