第95話 復活の狂気


 ニューヨーク近郊に広大な土地を閉めるストーナン邸は、火が消えたように静かだった。

 ストーナン青年が日本から帰ってくると、暴君としての彼を知る執事、メイドはみなその変わりはてた姿に驚いた。

 玄関から入ってきた青年には、かつてのギラギラとしたエネルギーはどこにも見られず、その弱りきった姿は、家人が言葉を失うほどだった。


 帰宅してから一週間、青年は自室にこもり、三度の食事もそこまで運ばせていた。ただ、その食事には、ほとんど手をつけなかった。

 誰が来ても部屋に入れなかった。

 魔術を失うことで、それに頼りきっていた青年の強大な自我は崩壊しかけていた。 

 力こそ全て一族で、それを失うことは、ゴミくずへの転落を意味した。


 明かりを点けず、カーテンを閉めきった室内は昼間だというのに暗く、すえた臭いが立ちこめていた。

 音もなく扉が開き、すぐ閉じたが、ベッドの上で毛布にくるまっているストーナン青年がそれに気づくことはなかった。

 しかし、扉の前に置かれた電子パッドが起動すると、閉じていた青年の目がかっと開いた。


『苦無君、すごいね』

『ホントよ。

 火の魔術と水の魔術を同時に発動するなんて』

『そ、そうかなあ』


 最初に聞こえてきたのは、少女の声だった。しかも、聞き間違えるはずもない、許嫁の声だ。

 毛布を払いのけた彼は、おぼつかない足どりで部屋を横切り、床に置かれた電子パッドを手につかんだ。

 そこには、左右に広げた手の上に火の玉と水の玉を浮かべた少年が写っていた。動画からは楽しそうな笑い声が聞こえてくる。


 笑っているのは、少年の背後にいる二人の人物だった。

 一人は金髪の少女で、もう一人こそ彼が愛する黒髪の許嫁だった。

許嫁が浮かべる満面の笑顔は、彼がずっと夢見て一度も手に入れられなかったものだ。


 パリン


 どこかでガラスが割れるような音がした。

 それは幻聴だったかもしれないが、もしかすると青年の壊れかけた心が完全に崩壊した音だったかもしれない。


「僕の……僕のものだ。

 彼女も、魔術も……」


 ディスプレイの灯りが、血走った彼の目を暗闇に浮かびあがらせる。


「全部、全部返してもらうよ、切田苦無」


 少しだけ開いた部屋の扉。その外ではメイド衣装を着た一人の少女が立っていた。

 うつむいたその褐色の顔には、ためらいと決意の表情が交互に浮かんでいる。

 やがて、きっと顔を上げると、彼女は扉の前を離れた。

 部屋の中から甲高い笑い声が上がったが、それは誰もいない廊下で虚ろに響いた。



 


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