第2話 旅の後

 旅に出てから、一体何年経ったのだろう?

 あれから色々なことがあった。いろいろな戦いにも巻き込まれたし、いろいろな人の生死にも関わってきた。まだ不甲斐ない僕のせいで助けられなかった人々のことが今でも頭をよぎる。

 僕は魔法が好きだ。子供の頃も剣より魔法の方を喜んで勉強していた。でも、旅に出てからは状況が変わった。僕は剣に頼らねば生きていけなくなってしまった。一人で旅を続け、死に物狂いで学んだ剣は、今ではかなりの腕になったと自負している。

 でも、魔法を疎かにしてきたわけではない。

 いろいろ学んだ。しかし、実戦になってしまうと使う機会はめっきり減ってしまった。いろいろな魔法を覚えてはいるが、剣を使う機会の方が圧倒的に多いのだ。

 僕は歩き続けた。様々な都市や町、小さな村を渡り歩いた。辛いことも悲しいこともたくさんあった。でも、そのすべてが僕の財産になっている。そうやって、僕は成長していくんだ。


 昼を少し過ぎた頃、小さな村へとたどり着いた。宿屋が2軒しかないような、小さな村だ。子供たちは道端で遊び、馬がその横を歩く。店の多くは露店で、中心にある泉には多くの人が集っている。

 僕はこういうところが一番好きだ。故郷を思い出す。結局あれから一度も故郷には帰っていない。幼い頃は恋しくなったけど、いまでは懐かしさしか感じなくなってしまった。

 僕は泉で洗濯をしている女性に宿屋の場所を尋ねた。30半ばのきれいな顔立ちをした女性だった。

「それなら『丘の上の風見鶏亭』に行くといいよ」

 彼女は笑顔で僕を見ると、丁寧にそう教えてくれた。僕は礼を言ってその場を立ち去ろうとしたが、その時駆けてきた一人の少年にぶつかってしまった。

「いてて・・・」

 派手に転んでしまった少年が頭を押さえて立ち上がった。

「ごめんな、よそ見をしていたよ。大丈夫かい?」

「平気だよ、これくらい。それより母ちゃんこれ」

 彼は身体についた砂を払いながら、先程の女性に真っ黒になった上着を差し出した。

「また汚してえ・・・。今度は自分で洗いなよ」

 女性はうんざりした顔でそれを受け取った。

「全く男の子はこれだから・・・」

「元気なくらいがいいですよ。僕も子供の頃そんな感じでした」

 彼女はブツブツと言いながらも、微笑んでいた。

「あ、そうだカイル。この人を風見鶏亭まで案内してやんな」

「えーーーー・・・」

 カイルと呼ばれた少年は驚いたように振り返ると、面倒臭そうにうなずいて、すたすたと歩き始めた。そして僕のほうを振り向き、早く来いと言いたげな視線をよこした。僕は素直にそれに従うことにした。

「お兄さんって傭兵なの?」

 少し歩くと、彼は急に話をするようになった。

「いや、別に誰にも雇われてないよ。旅を続けているんだ」

「じゃあ、放浪の戦士だね」

 そう言って僕に微笑む。

「いいなあ・・・。俺も早く一人前になりたいなあ」

 少年の名はカイルといった。両親と兄との四人暮らしらしい。将来は剣を振るう職業に就きたいと言っていた。

「俺、絶対剣士になるんだ。もっともっと訓練して、お兄さんより強くなるよ、絶対!」

「ほう・・・。そりゃ頼もしいなあ」

「俺の夢だからね。でも、無理かもしれない・・・」

 すると、急に彼の目が曇った。

「父さんも母さんもね、そんな危険なことはやめろって言うんだ。うちは農業やっててね、その作った野菜を売ってるんだ。だから、それを手伝えって・・・」

「そうか・・・」

「兄さんだけは応援してくれるんだよ。兄さんもホントは学者になりたかったんだって。でも学校に行けなくって、結局働いてる・・・。だから、お前は好きなことやれって・・・」

 僕はカイルの頭を撫でた。

「カイルは今いくつだい?」

「俺、12歳だよ」

「12か・・・、まだまだこれからじゃないか。それとも反対されて諦めるのか?」

「諦めはしないさ! でも、きっとダメなんだ。剣士になんて、ならせてもらえないんだ・・・」

 ムキになって反論するカイルに、僕は微笑みかけた。

「だったら諦めないことだ。お前には将来がある。もし本当に剣士になりたいなら、何年かかってでも説得すればいい。ただし、喧嘩別れだけはするなよ。一度家を出たら二度と戻れなくなる。それを肝に銘じておくことだ。だから、精一杯説得するんだ、いいな?」

