電人柱の男は景観を損ねる

ちびまるフォイ

せまく細く、暗い場所

ここはどこなのか。


暗く、狭く、ただ息苦しい。


立っていることしかできない。

体を折り曲げるスペースもない。


腕は上に伸ばされていて下ろすことができない。


目の前には2つののぞき穴。


外だろうか、道路が見える。


「おおーーい!! おおーーーいい!!」


限られた視界の中を横切る通行人に声をかけるが

足を止める人はおろか気づく人すらいない。


道路を隔てた向こう側には電柱が立っている。


「……?」


目を細めてじっと向かいの電柱を見る。


自分と同じ目の高さにわずかな2つの穴が空いているのが見える。


「まさか……」


穴の奥にあるのは人間の瞳だった。

他人を見ることで客観的に自分の状況を知ることができた。


「俺……電柱の中にいる……」


コンクリートの柱の中に閉じ込められ身動きひとつ取れない。

完全に固定されたままの状況のやつが向かいにもいるのだろう。


向かいにいる電柱人間の様子を見ようとすると、

穴の奥にある瞳がわざとらしく何度もまばたきを繰り返していた。


モールス信号なのかわからないが意思疎通をしたいのだろう。


俺はぐっと目をつむったり開けたりして見えているよと答えた。

向こうの電柱の中の人が笑った目をした。


限られた視界で見えるものだけが今の自分の世界のすべてだった。


顔をひねることもできやしない。

動けるのは瞳の中の黒目くらいなものだ。


「うぃ~~ひっく。飲み過ぎちまったぁ……おぼろろろろ……」


「うおおおい!! やめろよ!!」


電柱にもたれかかって酔っ払いがしゃがみこんだ。

壁が体に完全に密着しているので飛び散る液体の感覚までわかってしまう。


「あーーくそ!! パチンコ負けた! むかつくなぁ!! このっ!!」


不機嫌な男が電柱に思い切り蹴りを入れた。


壁を通じて鈍い振動が全身を走る。


「もうやめてくれよ……電柱はお前のサンドバックじゃないんだぞ……」


とくに夜はひどくとても眠れるものじゃなかった。

朝になると電柱の近くにはゴミが置かれて、のぞき穴から入る悪臭が電柱内を満たす。


「うぐっ……なんだよもう……!!」


鼻をつまむこともできない。

せっかく眠ろうと思っていたのにこれでは限界だ。


ゴミが回収されるまでの悪臭地獄を味わった後に待っていたのは

主婦たちの井戸端会議だった。


「でしょう。いやねぇ、どこも高くなっちゃって」

「お隣の田中さんのところなんかもう入ってるみたいよ」

「私うちの子に勉強しろといってもきかないのよ」


ひっきりなしにまくしたてられる話し声と、

ときおり差し込まれる甲高い笑い声が電柱内を反響してひびく。


「なんでこんな場所でしゃべるんだよ! 向こうに言ってくれよ!!」


けれどこちらからの声は聞こえない。

まさか電柱の中から声がするなんて考える人もいないだろう。


やっと静かになったころ、向かいの電柱に見える瞳に合図をした。


「おーーい、聞こえないよな。でもまばたきは見えるだろ?

 お前も大変だったな。おーーい」


わざと大きくまばたきをして合図を何度も行う。

けれど、向こうからの返事のまばたきはなかった。


「まばたき……してない……?」


電柱ののぞき穴から見える瞳はずっとこちらを見たまま動かない。

まばたきもしていない。瞳は黒ずんでいて微動だにしていなかった。


生気の感じられない視線にぞっとした。


「し、死んだんだ……あいつ……」


電柱の中とはいえ口を動かすことはできる。

舌を噛み切ったり、息を止めたりして死ぬことはできる。


この状態に耐えられなくなってしまったんだ。



俺はいつまでこの状況に耐えられるだろうか。


発狂するのが先か、自我に押しつぶされて自殺するのが先か。


いずれにせよいい未来が待っているとはとうてい思えない。



「あ、ああ……あああ……」


閉じ込められたこの環境に耐えられなくなる。

今にも発狂しかけたとき、地面がぐらりと揺れた。


「じ、地震!?」


目の前の道路が山なりに盛り上がり亀裂が走って割れていく。

電柱を支えいた地面は沈下しはじめていく。


「うあああ! 誰か! 誰か助けてくれぇぇ!!」


電柱が棺になることに耐えられなくなって叫ぶが誰にも届かない。

地震が収まるとめちゃくちゃに隆起した道路だけが残った。


すると、歪んだ地面のところに工事現場の人らしき集団がやってきた。


「ああ、これは整備しなきゃなんねぇな」

「ココらへんは地盤ゆるいからなぁ。見てみ、電柱も傾いとる」

「電柱も道路も直しが必要だなぁ」


その言葉はまさに地獄に垂らされた1本の蜘蛛の糸だった。


電柱が工事されるということは、外に出られるチャンスがあるかもしれない。

立て直そうと引っこ抜いて不自然な重さに気づくかもしれない。


「神様! 神様ありがとう!! この地震は俺を助けるためだったんですね!

 本当にありがとうございます!! ああ、これで自由になれる!!」






その後、道路と電柱の整備工事が終わった。



『市長は 地震で壊れた道路の整備と並行して、

 街の景観を損ねていた電信柱を地中に埋める工事を実施しました』



――のぞき穴からはもう暗黒しか見えない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

電人柱の男は景観を損ねる ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