EPILOGUE

エピローグ.01


  裏社会にも職業は存在する。


 例を挙げるならば、マフィア、殺し屋、運び屋、情報屋などである。物騒な職を生業としている彼らは闇夜の中を生き、昼間は一般人の邪魔にならないよう生活する。時には命を賭して仕事を全うする彼ら裏社会の住民は違法に手を染めながら真っ当である。……とくに、この特殊な街のなかでは。


「なんなんだよ、お前ら……」


 闇医者の元で療養していたルベルが退院したその日のうちに彼の自宅を訪ねる者がいた。

 インターフォンに呼ばれてルベルが玄関を出た先にいたのは助手と左都だった。


「いやあ、前回の仕事は大変だったからね。退院祝いとお疲れ様ってことで。はい」


 そう言って助手は紙袋を差し出した。受け取ろうと手を伸ばしたルベルははたと気が付く。彼の腕、着物からのぞく胸元に包帯が巻かれていることを。助手はミューとの戦いでなんとか生還したが、その体は重症だったと左都から電話を受けていた。ルベルよりも回復が早かったのは、彼が人間と回復速度が違うクローンだったからだろう。

 右都の告白以降、情報屋と直接会うことはなかったが、左都が言った「みんなが帰ってきてくれてよかった」には右都の言葉も含まれているように感じ取れた。


「……あれ? なんか賑やか?」


 左都は部屋の奥からした物音に首をかしげた。ひょこりと上体を動かしてルベルの横腹からの向こう側を覗いてみる。ルベルは頭を掻いて歯切れ悪く肯定した。ルベルの部屋にはすでに客人が二名訪れており、その話声が左都に聞こえたのだろう。助手もその様子に気が付いて、ゆっくりと人のよさそうな笑みを浮かべてみせた。


「この前左都を泊めてくれたお礼がしたいし、ついでにご飯作ってあげようか。いい時間だしね」


 助手は親切心かはたまた興味本位でルベルの自宅に上がりこもうとする。ルベルは止めようとしたのだが、助手は構わず入って行ってしまった。その背中を見送ってルベルは肩を落とす。ふと目に入ったのは助手の背中に隠れるようにして肩から掛けられているトートバッグ。その中にこんもりと食材が詰まっていたのだ。はじめからルベルの家で料理をするつもりだったのだろう。


「知らねえぞ」


 ルベルがそうつぶやいた意味、そして室内の惨状を目の当たりにした助手はすぐに入ってまず鼻をつまんだ。そして速足で窓へ駆け寄ると全開にする。ひんやりと冷たい風が部屋の中を洗い流してくれるようだった。


「なにやってんの……」


 腰に手をあてて助手は睨んでいる。その先に、ほんのりと顔を赤くした紫音と、眉を少しだけ下げたベルデがいたのだ。彼らの間にあるテーブルにはたばこの詰まった灰皿と空いた酒瓶がごろごろ。アルコールの臭いで充満した室内には、ほかにも酒のつまみで買ってきただろうスナック菓子が食い散らかしてあった。

 ルベルの自宅は、奪還屋、殺し屋、運び屋の宴会会場だったのだ。


「いい大人がなにしてんの」

「たまには楽しんだっていーだろうが」

「体に悪いでしょ」


 ため息をする助手はてきぱきと部屋中のゴミを片付けていく。助手に遅れて左都も彼の手伝いをはじめた。


「ご、ごめんね、紫音の行儀が悪くて」

「なんだとベルデ。私の味方をしないでどうする」

「でも紫音、そろそろやめないとまずいよ……」

「まずくない。酒は美味い」


 ベルデもテーブルを片付けようとしたが、その手を紫音に阻止されてしまう。ビール瓶を持たされ、その意味を知るとベルデは大きく重苦しいため息を吐いたのだ。ベルデの助けを求める視線に応じようとしたルベルだったが、更なるインターフォンの音で彼を無視してしまう。どうして普段は来客などないアパートに、今日に限ってこんなにも人が集まるのか不思議でしょうがない。今度は一体誰が訪れたのだと玄関へ向かった。ドアを開けると、そこには苦くはにかんだサブラージが視線を落とし気味にして立っていた。


「やっほ。……なんか、いっぱいだね」


 サブラージは奥にいる左都に手を振りながらすぐ状況を把握した。


「もう何人増えようと変わらねえよ」


 ルベルはサブラージを招き入れる。苦笑いをしているサブラージが自身の横を通り過ぎていく際に、軽く頭を撫でた。驚いたサブラージが目を丸くして振り返った。ルベルはくしゃりと笑って手を挙げる。

 いままで彼女に向けていたものと同じ笑顔を向けて。


「おつかれ、サブラージ」


 サブラージも同じく笑って手を挙げた。ぱちんと手を合わせ、彼女も言う。


「うん、おつかれ!」


 防御壁都市は変わる。北区マフィアだった彼氷をはじめとした変革は成し遂げられた。都市のクローン生産は完全に失われ、亡き彼氷の思惑通りとなった。

 これまでとは違う今日を過ごし、明日が始まる。

 この先、防御壁都市はどうなることか誰にも予測はできない。彼氷が願ったように繁栄するのかもしれないし、このまま衰退していくのかもしれない。その未来は都市に暮らす人々が握っているのだ。


 もう二度と、最愛を失うことがない未来を願って。

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シュレディンガーの猫 永倉 @Kagamikyo193

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