「うん!」

 カイルは決心に満ちた目で僕を見た。僕も微笑みかけて、背中を叩く。ちょっと勢いがありすぎたか? 咳き込みながらカイルは僕に微笑みかけた。

「俺、がんばるよ。絶対諦めない!」

 カイルは走って、一軒の建物を指差した。

「ここ。これが風見鶏亭だよ」

 なるほど、立派な風見鶏が屋根の上に鎮座している。

「俺んちこの裏だから、時間があったら一回遊びに来てよ」

「ありがとな。お母さんにもお礼を言っといておくれ」

「うん。絶対遊びに来てよ! 約束だからね!」

 そう言って、彼は自分の家に入っていった。最後に手をちぎれんばかりに振ってくれた。僕は手を振り返して、あらためて微笑んだ。


 夕食を取り終え、ベッドに横になった。きちんとしたところで寝るのは、一体何日ぶりだろう? 目を閉じると疲れがすうっと抜けていくような心地よい気分になる。

 真っ暗なまぶたの裏、不意にカイルの顔が浮かんでくる。

 剣士になりたいと言った少年、その少年の顔に昔の僕の顔が重なる。

「似てるよなあ、昔の僕に・・・」

 僕は傍らに置いた剣に目を向けた。手を伸ばし、それを掴む。剣はいつも手の届くところに置いてある。

 僕はそれを鞘からゆっくり引き抜いた。

 暗い中、ぼうっと白く光る魔法の剣、昔遺跡を探索したときに手に入れた戦利品だ。振るとひゅうっといい音を立てる。この剣にかかれば、金属の鎧でも紙のように切り裂かれてしまう。

 僕は、その傷一つ無い刀身を見つめた。とても美しい。心の底からきれいだと、そう思った。この、何人もの人を斬ってきた、美しい刀身を・・・。

「そんなにいいものじゃないぞ、剣を振るうことは・・・」

 剣を鞘に戻し、傍らに立てかける。そして、もう一度目を閉じた。


「!」

 僕は何かの気配を感じて目を覚ました。いつのまにか眠ってしまっていたようだ。窓の外はまだ暗い。だが、朝はそれほど遠くは無いだろう。

 暗闇に耳を澄ましてみる。長年の勘が感じている、これは殺気だ。聞こえない足音でもわかる、5、6人はいるだろう。僕は剣に手をかけた。

「うわあっ!」

 ガラスの割れる音と同時に悲鳴が上がる。そして無遠慮な足音がどたどたと響いた。

 建物中に響き渡る数々の悲鳴と轟音。そして、勢いよく僕の部屋のドアが開いた。

「大人しく出すもの出せば、けがをせずにすむ」

 そう言った男の顔が、僕の手元を見て引き締まった。

 盗賊。街を襲っては金品を強奪し、人々に危害を加えつづける輩だ。この手の人間に手加減は必要ないだろう。僕はゆっくり剣を抜いた。

 男がニヤリと笑い、剣を構える。鎧も着けていない僕を甘く見ているのだろう。

「大人しくしていればいいものを・・・」

 男が斬りこんでくる。僕はそれを難なく剣で払った。まともに剣の稽古もしていないことは、構えた瞬間にわかっている。隙だらけの背中に剣を降ろす、それだけで終わった。

「ぐあああ・・・」

 断末魔が別の仲間を呼ぶ。駆けつけた2人は剣を持つ僕と倒れた男を交互に見て、顔色を変えた。

「貴様・・・っ!」

 一人が出した剣を払い、2人目が駆け寄るのを見計らって、剣を振るう。その一瞬に構えた男の剣は、僕の剣を受けて真っ二つに折れる。間髪入れず剣を振るい、その返しでもう一人の鎧を切り裂いた。

 2人が同時に倒れるのと同時に、別の人間がドアのところに現れた。

 その男は顔色一つ変えず、僕に剣を向けた。

「俺に出会ってしまったこと、後悔するがよい」

 今までのヤツとは違う、それを肌で感じた。相手が剣を構えるのを見て、僕も構えた。

 彼の振り下ろす剣を受け、それを跳ね返す。すかさず次の太刀が振られ、それを受け流す。僕らは火花を散らしながらお互いの振るう剣を受け流し、太刀を振るい、また受け流す。男の剣筋に迷いは無かった。長年積み重ねてきた剣の術が、一撃ずつ僕に襲い掛かってくる。

 強い、今までに出会った中でも屈指の剣の使い手だ。

「これほどの剣の使い手が、なぜ盗賊などをしているんだ」

「お前に何の関係がある」

「あなたならいくらでも雇い手があるはずだ」

「それは光栄だな。だが、話している余裕があるのか!」

 渾身の一撃が僕に振りかざされる。僕はそれを両手でなんとか受けきり、反撃の一撃を振るった。しかし、それも相手の剣に阻まれ、傷をつけるところまでいかなかった。

「貴様こそやるではないか、俺と一緒に来ないか?」

「誰が盗賊などを・・・!」

「・・・そうか、貴様ならいい片腕になると思ったんだがな。残念だ!」

 右・・・じゃない、上だ!

