我が家の新しい居候 その3
私は吸血鬼が子供の背の高さしかなかったために、ただ強がっているようにしか見えなかった。指摘を受けた彼は返事に詰まってしまったのか、悔しそうに下唇を噛む。
そこで会話は一旦リセットされ、次は自分の番だと母が身を乗り出してきた。
「あなた、1人でこの街に?」
「そうだ、まずはこの街を恐怖のズンドコにする予定だった」
「……だった?」
その含みをもたせた言い方に私は首をかしげる。どうやら吸血鬼にも何やら事情があったらしい。私はゴクリとつばを飲み込んでその先の言葉を待つ。
彼は一旦話を区切ると呼吸を整え、衝撃の真相を話し始めた。
「だが、我はそこで手練の退魔師に負けてしまったのだ」
「え? 私?」
「貴様ではないわっ!」
ちょっとした冗談のつもりだったのに、それが吸血鬼の逆鱗に触れてしまったようだ。突然の大声に私は驚いて首をすくめる。それを見た母はすぐに目をつり上げた。
「コラ! 女の子を怯えさせちゃダメでしょ!」
「す、すまぬ」
怒られた彼は意外と素直に反省の言葉を漏らす。どうやら自分の立ち位置はしっかり理解しているらしい。
私も驚いたもののそこまで精神的なダメージはなかったため、すぐに落ち着きを取り戻した。だって天使から怒られるってご褒美だもの。何ならちょっと興奮しちゃったくらいだよ。
吸血鬼は少し落ち込んでいる風にも見えて、母ももうこれ以上問い詰める気はなさそうだ。そうして、さっきの彼の言葉を確かめようと真剣な表情を見せる。
「話を戻すけど、つまり理沙に会う前にあなたは既に倒されていたって事ね?」
「そうだ、これを見ろ」
吸血鬼はそう言うと前髪を掻き上げた。美しいその額には誰かに付けられた傷が深く残っている。縦と横にまっすぐに入ったそれはまるで十字架のように見えて、何か特別な聖痕のようにすら思えたのだった。
私はその傷についてその程度の認識だったのだけれど、かつて退魔師として第一線で活躍していた母はその跡を見て思い当たるものがあったのか、目を丸くしながら口に手を当てる。
「まぁ、これは!」
「そうだ、これこそ聖十字の刻印。これを刻まれた我は常に十字架の祝福にかかった状態なのだ。力の出せない吸血鬼など、いずれは飢えて死ぬ」
吸血鬼は力を失った理由を独白する。その声はあきらめきった淋しさを多分に含んでいた。聖十字の刻印、なんて恐ろしい技なのだろう。
私も幼い頃に退魔の歴史とか技とか両親から一通りは教えてもらってはいたのだけれど、この技の事は全く知らなかった。特別難しいものなのかな。それとも使える人が血筋的なアレでその一族以外は使えないとかなのだろうか。もしかして、私も頑張って修行したら使えるようになる?
この聞き慣れない技のせいで色んな疑問が一瞬の内に頭の中をよぎっていったのだけれど、取り敢えず私は目の前の現実を確かめる事にした。
「その技のせいで、力を失って小さくなったのね」
「ああ、もう煮るなり焼くなり好きにしろ!」
力を封じられ、体も縮んでしまった吸血鬼は退魔師の家につれて来られたせいですっかり覚悟を決めちゃっている。胸を突き出して両手を広げたその姿は、まさにまな板の上の鯉状態だ。
全く抵抗する素振りも見せずに現実を受け入れ、退魔師に命を預けるその姿を見た私は、潔さよりも先に別の感情に支配される。
「かわいそう……」
「は?」
そう、私は目の前の彼に雨に濡れる捨てられた子犬の姿を見たのだ。母性本能をくすぐられてしまった。当然ながら、私のこの反応に吸血鬼は返す言葉を失っている。
退魔師はモンスターを狩るのが宿命。それは分かっている。分かってはいるけど、討伐対象は人に危害を加えるバケモノ。既に力を封じられた吸血鬼に人を襲う事は出来ない。ならば狩る必然性はないはず。私はその可能性を母に訴えた。
「母さん、この子可哀想だよ」
「て、敵に憐れみを受けるなどと!」
私の訴えを聞いた吸血鬼は急に顔を真赤にして声を荒げる。どうやらかなり動揺しているらしい。そんなにおかしい考え方かなぁ。今の彼は言ってみれば野良犬や野良猫と似たようなものだと思うんだけど――。
私がおかしいのか、吸血鬼がただプライドが高いだけなのか、自分で判断がつかなくなったので思わずここで母の顔を見る。
「でもそうね、確かに可哀想」
「だよね! 母さんもそう思うよね!」
強力な味方を得た私は心が軽くなる。対して孤立無援状態の吸血鬼はバツが悪そうだ。うつむいて私達の顔を見ようともしない。
これは説得が難しいぞと私が顎に手を当てていると、母がパンと手を叩いた。
「そうだ! あなた名前は?」
「……は?」
「名前あるでしょ、あなたにも」
「母さん、吸血鬼に名前を聞くって確か……」
私は物語での吸血鬼の設定を思い出して、母の暴走を止めようとする。よくある設定では吸血鬼は名前を知られてしまうと術が効いてしまうので、絶対の秘密にしているとか何とかだったかな。
まぁだから素直に本名は言わないとは思うけど、名前を聞こうとする事自体に嫌悪感を持たれちゃったら彼、この家を出ていってしまうかも……。そう思ってしまったのだ。
私はここでは彼の味方を装いつつ、その後の展開を固唾を呑んで見守る。どうにかうまく取り繕って、この家にいてもらえるようにしないと。
こんな美少年、ここで縁が切れたらきっともう二度と私の人生で出会えない……。
「ドラ……ドランケイル・アン・ソロドローム・デ・ウファリス……4世」
「え?」
「それが我の名だ」
彼は自分の名前を割とあっさりと口にした。私はその事実に目が点になる。偽名の可能性もない事はないけど、それにしてはやたらとリアルで、もしかしたら本当に本名なのかも知れない。
アレかな? 力を封じられたからヤケになっちゃったのかな? それとも、名前を知られたらヤバいって言う設定自体が物語の創作なのかも。
私は自分の予想が裏切られてどう反応していいか対応に困ってしまい、ここでも思わず母の顔を見る。
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