我が家の新しい居候 その4
「名前が長いわねぇ、じゃあドリスで」
「雑か!」
「だって、言いやすいでしょ?」
私は母の脳天気な態度に頭を抱えた。実際、そのくらいの軽い反応でもいいのかも知れない。勿論当の彼がこのノリを受け入れる心の器があればの話だけど。
「ドリスもそれでいい?」
「あ、ああ、我は構わぬ……」
「じゃあ決定ね。これからよろしく」
母はその独自のノリで強引に吸血鬼にドリスと言う名を受け入れさせた。コミュ力の塊か! これがおかんパワーか! と、私が感心していると、彼――もうドリスでいいか。そのドリスのお腹がグゥーっと鳴った。あまりにも分かりやすい展開だ。
母はこのお約束に、パアアと目を輝かせる。
「ねぇ、ドリスは血以外もいける口?」
「ま、まぁ……」
「じゃあおいで、一緒に御飯を食べましょ」
「な、何を……」
名前を知った事で更に対応がフレンドリーになって、彼はその流れに上手くついてこれないようだ。いくら闇の眷属の上位種とは言っても、力が使えないならただの可愛い美少年でしかない。
私も母の戦略に乗っかって、彼の手を引いて強引に食卓に引っ張っていく。近付いてくると、美味しそうな匂いが私の鼻腔をくすぐった。
あっ、今日は私の好きなメニューだよ、やった。
食卓のテーブルにドリスを強引に座らせた私は、彼のためにその料理を器に盛って差し出した。私の大好きなメニューなのだけど、目の前の美少年はその存在を知らなかったみたいで、かなり警戒している。
普通の食事も可能とは言え、普段は血を吸っているからか、料理にはあんまり詳しくないのかも知れない。
「こ、これは何だ?」
「ん、カレーだけど?」
カレーって、知らなかったらかなりインパクトのあるビジュアルだもんね。私は意識するより前から食べていたから全然違和感を感じないけど、いい年齢になって初めてこの料理を見たら、やっぱり同じような反応をしちゃうのかも。
ドリスは初めて見るカレーに戸惑うばかりでなく、変に勘違いをしている模様。
「我にこんなものを食べろと言うのか! このような醜悪な……」
「美味しいんだってば! いい匂いもするでしょ」
私は母のカレーに絶対の自信を持っていたので、彼の強烈な拒否反応をさらりとかわす。その態度に押し切られるかたちで、ドリスは恐る恐る慎重にカレーの匂いを嗅ぎ始めた。
私はその素直な態度が可愛くて、じいっと見つめてしまう。
「まぁ、香りは……悪くないが」
「でしょ? とにかく食べてみなって」
彼、普通の食事も出来るとは言っても、普段は血を吸ってばかりだったのだろう。目の前の料理が安全なものと分かってもなお、すぐに口に入れようとはしなかった。もしかしたらまだ私達を疑っているのかも知れない。
でもそれも当然だよね、ドリスから見たら私達ってやっぱり敵って認識だろうし。
とは言え、このまま疑われっぱなしなのもやっぱりこっちが嫌な気持ちになってしまう。そこで私は強引な手段に乗り出す事にした。
彼のカレーにスプーンを突っ込んでひとさじ掬うと、そのままその綺麗な口に強引に押し込んだのだ。
この突然の行為によって、ドリスは初めてのカレーを味わう事となった。
「む、むぐうっ……」
「どう? これがカレーだよ」
私は満面の笑みを浮かべると、彼の感想を待った。味覚が同じなら良い返事が聞けるはず。もしそうでないなら――別メニューを何か考えないといけなくなるかも。
モンスターは人と味覚が違う場合もあるらしいけど、どうか同じであって欲しい。同じ料理で感想を言い合いたいし……。
私はそんな淡い期待を抱きながら、目の前のカレー初体験少年の味の感想を待つ。
「……う、美味である」
「でしょ?」
ドリスの感想に私は嬉しくなって目を爛々と輝かせた。良かった、無理矢理にでも食べさせた甲斐があったよ。
カレーを気に入った彼はその後、多くの少年達がそうであるように夢中になってスプーンを動かしていた。みるみる内に皿の上のカレーが姿を消していく。よっぽどお腹が空いていたんだなぁ。
私は一人娘で、しかも学校もずっと女子校だったから、今まで年頃の少年があんまり身近じゃなくて、その勢いが凄く新鮮だった。美少年だって食べる時は野生になるんだね。
自分の作った料理を夢中になって食べてくれるって言うのはとても嬉しいものらしく、いつの間にかやって来ていた母がその食べっぷりをニコニコと眺めていた。
「おかわりもあるからたーんとお食べ」
「うむ、もっとくれ!」
「はい、喜んで」
おかわりを求められた母は空になったカレー皿を受け取ると、すぐに新しいカレーを注ぎにいった。その後もドリスの暴走は続き、結局5回もおかわりをする。私でも最高は3回なのに。やっぱり男子の食欲はすごいね。
あ、でもモンスターの中じゃこれでも控えめな方なのかも。だってテレビとかで見る大食いの人よりは少食だもの。
こうしてカレーでの餌付けは成功し、彼もようやく私達を信用してくれたらしい。力が使えない間は、私達と一緒にいてくれる事も約束してくれた。
後でちゃんと調べたところ、聖十字の刻印は今はほぼ使える者がいないほどに古い術で、記録もほとんど残っていないのだとか。だからいつまで効果があるのか分からない。そんな技を使いこなす退魔師って一体――。
母の知り合いにもそう言う人の心当たりはないみたいだし、謎は深まるばかりだよ。
出来ればずっと効力が続いてくれるといいな。だってドリスは美少年なんだもん。力が戻ったら戦わなきゃかもだし、そんな未来は嫌だな。
家に居着いた無能力の美少年吸血鬼はいつしか我が家の弟的存在となって、今日も私達家族を癒やしてくれている。うっかりするとモンスターだって事も忘れてしまいそう。
適度にわがままも言うし、結構上から目線だし、たまにムカつく事もあるけど、そんな反応すら可愛いんだよね。カレーを食べさせればすぐに機嫌も直るしさ。
こうして、私達退魔一家に新しく家族が増えたけど、この事は誰にも内緒。退魔師の偉い人にもバレないようにしないとね。
我が家のアイドル、ドリスは絶対に退治なんてさせないんだから!
お題ちょーだい にゃべ♪ @nyabech2016
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。お題ちょーだいの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
日刊ネットDE小ネタ(不定期)最新/にゃべ♪
★69 エッセイ・ノンフィクション 連載中 2,213話
日々徒然カクヨム日記/にゃべ♪
★305 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1,013話
スキマニュース日記/にゃべ♪
★80 エッセイ・ノンフィクション 連載中 2,860話
日々徒然趣味日記/にゃべ♪
★45 エッセイ・ノンフィクション 連載中 963話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます