第5話 魔女の夢

「ユウヒ!! ユウヒ!! 部屋を出ろ、火事だ! 急げっ!!」

 ユアンの声が部屋の外から響く。妙に暑いなと思ったら、まさか火事とは。

 慌てて外に出ると、ユアンに強く手首を取られる。

「何もたもたしてんだ!? 急げ、死ぬぞ!」

 そう叫びながらユアンは私の手を取ったまま走り出す。出口を探して。けれど、私はその手を振り払った。

「ユウヒ!?」

 何してんだとユアンが叫ぶ。きっとわかってるはずなのになぁなどと思いつつ、私は淡々と言葉を紡ぐ。

「もう、私は無理です。火は燃え広がり続けています。体力のない私じゃ、逃げきれません。私を連れているとユアンさんまで道連れです。だからせめて、ユアンさんだけでも生き残ってください」

 こんな魔女の手を取ってくれて嬉しかったです、と最後に笑う。

「ん、だよ……そんなの……!」

 それでも私の手を取ろうとするユアンの手を振り払う。本当に仕事熱心で、きっと優しい人なのだろう。好きじゃないけれど、この人は嫌いでもないと、この四年でわかった。

「生きて、もしよければユメに伝えてください。私は、ユメがこの世界中の誰よりも大好きだよって。ダメなおねえちゃんでごめんね、愛してるよって」

「だから、どうして……! 俺は、お前を——」

 ユアンの言葉のその先は聞こえなかった。風が、強く吹いたのだ。火をかき消すような勢いで。そして、おもむろに空を見上げる。

「おねえちゃん」

 そこにいるのは、大好きな、大好きな、ユメ。

「ごめんね、おねえちゃん。ユメ、本当は、おねえちゃんを騙してたの」

 ユメが、どうしてそんな高いところに、足場もないところに立っているのかわからない。

「ほんとうは、ユメが悪い魔女なの。小さな頃、何がやってよくて、何がやっちゃダメなことかもわかってなくて、簡単にできることで遊んでたつもりだったの」

 ユメが何を言ってるかがわからない。私の可愛いユメは、とっても素直ないい子だよ?

「そしたら、いつのまにか悪いことをいっぱいしちゃってて、ユメ、捕まっちゃったの。そこがとっても怖い場所だったから、ここから出たいって思ったら、ユメ、いつのまにか森の中にいたんだ」

 ユメ、話をやめて、おねえちゃん、もう、聞きたくないよ。

「そしたら、ユメ、いつの間にか自分は歳をとらなくなってて、悪い魔女になってて、ユメのせいで嫌な思いしてる人がいっぱいいるって知っちゃったの」

 ユメ、ごめんね、本当はおねえちゃんも気がついていたの。ユメが二年前と何にも変わってないって。成長しないなんておかしいってでも、言えなかったの。

「それが受け止められなくて、消えちゃいたいって、死にたいって思ってたらいつの間にか眠ちゃってて、ユメが起きたら、おねえちゃんが目の前にいたの」

 ユメの表情が、ほんとうにうれしそうに、ほころぶ。

「うれしかった、家族になってって言われて、ユメを大切にしてくれて、おねえちゃんが大好きになった。ずっとずっと一緒に居たいって思ったの。でも、おねえちゃんがいっぱいいっぱい苦労して、嫌な思いしたのはユメのせいだって思うと、すっごく申し訳なくなった。何度もここに居ていいのかなって思った。でも、離れられなかったの……」

 それでいい。離れないで、ずっと私のそばにいて。

「それも、今日で終わりだね。ユメ、本当におねえちゃんが大好きだったよ。家族に捨てられたユメにとって、家族と一緒に過ごすのは、1番の夢だった。それが叶って、本当に嬉しいんだ」

 過去形にしないで、今も大好きだよって、言って。

「もう何百年も経っちゃったから、そこまでやれるかはわからないけど、私、おねえちゃんを助けたい。だから、最後に、魔法を使うね。人を助けるために使う、最初で最後の魔法だよ」

「ダメ、ユメ、お願い、やめて……!!」

 ようやく、ようやくそれだけ声になったのに、ユメは、にっこりと笑うだけで。

風で弱まっていた炎がもう一度上がり出す。

 爛々と輝く炎に、ユメの姿が一瞬ダブる。

 唐突に降り始めた濁流の雨は、炎をかき消す。

 煙1つ残すものかと炎の宿っていた木に容赦なく水を浴びせる。

 人々は後にそれを恵みの雨といった。

 魔女すら助けようとする優しい神からの贈り物だと。

 しかし、人々が歓喜したその雨に紛れて、いつまでも1人の女が慟哭していたという…



むかしむかしあるところに、ひとりのまじょがいました。

まじょはもりをもやしたり、たくさんのひとをころしたりと、

たくさんたくさんわるいことをしつづけました。

するとあるひ、まじょをたいじするために、

きしさまがたちあがりました。

まじょはきしさまにつかまってしまいますが、

じぶんがわるいことをしていたとようやくきがつきます。

それをくいたまじょは、みずからながいながいねむりにつきました。

めがさめたとき、まじょのまえにはやさしいひとりのおんながいました。

おんなは、まじょにかぞくになってほしいといいます。

ひとのやくにたつまほうがつかいたくて、

かぞくがほしかったさみしいまじょは、

おんなのかぞくになることをきめました。

そしてまじょは、おんなのもとでしあわせにくらし、

ひとのやくにたつまほうがつかえてやすらかにきえていったとさ。

めでたしめでたし。

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