もりくぼの小隊さんからのお題

我が家の新しい居候 その1

 世の中には人を襲う影の種族、俗に言う妖怪とかモンスターみたいなのがいて、それの退治を仕事にしている人もいる。退魔の仕事は基本的に代々受け継がれていて、私もその退魔師の血を受け継いでいた。

 受け継いではいるけど、地元は20年前にほとんどのモンスターが一掃されてしまって、まだ私はモンスターに出会った事すらない。


 父は他の地域のモンスターを倒しに行っていて、一年に数回しか家に帰ってこない。ほぼ母子家庭なんだよね。

 父からの送金があるので普通に暮らせているけど、子供の頃は父の事や一族の事とか、本当の事を言えずにちょっと居心地が悪かったな。


 私も一応霊感みたいなものはあるからおばけとか見えるんだけど、地元で悪霊とかはまだ一度も見た事がない。守護霊の皆さんは守護している相手のサポートに熱心で、地縛霊みたいなのも気がつくといなくなっていたりして。

 身近でモンスターを見かけないのって、もしかしたら私達の他に同業者みたいなのがいて、その人が代わりに退治しているのかも知れないな。分かんないけど。


 そんなこんなで私は折角受け継いた退魔の力を使う事なく、のほほんとのんきに産まれてからの15年間を至って普通に過ごしていた。

 この力を使う機会がないのは別にいいんだけど、いつかそう言うモンスターに出会ってしまったら、ちゃんと退治出来るか分からないのが困ったところなんだよね。


 だから出来れば一生会わないままがいいなって思ってる。今日も街は平和そのもので、私はこの日常を普通の女子高生として過ごしていた。


「理沙、聞いてる?」

「ん? 何?」

「最近この街に吸血鬼が出没し始めたらしいのよ」


 いつもと変わらない朝食時、母が突然物騒な事を言い始める。普通の家庭の会話ならただの馬鹿な噂話で済むんだろうけど、私達はそう言うのを退治する家系だから。こう言う話が出たって事はマジ話なんだよね、困った事に。

 この突然降ってわいたトンデモ情報に、私は飲んでいた味噌汁を吹き出しそうになってしまった。


「嘘? 吸血鬼ってとんでもない大物なんじゃ……」

「そう、だから出来るだけ遭遇しないように。遭遇しても戦っちゃダメ。隙を見て逃げて。あなたじゃ吸血鬼には勝てないから」

「そんなの分かってるって……」


 私は冷静を装いながら淡々と朝食を口に運んでいく。ただし、手と声は震えて普段より食べ終えるまでに時間がかかってしまった。

 そうして何とか食べ終えると、登校するために玄関へと向かう。通学用の靴を履いて、改めて私は振り返った。


「じゃあ、行ってきます」

「本当に気をつけるのよ!」


 母親の声に背中を押されながら私は家を出る。すると、まるでずうっと待っていたかのように物陰から友達が飛び出してきた。


「りーさ! 学校行こうっ!」

「渚、くっつかないでよ、暑いから」

「いーじゃん。スキンシップだよ」

「だから夏はやめて……」


 中学からの腐れ縁の渚は会う度にすぐに体を接触させてくる。私にその手の趣味はないって言うのに。でも憎めなくて、だからずっと一緒にいるんだよね。

 勿論、彼女にも私の一族の事は秘密。まぁ話せないよねやっぱり。一緒に学校に向かいながら、渚はドヤ顔で私の顔を見つめてきた。


「でさ、もうすぐ高校に入って初めての夏休みじゃん? 理沙は何か予定とか立ててんの?」

「別に何も。渚はお盆に里帰りでしょ?」

「いやそう言うのはアレだよ。もう高校生だよ? 友達だけで遊ぶとかさ、海とかテーマパークとか!」

「私、人混みは嫌だなぁ……」


 他愛のない話を続けながらの登校はとても楽しい。日常はやっぱりこうでないと。この日常の影に隠れてこの街のどこかにモンスターが暗躍している。この時ほど私は退魔の修行を真面目にしていなかった事を後悔した事はなかった。

 吸血鬼、もし出会ってしまったなら逃げるしかないけど、私に逃げ切れるだろうか。逆に噛みつかれて眷属にされて、吸血鬼退治に来た父と戦う羽目になったりとか――そうなったら最悪だぁ。


 その日の私はそんなネガティブ妄想に支配されてしまい、学校の授業はほとんど頭に入らなかった。これはヤバイよ~。


 放課後、私はその足で毎週通っている塾へと向かう。今の所吸血鬼らしい闇の存在には遭遇していない。

 このまま会わない内に吸血鬼がこの街から出ていくといいなとか、そんな都合のいい事ばかり考えている内に塾の時間も終わる。ああっ、今日は全然授業が頭に入らなかったよ……。


「あれ? 理沙一緒に帰らないの?」

「うん、今日はちょっと用事があって……」


 帰り道、いつもの仲良し塾メンバーと別れた私は1人でコンビニへと向かう。今日はお気に入りの雑誌の最新号が並ぶ日なのだ。他にも気になる雑誌とかがあったので、そう言う日は大抵30分くらいコンビニに長居してしまう。これにみんなを付き合わせる訳にはいかないよね。


 雑誌を買った私はホクホク顔で帰りの電車に乗り込んだ。1人での帰り道は慣れたものだから特に何も怖くはない。

 とは言え、今朝の吸血鬼情報もあるし、少しは警戒した方がいいのかも。そんな事を考えている間に電車は降りる駅に止まった。私は1人で駅を出てそのまま自宅へと向かう。


 既にとっぷりと日は暮れていて、夜空には丸いお月様がまるで優しく見守るように7月の夜の住宅街を照らしていた。

 駅から家までは徒歩でたったの10分。何も起こりはしないだろうと変にテンションを上げながら、私は若干早歩き気味に帰路に着いていた。


 駅から自宅までのルートの途中にはある程度の広さの公園がある。そこにはバスケットボールリングもあって、昼間はストリートバスケをする人で賑わっているらしい。

 そんな感じでこの公園、地元では割と有名なバスケスポットだ。中学の時にバスケ部だった私は、何となく懐かしさを感じてそこに向かう。


「お、バスケットボールだ。誰かの忘れ物かな?」


 公園についた私を出迎えてくれたのは誰かが忘れていった1個のバスケットボール。高校では別の部活に入ってしまった私は、放置ボールを見た途端に昔の感覚が蘇る。

 鞄を下ろして両手でボールを掴んで軽く構えると、そこにあるバスケットリングに狙いを定めた。


 意識を集中させてじいっと眺めていると、リングの上に腰掛けている小さな影が目に飛び込んでくる。月光で逆光になっていたものの、よく目を凝らすとそれは――吸血鬼だった!

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