第6話 どうしようもなく救われたい貴方へ(蛇足です。それでも見たい方だけどうぞ)
ユメが私の世界から消えて、もう一ヶ月が過ぎ去ろうとしている。
あの火事を鎮めた後、ユメは光の粒となって消えてしまった。
それが魔法によってどこかに行ってしまったのか、本当にこの世界から消えてしまったのかはわからない。
ただ、もし望むことが許されるのであれば。ユメが私のそばにいなくてもいいから、どこかで笑っていたらいいなと、そう願う。
ユメが救ってくれたこの村の人々は、ユメのお陰で自分たちが生きながらえていることを知らない。
最初はそれをどれほど憎んだことだろう。自分の命が誰のおかげであるのかも知らずに、「あの子供は死んだのか?」と聞かれた時には、憎悪と殺意で私の中がいっぱいになった。
でも、それでも、ユメが救ってくれたものだから。
私を助けるための行為でも、結果的にこの村はユメが救って、残った唯一の印だから。
ユメが生きていたという、証だから。
そう思うと少しだけ自分の中の暗い感情が抑えられて、この村を好きになれるような気がした。
それと、村の人たちの私に対する態度が少しだけ、でも確実に柔らかいものになった。
もちろん私の態度から今までのような諦めと蔑みが消えたのも要因の一つだと思う。でも、一番の要因はきっとユアンだ。
あのやり取りの後、どうしようもなく泣き叫んで動けなくなった私を、ユアンが強引に抱き上げ屋敷から連れ出した。その様子を見た村の人たちが顔をしかめ、魔女なんて殺してしまえば……そもそも魔女に触れるなんて……あぁ、でも片方しか生きてないみたいだな……と、ぼそぼそつぶやき始めるのを聞いて、ユアンが声を荒げたのだ。
「だからなんだよ! 魔女だって命を持った人間だろう!? そもそもこいつが魔女かどうかなんてわからないじゃないか! 現に今自力で火事から逃げられずに俺に抱きかかえられてる。本当にこいつが魔女ならこうなるわけないだろ! 第一お前らこいつが魔法なんかを使ってるところ見たことあるか? 誰かに害を加える姿は? ないだろ? なのにみんなこいつの中身を知ろうともしないで、瞳と髪の色だけで魔女認定して、差別して……いい加減にしろよ!!」
そのあと、この火事だって鎮まったのは……と、ユアンが続けようとしたところで、慌てて私は彼の口を塞いだ。
「それは……言わないで? 私の中でも、整理がついてないの」
そうユアンの耳元で囁いて、なんとかすぐに黙ってもらえたが、あの時ユアンの顔が心なしか紅く見えたのはなぜなのか……。
とまぁそんなことがあったのが原因で、私は村で差別を受けることがほとんどなくなった。まだ避けられたり怯えられたりはするけど、今までのように暴力を振るわれたり、食事を与えてもらえなかったりすることはなくなった。
あと、ユアンが私を庇ったからなのか、彼と一緒にいる時間が増えた。
仕事はいいの? と尋ねても大丈夫の一点張りだし、恩は感じているので拒みはしていないが、たまに向けられる好奇の目が痛い。
ユアンに婚約者でもいれば変わるのかと思い、一度ユアンは結婚しないの? と聞いてみたが、ユアン本人は硬直し、彼の友達がこぞってご愁傷様……と彼の肩を叩いていたところを鑑みると、婚約者がいて亡くなってしまったのだろう。
その時ばかりは素直に謝ったのだが、ユアンに大きなため息を疲れてしまった。解せない。
そんなこんなで、私は今、ユメのいない、生きやすくなった残酷な世界で生きている。
「…ヒ、……ユ…、……ユウヒ? おい、足、止まってるぞ。どうかしたか?」
「あ、ううん、なんでもない。やっぱりあそこに近づくと、少し思い出しちゃうみたいね」
私はユアンと横並びで歩いていたのを思い出して、脳内で考え込むのをやめる。
「……だな。その、もう、整理はついたか?」
いつもはぶっきらぼうなユアンが慎重な声色で尋ねてきたものだから、つい笑ってしまう。
「まだ完全に割り切れてはないけど、あそこに足を運ぼうとするくらいには」
大丈夫、と笑いかけると、ユアンは顔をしかめながらそうか、とだけ呟いて黙ってしまう。
あそこ。つい一ヶ月前まで勤めていたお屋敷の跡地であり、ユメと別れることになった場所。ユメと最後に言葉を交わした場所。
私は今、そこに向かっていた。
