3。ハリーホールシティの怪奇な小話-下-

悪夢のような炎は倉庫全体に広がり、1人の女の赤いエプロンドレスは炎と一体化するかのように揺れている。彼女は険しい顔のまま特徴的な四白眼を携帯に移す。

「エーットぉ…?送られた資料によるとエヴァ・ティンター…悪魔への供物として自分の子の血を捧げタ…チッ!!胸糞悪りぃ!!捧げるんなら自分の持ってるモンにしなッ!!」

その女、キャンディメイカーは荒々しく言い放つ、それに対抗してカインの母親は言う。

「コイツは私の息子よ!!私が産んだ私の道具!!何も問題無いじゃない!!」

「道具扱いするとはますます気に入らなネェ……自分にとって"大事なモノ"を捧げなきゃ意味ねぇんだゼ?」

「っ!!ならお前も悪魔信者なら何を捧げたって言うんだい!?」

「アタシか?アタシの悪魔サマはな、チョー守銭奴サンで貴重な売り上げの50%を毎月支払うノ。アト…死んだ時にアタシの魂を渡す約束、地獄にすら行けないらしいけどどうでも良いワ。」

さらりと言ってそのまま話を続ける。

「その代わりに生きている間に世界中の子供達を守るノ悪魔の力でネ。アタシにはあるのアンタと違って従順で自分の悪魔に理解のある優秀な信者だかラ。」

キャンディメイカーは挑発するようにクスリと笑う。それが引き金となった。

「黙れっ!!黙れっ!!お前に私の何がわかる!!」

母親は怒髪天を衝く勢いで荒ぶった。何もかもが憎い、妬ましい。同じ信者なのに力を得ている目の前のピエロ女も、信仰せずに能力を得ている息子も。信じたモノに裏切られた気持ちでいっぱいになり我を忘れ怒り狂った。


その時、悪魔は嗤う。最高に面白いショーが観れるこの時を待ちわびたかのように。そもそも悪魔にとってはそれが目的なのだから今この感情のままに壊れた女に力を与えたときどうなるか、その好奇心の赴くままに。



「母さん…っ!?」

「カイン!離れナっ!!そいつはもう母親じゃなイっ!!!」

感情を失った女の身体はビキビキと音を立てて変形していく、骨が折れては再生し筋肉が膨張して皮膚を破り無理矢理新しい皮膚を作り出し、同じ仕組みで背中から無数の手足が生えてその手足からまた手足が生え面積を増していく、顔は醜く肥大化し、顔の筋肉に押された目玉が飛び出した。口は大きく裂け変形する痛みに悶え叫ぶ。

「ゲェッ!クソキモ!」

普段から奇妙なカエルと暮らすキャンディメイカーさえも思わず罵倒するほどに醜い。

エプロンのポケットから携帯の着信音である黒電話のベルがなんと言えないタイミングで鳴る。

「ハロー、こちら可笑しなお菓子屋FANNY&YAMMY!!ご用件をどうぞォ。」

「カルロスだ。キャンディメイカー、自動車倉庫の火災を確認した。そこにいるのだな?」

「イエス。母親が力を与えられてバケモノになっちゃったワ…。」

「手を貸すか?」

「イーエ結構、これくらいならディナー後のちっちゃいデザートって感ジ〜?」

「自信家でありがたいな、では良い報告を期待している。」

切れた電話をポケットに直そうとした時、化け物と化した母親が突然突っ込んで来るのをギリギリでかわす。

「自分の大事なモノを捧げないから悪魔も話を聞いてくれないのヨ、バカね。それかその怒りっぽい性格なのを遊ばれたのかしラ?」

母親の攻撃は止まらない、増殖した手足がまた変形し伸びて襲いかかる。最早人間の形ではない蜘蛛のようなタコのような異様な怪物。キャンディメイカーは器用にかわしつつドレスのエプロンをめくり上げる、そこにはなんとも不気味な『大きな青い口』があった。その口に手を突っ込み野球ボール程のキャンディを取り出しそのまま素早い動きで母親に投げつけるとそれはカラフルな煙を上げて爆発する。

