我が家の新しい居候 その2
「うわーっ!」
私はパニックになりながらも、目いっぱいの念を込めてその吸血鬼に向かってボールを投げつけた。それがどのくらいの効果を発揮するのか全く自信がなかったものの、念が込められたボールは正確に標的に向かって飛んでいく。
そうして、見事に吸血鬼の顔にクリーンヒットした。
「ぎゃあ」
ボールは見事にヒットして、吸血鬼はゲームの雑魚キャラのようなうめき声を上げる。次の瞬間には、蚊取り線香にやられた蚊のようにまっすぐポトリと落ちてしまった。
この意外な展開に、私はあんぐりと口を開ける。
「あれま」
落っこちた吸血鬼はその後、全く動こうとしない。退魔師的にはほぼ素人の私の攻撃がここまで効果があるだなんて、しかも吸血鬼相手に――。
冷静に考えると色々と不自然な気がしたため、取り敢えず確認のために様子を見に行った。もしかしたら吸血鬼じゃなかったのかもとその可能性すら考えて、恐る恐る覗き込んでみる。
すると、月光に照らされたそのモンスターはそれっぽい牙とタキシードっぽい服を着ていたので、吸血鬼で間違いはなさそうだ。ただし、身長が130センチほどのちびっ子吸血鬼だった。
近付いてしっかりマジマジとその顔を見た私は、思わず口に手を当てた。
「嘘? かわいい」
ちびっ子吸血鬼は私の一撃を受けて気を失っている。このかわいいモンスターは白い肌にサラサラの金髪、まぶたを閉じている姿は天使にしか見えない。天使が吸血鬼のコスプレをしている、みたいな。これなんてご褒美?
それにしてもこの天使な吸血鬼、私が近付いてからも全く動く気配が感じられなかった。
「まさか……死んではない……よね?」
自慢じゃないけど、私の退魔の力なんてそこら辺の浮遊霊を成仏させられるかどうかのレベルであり、モンスター界の貴族、吸血鬼を倒す程のパワーは元からない。突然パワーアップしたとかそんな感覚もないのにどうして……?
攻撃が効いた理由は分からないものの、顔を近付けると呼吸をしているのは確認出来た。
私は彼がただ気を失っているだけだと分かってホッと胸をなで下ろす。退魔師としては倒した方がいいんだろうけど……。
よく見ると、その美しい天使の顔の額にはさっき私がボールをぶつけた時に出来た跡のようなものが残っている。途端に罪悪感を覚えた私は、この吸血鬼を背負って家に持って帰る事にした。
背負ってみると思いの外軽く、謎の違和感を感じながら玄関のドアを開ける。
「ただいまぁ」
「お帰りー。遅かったじゃ……」
少し帰りが遅くなったのもあって、母はすぐに私を出迎える。きっと心配だったのだろう。そんな彼女は私が背負って帰った彼を見て首を傾げた。
「っと、誰?」
「えっと、噂の吸血鬼……」
「嘘、こんなに可愛いの? あれ? でも確か吸血鬼は大人の姿だったはず。身長2メートルくらいのイケメンだって……」
「じゃあその子供とかなのかなぁ?」
どうやら母が得ていた情報と私が倒した吸血鬼は別人のようだ。ただし、吸血鬼が親子連れだって言う情報もまた入ってはいないらしい。退魔師ネットワークは情報の正確さが売りだったため、この不可解な現象に私達2人は同時に首を傾げる。
分からないものは分からないと言う事で、取り敢えず私は背負っていた吸血鬼を自室のベッドに寝かせた。
「それはともかく、どうするつもりなの?」
母からのこの質問に、私はまずはこうなってしまった経緯を身振り手振りを加えて分かりやすく説明する。
公園にボールがあった事、それでゴールを狙ったらそこに吸血鬼が腰掛けていた事、念を込めてぶつけたらそのまま落ちてしまった事、罪悪感を感じて持って帰った事――。
全てを聞き終えた母は、クスリと軽く笑みを浮かべる。
「へぇ、この子弱っちいのね。かわいい」
こうして私達2人はちびっ子吸血鬼をモンスターではなく、1人のかわいいコスプレ男子としてじっくりと鑑賞する。勿論ただ見ているだけだ。
私はともかく、母がこの子をどんな気持ちで眺めているかはそのニヤニヤとした表情から大体の予想はついたりしていた。
「ん? 何だ……?」
私達がずうっと見つめていたのがまずかったのか、天使――いや、吸血鬼がゆっくりと目を覚ました。私は無事に目を覚ましたのを確認して、ようやく心が軽くなる。
目覚めた吸血鬼の瞳の色は透き通るような青空のような青い色で、やっぱり天使だった。この世に存在してはいけないのではと思うほどに美少年。声もまたイメージ通りで透き通っていて、それでいて芯の強さを感じる。
ヤバい、モロ好みだわ。本当に吸血鬼にしておくには勿体ない。ああ、この子になら血を吸われてもいい……。
で、気付いた吸血鬼はと言うと、目覚めた途端にいきなり知らない部屋にいたものだから、顔を左右に素早く動かして現状を把握しようとしていた。
「良かった。無事に目が覚めて」
「お、おわあああ! 誰だ貴様は!」
彼は自分に注がれる視線の正体に気付いて大いに動揺する。うん、分かるよ。私だって目覚めて知らない部屋にいたら驚くもん。
混乱している吸血鬼に対し、私は落ち着かせようと出来るだけ優しい眼差しを向ける。
「怪我、もう大丈夫?」
「わ、我はあの程度では死なんぞ」
「いや、殺すつもりないし」
話していく内に彼も少しずつ落ち着いてきて、状況も把握してきたようだ。吸血鬼は完全に起き上がると、改めて私達の前に体を向ける。
「それよりここはどこだ、貴様の家か」
「そだよ。君には悪い事しちゃったなと思って」
私の返事を聞いた彼は、信じられないようなものを見る目で私を見つめてきた。やだ、そんな目で見られたら意識しちゃうじゃないの。私達は敵同士、敵同士なんだから……。
吸血鬼は軽くため息を吐き出すと、おもむろに腕を組んだ。
「貴様、変わってるな。退魔師なのだろう? 我を見て何も思わんのか?」
「吸血鬼でしょ、知ってる」
「なら、我を倒そうとは思わんのか?」
「君、そんなに悪い風には見えないから……」
私の返事を聞いた彼はショックを受けたのか、呆れたような表情を浮かべる。あれ? 選択肢を間違えちゃったかな?
「我は吸血鬼だぞ! 人の血を吸い、敵対するものは全て……」
「でも今の君はそんな事が出来るようには見えないよ」
「ぐぬぬ……」
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