今はまだ悲しい思いしかわかないけれど、ユメとの最後を悲しいものにしたくなかったから。ユメとの思い出は全部、キラキラ輝く宝ものにしていたいから。
だからもう一度、この場所に足を運んだ。
「ごめんね、ユアン。少し一人にしてくれると嬉しいな」
ユメが浮かんでいた位置の真下に立ち、私はここまで一緒に来てくれたユアンと一度別れて、彼の姿が見えなくなると同時に床に寝転がった。
「ねぇ、ユメ。元気かな? この桜、見えているかな?」
あくまで穏やかに、優しい声色を心がける。
「私ね、ユメの後を追おうとしたんだよ? なのに、いけないんだ。だってこの命は、ユメが守ってくれたものだから。そう考えると、死ねないんだ」
それに、ユメだってまだ生きてるかもしれないし、と私は空に笑いかける。
雲ひとつない綺麗な青空に、ユメの笑顔が映った気がした。
穏やかに吹いていた風が少しだけ強くなって、そろそろ帰ろうかと私は腰を上げた。
「ユア……」
ユアンにもう大丈夫と、帰ろうと声をかけようと思い口を開くと、ひときわ強い風が私の耳に直接入り込んでくる。
『おねえちゃん、ユメは、元気だよ。だから、大丈夫! おねえちゃんも、げんきにしてね? 泣きたい時はいっぱい泣いて、楽しい時はいっぱい笑うの! そして、またあおうね!』
「……あは、なに、これ……幻聴?」
声は止まらない。私は立ち上がったまま一歩も動けなくなる。
『ユメの魔法はすごいでしょ? ここにおねえちゃんへのだいすきって気持ちをたーくさんこめておいたんだ! でも、続きは、またこんどあったときにしよ! だからおねえちゃん、ユメをまっててね!』
「あ……ふっ…………ユ、メ……ユメェ……!」
いつの間に、とか、どうして今、とか、そんなこと考えられない。
今はただ、ユメの暖かさに浸っているだけで精一杯だった。
「ユウヒ!?」
私の泣き声が聞こえたのか、ユアンが部屋に飛び込んできて、うずくまってしまった私の肩を支える。
彼もきっと、どこまでも優しい人間なんだろう。
「……だいじょうぶ。ね、ユアン。私、生きるよ。頑張って生きいるの。それでね、またユメに会うんだ。その時、ユメに恥じない自分でいたい。だから、精一杯生きるの。……手伝って、くれる?」
「……ああ、俺にできることなら、なんでも」
真剣なユアンの顔を見ると、少しだけ落ち着いてきた。
私は深呼吸をして、また立ち上がる。
今度は、ユメを思い出にするためでなく、ユメに出会う時に誇れる自分でいるための、そのスタートを切るために。
あれから何年もの時が立ち、この村は赤目黒髪の女性への差別がなくなっていた。
簡単ではなかったけれど、村の人たちだって本当は優しくて、国に内緒で、と今ではお茶目に笑っている。
そんな村で私が抱えている女の子は、赤目だけど、青い髪の幼子。
私と、ユアンにそっくりの、可愛い娘。
そんな娘が泣き出してしまい、私は焦ってしまう。
「ユラ、お腹空いたの? ユアーン! お父さんー? いないのー?」
家の中を軽く歩いて回るが、こういう時に限っていないのがあの男だ。
「おねえちゃんおねえちゃん、ユラちゃんはね、眠たいだけだから横にしてあげればいいと思うよ」
後ろから、ユアン以上にずっと求めていた声が聞こえてきて、慌てて振り返る。
「ただいま、おねえちゃん。もう忘れちゃったかな? ごめんね、時間かかって。魔力が思ったより回復しなくて」
そう言って私の前でコロコロ笑うユメは、前より少し、大人びたように感じた。
「バカ……! バカッ…………!!!」
ユメを抱きしめようとするが、腕の中でユラがひときわはげしき泣き出してハッとする。
「だめでしょ、おねえちゃん。先にユラちゃんを寝かせてあげなきゃ。私は、そのあとでいーーーーっぱいかわいがってもらうから。それに、もう、おねえちゃんのそば、離れないから」
その言葉を聞いて、私は笑う。笑うしかなかった。
幸せが過ぎると、人はどうすればいいかわからなくなるものだ。でも、これだけは言っておかないと。
「ユメ、おかえりなさい」
「うん! ただいま、おねえちゃん!」
まじょのゆめ 空薇 @Cca-utau-39
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