第3話 よだれ流す白昼夢
ルソン島で原人の歯が見つかったって、そんなニュースにウキウキしているのです。
大人二人と子供一人分のそれだそうです。
そんなことを聞くと、私、ルソンの洞穴で暮らしていたであろうその原人たちのことを想像するのです。
きっと、この三人は家族に違いない。
我々と同じように、親子で暮らしていたのだ。
そこに一緒に痕跡を残しているということは、何らかの事件があって、一緒の時に、命を落としたにも違いないって。
飢えた獣に襲われたのかしら、それとも、敵対する部族に攻め込まれて、親子は洞穴に閉じ込められ、命を失ったのかしら……。
一体、何があったのだって、しばし、そんな空想に浸るのです。
原人であるのだから、およそ、私たち現生人類とは異なった風態をしていたはずです。
どちらかといえば、オランウータンに近いそんな姿であったと思うのです。
しかし、姿こそ、オランウータンであるけれど、それとは異なるのは、その歯です。
それは私たちと同じ種類の歯であること、つまり、現生人類とオランウータンの中間にある人類だと私たちの科学は、それを規定するのです。
つくばあたりは、桜の満開の季節も終わりになろうとしている頃合いでした。
今年は、気温がなかなか上がらず、そのため、桜の満開を見る日数もいつもより伸びていると思っていたのです。
そんな桜、何故に、一斉に咲くんだろうかって、不思議に思うんです。
桜の木だって、高い低いとか、枝ぶりとかに、個性があるのだから、咲く時間だってさまざまあっていいだろうにと思うのです。
しかし、桜は、見事に一斉に咲き出し、満開の時を迎え、そして、春の風に誘われて、花吹雪を池に置いていくのですから、不思議なことです。
しかし、その理由はいとも簡単であって、日本の桜のほとんどは、ソメイヨシノだからなのです。
それも、同一遺伝子を持つソメイヨシノです。
つまり、親木は同じなのです。
だから、一斉に咲き、一斉に散るのです。
人間だって、生き物ですから、当然、人類としての、同一の遺伝子を持っています。
だから、顔かたちを、私たち人間はそれを個性として、それぞれに違うと判断をしますが、私たち、人間の能力を上回る、もっと微に入り細に入り、物事を見つめることができる宇宙人がいれば、私たちがそれぞれ異なった顔かたちだと思っていた私たちの顔は、みな同じに見えるかもしれないのです。
それは、私たちが、桜を見たり、サルを見たとき、容易に、その個体に見分けがつかないのと同じにです。
しかし、現段階では、そのような宇宙人はいません。
だから、人間は、個体を分別する、最高の能力を備えている生き物だといっても差し支えないのです。
実際、人間は、抽象的な概念を共有することができる生き物なのです。
だから、個体を見分けることができ、あいつは綺麗なやつだとか、あいつは何とも奇妙な姿をしていると思うのです。
この抽象的な概念を共有することができると言うのが、人間が、他の生き物と大いに異なっていることであるのです。
だから、私たちの心の中に、愛国心が芽生えたり、会社への忠誠心が生まれたり、それがために罪であると認識していても、それは国のため、組織のためと自分を納得させて、よからぬ行為に突き進んでしまう、てなことも起こるのです。
もちろん、悪い方に考えれば、そうなりますが、いい方に考えれば、それは大きな力となって、成果を生み出し、私たちを豊かな方へと導いていくことにもなるのです。
人類が、空を飛び、宇宙にまで行けるのも、そして、理論で考えて、それを実証したあのブラックホールの一件でも、可能にするのが、この抽象的な概念を持つがゆえなのです。
現生人類が、まだ、四つ足で木の上で暮らしていた頃を想像してみます。
きっと、私たちの祖先、地上に降り立っても、四つ足で、走り回っていたのではないかと思うのです。
どちらかというと、猿に近い風体で、四つ足の動物が走るようにして、きっと、走っていたに違いないと想像するのです。
足が伸びたのか、それとも、腕が縮んだのか、それを裏付ける確証はどこにもありませんが、人類の祖先は、四つ足の動物と異なり、四肢の長さがアンバランスになっていったのは、きっと何か理由があるはずです。
そうです。
手が発達したのです。
掴んで、握って、器用に動かし、道具を作るのに便利なように、進化したからです。
それも、抽象的概念が脳にあるから、できることです。
手がそのような役目を持てば、足はきっと、手がなくなった分、早くに走ったり、遠くまで歩いていけるように、長く伸びていったはずです。
そのような判断を、私はするのです。
そんなことを空想していたら、だったら、これからの人類は、どうなっていくのかって、そんなことも、当然のように、空想をしだすのです。
AIが幅を利かす時代、人間はきっと、偉大なる「退化」をする契機の時代を迎えているのではないかって。
これまで進化してきた、手はきっと次第に退化へと転ずるのではないか、足だって、それを使わなくなってしまう時が来るのではないか、AIがあるのだから、私たちの脳もまた、退化の兆しを見せます。
そんなことを想像したら、私たちが、猿に近い形に戻っていくのではないかって、そんなことを、まことしやかに想ってしまうのです。
人類の進化は、ついに来るべきところまで来てしまった。
もはや、これ以上の進化は望めない。
我々は、我々が作り上げた技術によって、ついに「退化」への一歩を踏み出したなんて……。
春の穏やかな日差しを浴びて、ウッドデッキで、まどろみながら、よだれを流して、昼寝していた、私の白昼夢は、顔の前を飛ぶ蜂の羽音に、醒めたのでした。
神郡の石ころ 中川 弘 @nkgwhiro
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