しかし、あまり効いていないようだ。一度は足を止めたが太い血管の浮いた大きな頭をこちらに向けなおし再び襲いかかる。

その様子をカインは膝をついて呆然と見ることしか出来なかった。



火災を聞きつけた野次馬で現場は騒ついている。そこから数m離れた住宅の影からカルロスとメイセルは様子を伺っていた。

「吊るし上げなくて本当に良いのかしら?彼女、本当に子供にこだわるのね。」

「…彼女は元は天使教会が経営してある孤児院のシスターで彼女自身もそこで育った。それが何者かの手により子供達を孤児院ごと破壊される事件があった。子供絡みになると苛烈になる。」

「トムイーストの爆撃事件かしら。それで子供達を守るために天使を裏切り悪魔に身を捧げたの?皮肉ね。……あなた、彼女を心配しているの?」

「嫉妬か?」

「ええ、嫉妬深いわよこの私は。結婚前から知ってるでしょう。」

「いらん心配だな。私の妻は後にも先にもメイセル、君しかいない。」

メイセルは10歳程の少女だ。しかし結婚とは?カルロスの妻とは?

…彼らが悪魔信者であることは推測しやすいだろう。カルロスは外面を、妻メイセルは恐らく重ねた年を犠牲に払ったのだ。それで何を得たかは今は語るべきことではない。

炎が照らす2人の影は静かに重なった。



自動車倉庫は燃え続ける。

キャンディメイカーは必死に避けながらキャンディの爆弾を投げ続けるがそれをカインが袖を掴み止めに入った。

「!?カイン!危ないから早く逃げナ!!」

「ダメだよお姉ちゃん!全然効いてない!!このままじゃお姉ちゃんが!!」

「お姉ちゃんだなんて嬉しいコト言ってくれるじゃなイ〜❤︎心配ないワ安心して、ここは任せっテェ!!」

また爆弾を投げるが全て命中しても母親が動きを止める様子は一向にない。

カインはさっきまで彼女が息を切らしながら自分を追いかけていたことを知っているので心配しているのだ。事実、キャンディメイカーの体力は切れかけて動きが鈍くなっている。煙を吸って意識もギリギリというところだろう。

キャンディの砂糖が炎で焼き焦げ香ばしいキャラメルのような匂いが漂っている。

母親は既に人の言葉で喋らない。牛のような、犬の遠吠えのようななんとも不気味な声を上げるばかりでがむしゃらに身体中を叩きつけて攻撃を仕掛ける。

反射的にカインを抱えて避けた。もう息も苦しい様子で肩で呼吸をするとゆっくり膝をついた。

「お姉ちゃん!!もう……っ!!ゲホッゲホッ……」

「大丈夫。大丈夫よカイン……。」

「!!」

なんて優しい顔なんだろう。大丈夫と繰り返すその声にカインは不思議な安心感と不安感を覚えた。


「ゴハンの時間ヨ!!カモォ〜ン❤︎」


キャンディメイカーは自信に満ちた顔をして一際大きな声で叫んだ。


「バブルボンッ!!!」


割れた窓ガラスの枠をさらに破壊し爆音を立てて巨大な毒々しい柄のカエルがその大きな口からサメのように生え揃う凶悪な歯を甘い焦げたキャラメルの匂いがする母親に向けてそのまま突撃した。


スローモーション。


カインとキャンディメイカーの頭上を凄まじい跳躍力で越えていく。その歯が目の前の化け物に食い込み、その圧と鋭さで膨らんだ筋肉と血管を破り勢いよく血が吹き出る。骨を噛み砕く音と断末魔が倉庫に反響する。

