堕落ですね

紀之介

承知して おります

「おめでとうございます!」


 近所の道を歩いていた僕は、背後から声を掛けられた。


「あなたは<天上界>で、<至高の存在>から恩寵を受ける権利を得ました」


「へ?!」


 訳が解らず固まっていると、名刺を差し出される。


「申し遅れました。私 序列123位の<天上使>です」


「あのー」


 僕は、受け取った名刺から、目を上げた。


「死後の審判で不合格だったから、僕は この<中間界>にいるんですが…」


「承知して おります」


「じゃあ、何で?」


「あなたは、補欠救済の対象となったのです」


「…は?!」


----------


「ご存知ですか? <天上界>に入るのに必要な条件」


 1歩踏み出した<天上使>が、僕に近づく。


「業の9割が 善であると判定される事です」


「…いるんですか? そんな人」


「まあ、普通に人界を生きて、そんな条件を満たす人間は 滅多には──」


「そうでしょうねぇ」


「だからこその、補欠救済です。」


 微笑む<天上使>。


「これを活用する事で、<天上界>では 人口定数を満しています」


「は、はぁ…」


「その栄誉を受ける権利を、貴方は得たのです!」


 気圧された僕が後ずさりした分だけ、<天上使>は前に出る。


「<告解域>を、ご存知ですか?」


「確か、<中間界>と<天上界>の間にあるんじゃ──」


「貴方は 今からそこに赴き、善き行いをするのです」


「い、一体何を…」


「不眠不休・飲まず食わずで77年と7ヶ月、<至高の存在>を讃えて頂きます」


「─ へ?!」


「ごく 簡単な事です」


 笑顔の<天上使>が、僕に迫る。


「罪を浄化され、<天上界>に迎え入れらる祝福に比べれば、些細な行だと思いませんか?」


「えーとぉ」


「<至高の存在>のお慈悲ですから、謹んで…」


「─ 出来れば 遠慮させて頂きたいんですが。」


 <天上使>は顔色を変えた。


「もしや 貴方?!」


「な、何でしょう?」


「既に<地下界>に堕ちる契約を 結んでいるのですか!?」


----------


「そ、そんな事は してませんから!」


 鼻先に指を突き付けられ、僕は慌てる。


「ただ…<天上界>に 行きたくないだけです。」


「─ 何故ですか?」


「ほら、<中間界>で、特に困らず 生活出来てますし…」


「看過出来ない、堕落ですねぇ」


 突然 僕の左腕は、背後にねじ上げられた。


「い、痛い!」


「不本意ながら…強制救済させて頂きます。」


「て、天界の住人が、こんな事しても 良いんですか」


「ノルマ達成のためです。仕方ありません」


 <天上使>は僕の両腕を、背中で素早く拘束する 。


「これは<至高の存在>のご意思に基づく 正しき行いです」


「横暴だ! 権力の乱用だ!!」


「暴言や抵抗で悪行を増やすと、積まないといけない善行の量が増えますよ?」


「だ、誰かー 助けてーー」


「この世に、<天上界>に導かれる以上の救いなど ありません♡」

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堕落ですね 紀之介 @otnknsk

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