第97話 大当たり、再び


「さあ、今月はどうやってやりくりしようかしら」


 聖子は家計簿を眺めていた。頭の中では、献立からトイレットペーパーの類まで、次々と浮かんでは消える。


「そういえば、ひろしさんのシャンプーが少なくなってたのよね」


 ここのところ頭髪が気になりだしたひろしは、彼専用の少しばかりお高いシャンプーを使っている。「頭皮に優しい」が売り文句の製品だ。ただ、このシャンプー、一般的なものにくらべ三倍以上の値段だ。


「今月は、おやつを減らそうかしら」


(そうなると、ひかるあたりから苦情が出そうだけど、そこはダイエットを持ちだそうかしら。ここのところ、あの子、少し体重が増え気味だし)


 ひかるは体重のことを聖子に隠しているつもりだが、そんなものはバレバレだ。

 ここのところ三春が滞在していることもあり、とにかく切田家の家計は余裕がなかった。

 スイスの銀行には膨大な資産があるが、それには手をつけない方針だ。


「とにかくセールを最大限に利用しなくちゃ」


 ダイニングテーブルには、家計簿の横に商店街やスーパーのちらしが並べられていた。

 

「そういえば、今日は商店街の月末いちだわ」


 聖子はエプロンを外すと、買い物用のエコバッグを手に勝手口から出ていった。


 ◇


 カランカランカラン


「おめでとうございます!

 特賞でございます!」


 青い法被はっぴを着た若い女性が、声を張りあげる。

 ガラガラクジの下に置かれた皿の上には、虹色の玉が一つ乗っている。

 

「奥さん、運がいいですね!

 以前も二等を当てましたよね」

 

 笑顔でそう話しかける女性の後ろで、少し顔を引きつらせているのは、商工会の上役だ。

 くじ箱に入れていないはずの特賞の玉がなぜか転がり出たことで、この男はかなり動揺していた。 

 

「え、また当たりなの?」


 思わぬことに、聖子も少し呆れ顔だ。ここのくじで二等を引き当て、家族旅行に出かけてからまだ半年とたっていない。


「お、奥さん、ホントに強運の持ち主だねえ」


 旅行券が入った飾り封筒をわたす男の手は、少し震えていた。

 実はこの男、特賞の海外旅行をくすね、知人の女性と不倫旅行しようと企んでいたのだ。


「はいはい、特賞アメリカ旅行!

 大当たりだよ!」


 旅行を約束していた不倫相手との修羅場が頭をよぎり、やけ気味になった男は大声で叫んでいた。

 当の聖子といえば、特賞より三等のコメニ十キロの方がよかったのに、などと考えていた。

 

 ◇


「え!

 アメリカ旅行!

 凄いじゃん、母さん!

 ねえ、私も行けるんでしょ?」


 夕食の席で、聖子が旅行が当たったことを話すと、一番喜んだのはやはりひかるだった。

 

「ええと、どうやら航空券は二人用みたいだね。

 ひかるが行きたいなら、お前が使うといいよ」


 封筒に入っていた書類を読んでいたひろしが言うと、ひかるは歓声を上げ椅子から立ちあがり踊りだした。

 

「ボク、おばあちゃんと一緒に行きたいなあ」


 苦無のその一言で、ひかるの踊りがぴたりと止まる。


「憧れのニューヨーク!

 私、絶対に行きたい!」


 ひかるがチラリと見たのは、ダイニングテーブルのお誕生日席に座っている三春だ。


「あたしゃこの年だから、海外旅行は遠慮しとくよ。

 足りないお金は出してあげるから、あんたたち四人でお行き」


 湯呑を小さな両手で抱えた三春は、息子夫婦と孫に柔和な笑顔を見せた。


「母さん、お金のことは大丈夫だよ。

 せっかくだから、五人で行こうよ」


 ひろしの言葉に、苦無が三春の手を取った。


「そうだよ、おばあちゃん。

 ねえ、せっかくだから一緒に行こうよ」


「……そうかい、苦無が言うなら、おばあちゃんもご一緒しようかねえ」


 こうして、三春を含めた切田家の五人は、アメリカへ旅行することになった。




 

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キレッキレ家族 空知音 @tenchan115

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