異様な光景だ、カエルの化け物が人間の化け物を貪り食っているのだから。

キャンディメイカーはカインを連れて窓であった大きな穴から逃げ出して笑う。


「ウチの子、バブルボンはネ、甘いモノがダァイスキなの〜でもおバカちゃんだから甘い匂いがすると何でも口に入れちゃうのよネ。今日ゴハン食べて無いしネ❤︎」

急に多くの空気を取り込んだ倉庫は彼女の背後で爆発して火を上げた。

それを見たカインは

「大丈夫なんですか…アレ…?」

と遠慮がちに聞くと、彼女はイヒヒと悪戯な笑顔でピースサインを向けた。


空はゆっくりと薄緑色になって朝を迎えようとする。冷たい風があちこちの火傷にジワリと染みた。



世界の真ん中と呼ばれるハリーホールシティ、遊園地や博物館、港の街並みなど観光名所は数あるが、特に若者は様々な国の店が並ぶアルカニムストリートで買い物をするのがオススメだ、特に最近現れる可笑しなお菓子屋で有名な……

『FANNY&YUMMY!! は本日お休み❤︎』

…は開いていないようなので、珍しい紫の麦を使ったパンが人気のカフェでも如何だろうか。



「これはまた…随分と派手にやったな。」


東の家。ここはマフィア 「異端者の冠」の拠点の1つであり、西の家、北の家で計3つ街を囲むように配置されている。

キャンディメイカーは昨夜の事件の詳細ををドン・カルロスに報告しにそこへ訪れていた。

「それで助け出した子供のことだが、どうするつもりだ?」

「…孤児院に預ける…わヨ……。」

「彼はサイキックだ。トラウマが引き金となって昨夜のような火事をまた、起こしかねないのだぞ。」

「…。」

昨夜、被害にあったのは実は自動車倉庫だけではない。あの後の爆発で隣の家屋に引火し消化活動は昼ついさっきまで続いたのだ。

キャンディメイカーは制御不能のサイキックがいかに危険であるかと言うことをわかって俯いて黙っていた。すると対談室の扉が開きメイセルがカインを連れて中に入った。

「カルロス、新たな問題発生なのだけれど…」

「!?メイセル?」

キャンディメイカーは自分の知る少女の声ではないことに狼狽した。

「あら、知らないんだったかしら?まあ良いわ。話を続けるけれどカインは恐怖をスイッチとして火を発現させるみたいなのだけれど、前回含めて火災5件うちの1件は発狂した母親によるものではなくて例のコレクター…エリックス家の長男によって恐怖を発現したと思われるわ。」

メイセルはもう一度詳しく聞かせてとまだ怯えている様子のカインの背中をソッとなでる。カインは絞り出すような声で言う、

「博物館から遠くに逃げたあと…あの、花屋の前で声をかけられたんだ…背の高い……白衣の男の人…………僕の目をくれないかと迫って…だんだん……言葉が怖くなってきて……この前だって…!そいつから雇われた男達が僕を……!!」

「落ち着いて、大丈夫よ。…この子がまだ生きていると知ったらまた間違いなくやって来るわ、手段は選ばない男よ。」

カルロスは難しい表情で眉間を抑えそのまま顎を撫でながら言った。

「あの蛇男め…!しかし、彼の件はキャンディメイカーの仕事だ、勝手にすれば良いが忠告する…エリックス家の長男は厄介だ。孤児院に預けると関係者全員殺しかねんような奴だぞ。」

「…ッ!ソイツは一体何なノ!?正体は?そうじゃないと判断できないわヨ!!」

「名をギュスターヴ・エリックス。元はリトルウッド家の使用人であり、我々と手を組む間柄であったが…家主が失踪した後、女を狙って誘拐と殺人を繰り返している。彼の殺人の捜索に関係した警官、検察官、FBI合わせて5人が惨たらしい遺体で発見されている。」

その言葉にカインが目に見えて怯えた。


キャンディメイカーは悪魔に身を捧げているが中身は善良なシスターのままである、震える小さな男の子を前にして出る答えは1つ。

「アタシが面倒を見る…アタシが!この子を街から逃すワ。」

カインは救いを得た。顔を見上げて流れる髪の間からは驚いた様子のエメラルドの瞳が涙を溜めてキラリと光っていた。




ハリーホールシティの怪奇な小話〜fin〜

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オブシウスの黙示録 古虫 @kokasasu

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