第96話 リーナ

 

 リーナは、サモアにある海沿いの村に生まれた。

 家は代々マタイを務めている。

 マタイというのは村長のような役割だが、サモアでは女性がその役を担う。

 彼女の祖母はマタイであり、有名な薬師として近隣の村人からも信頼されていた。知る人は少ないが、まじないにも長けていた。

 幼くして母と死に別れたリーナにとって、祖母は威厳のあるマタイであると同時に頼りがいのある母親のような存在だった。

 

 リーナが十歳の時、アメリカからやって来た白人の少年が村に滞在した。

 サモアの文化に興味があるという彼は、礼儀正しく、マタイへの贈り物も礼にかなったものだった。

 マタイであるリーナの祖母は、少年を丁重に扱った。

 ところが、しばらくすると、村で不気味な事が起こるようになった。

 

 それは花で飾られた小鳥の死体や、ヤシのかけらを口にくわえた犬の死体だったが、事件など起こることのない村は騒然となった。

 日が暮れるとみなが床につくこの村では、夜中になにかしても人に見られることはない。

 事件のせいか、いつもマタイらしく威厳のあるリーナの祖母は、やけに落ちつきがなかった。

  

 そして、あの日、とうとうそれが起こった。

 いつものように、リーナが祖母の家に食事を持っていくと、彼女はすでに死んでおり冷たくなっていた。

 警察が来て祖母の死因を調べたが、高齢だということもあり、自然死として扱われた。

 彼女の死体が花で飾られていたというのにだ。

 

 そして、村に滞在していた白人の少年は、その日から姿を消した。

 祖母から少年に呪術を教えているという話を聞いていたリーナは、彼を調べるよう知りあいの警察官に何度も頼みこんだ。しかし、なぜか警察は動かなかった。

 

 リーナは、少年が祖母の死に関わっているという確信があった。

 祖母が亡くなる前日、少年に呪術を教えるのはもうやめると言っていたからだ。その時の祖母は、今まで見たことがないほど不機嫌だった。


 やがて隣島の学校へ通うようになったリーナは、ある日友人が読んでいた雑誌に、あの少年の姿を見つけた。

 写真は上流階級のパーティーを写したもので、白いスーツを着て手にグラスを持った青年には、まぎれもなくあの日村から消えた少年の面影があった。

 彼は、アメリカに住む大富豪ストーナン氏の孫として紹介されていた。


 祖母の死の真相を知ろうとした彼女は、アメリカ行きを決意する。

 中等学校を優秀な成績で卒業した彼女は、祖母の伝手を頼りアメリカ、ニューヨークの高校へ留学した。

 そして、苦労の末、ストーナン邸のメイドとしての仕事を手にいれたのだ。


 ストーナン青年は、邸宅にいることは少なく、彼と直接話す機会もないまま半年が過ぎた。

 ある日、海外から帰国した青年は、見る影もないほどやつれていた。

 そして、部屋にこもり出てこなくなった。


 そんなとき、街へおつかいに出かけた彼女に、一人の小柄な老人が声を掛けてきた。

 東洋人らしき老人は、流暢な英語で彼女をお茶に誘った。


「君はストーナン氏を調べているんだろう?

 私もそうだ。

 情報交換をしないか?」


 そんなことを言われては、断ることができない。

 おしゃれなティーハウスでお茶を挟んでテーブルで向かいあうと、老人は祖母が生きていたときの様子を色々尋ねたあと、リーナに電子パッドを渡した。


「ストーナン氏に、これに入った動画を見せるといい。

 くれぐれも、君が渡したと分からないようにね。

 これで君のおばあ様も浮かばれるだろう」


「ど、どうしておばあ様のことを!?」


「古い知りあいなんだ。

 おばあ様のことは、心から残念だ」


 老人はそう言いのこすと、彼女が引きとめる間もなく煙のように姿を消した。


 

 

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