 横に振るわれた剣が軌道を変え、上から振り下ろされる。剣を構えるのが一瞬遅れた。

「くっ・・・」

 なんとか横に転がって防いだものの、態勢が整う前に次の剣が振り下ろされる。それをなんとか剣で受け流した。あと一瞬構えが遅れたら、僕の頭は真っ二つに割れていただろう。

 背中を汗が伝う。本当に強い。僕は改めて剣を構えなおした。

 もう言葉は要らない。二人の命をかけた真剣勝負だ。剣の腕では敵わない。僕と彼の間には、何十年もの経験が差を作っている。僕はこの剣の性能のお陰でなんとか互角に闘うことが出来ているのだ。鎧を着けていないのが幸いして、身軽に動けるからさっきの一撃も避けることができた。だが、次は簡単には避けさせてくれないだろう・・・。

 ふう・・・。これほどの真剣勝負はいつ以来だろう? 僕は自分の未熟さを改めて痛感した。彼の剣を受け、歯を食いしばる。なんとか跳ね返し、相手を睨みつけた。

 剣を構え、お互いににらみ合ったまま時間が過ぎた。

 それは、ほんの一瞬だったかもしれない。でも、その静寂の時間はひどく長く感じた。2人の間に時間の壁ができてしまったように、なにもかもがゆっくりと見えた。

 一瞬、ほんの一瞬彼が先に動いた。

 僕は彼の剣に剣を当てた。受け流すつもりで剣を出したわけではない。僕と彼の剣は激しくぶつかり合い、大きな音を上げた。

 勝負はついた。

 僕の剣は相手の剣を真っ二つに切り裂いた。その勢いのまま、僕は剣を振りかざす。

 骨まで断つ手応えがあった。僕が剣を引き抜くと、彼の身体はその場で倒れた。声を上げることもなく、彼はその命に別れを告げたのだ。

「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」

 血で真っ赤に染まった剣、だが一振りしただけで真っ赤な血は飛び散り、再びもとの白い輝きを見せた。

 僕は、またこの剣に救われたんだ・・・。

 部屋に横たわる4人の亡骸を見つめ、はっとする。おかしい、襲ってきたのはこれだけじゃないはずだ。。

「きゃあああああああ!」

 暗い夜空を劈くような悲鳴。

 しまった! 僕としたことが迂闊だった!

 慌てて走り出し、隣家に飛び込んだ。中は荒れ、食器が割れて床に散乱していた。再び悲鳴が聞こえる、僕はそれが聞こえた方向に走り出した。

 部屋の中には一人男が血を流して倒れていた。幸い息はあるようだった。そして剣を構えた男、おそらく逃げ出した盗賊だろう。そしてそれと対峙している金属の棒を構えた少年、カイルだ!

 悲鳴をあげたのは、昼間に会った母親だった。半狂乱になりながら、背の高い少年に支えられていた。おそらくカイルの兄だろう。

 カイルは真剣な眼差しで男を睨みつけていた。僕はそこにすごい迫力を感じた。だが、僕が入ってきたことに気付いてしまったのだろう。一瞬僕のほうを見てしまった。その瞬間、緊張の糸がほんの一瞬だけほつれてしまった。

 男はその一瞬を見逃さなかった。その隙を突いてカイルの後ろに回り込み、そのまま羽交い絞めにした。

「カイル!」

「動くな!」

 男はカイルの喉元に剣を押し付けた。

「少しでも動けば、このガキの喉を切り裂いてやるからな」

 男は不敵ににやりと笑った。僕は剣を持ったまま動けなくなってしまった。

「剣を捨てろ! 今すぐだ!」

 彼の剣がカイルの喉にぐっと食い込む。僕は素直に剣を捨てた。

 またにらみ合いだった。糸がピンっと張ったように静まり返っている。人質を取られて動くこともできない。僕の背中を汗が伝った。

「きゃあああああああ!」

 突然の悲鳴に緊張の糸がぷっつり切れた。母親が悲鳴をあげながら倒れてしまったのだ。

 そこに、一瞬の隙ができた。左腕に巻かれた革のベルトから小さなダガーを取り出し、狙いを定めて投げつける。それはカイルを捕まえていた男の左腕に命中した。一瞬でも彼が動いていたら、ダガーはカイルに命中していたかもしれない。

「ぐああ!」

 ひるんだ彼を見て、カイルが逃れる。男はすぐに体制を整えると、剣を振るった。それはカイルの肩をかすめる。

「くう・・・」

 真っ赤な鮮血を流して、カイルが倒れこんだ。僕は剣を拾い、男に向かって斬りつけた。男は断末魔を上げながら窓に飛び込み、地面に叩きつけられて息絶えた。

「カイル!」

 僕は急いでカイルに駆け寄った。すると彼はうぅ、とうめきながらも目を開けた。

「カイル大丈夫か、しっかりしろ!」

「と、父ちゃんは? 俺より父ちゃんを助けて!」

 急に目を見開くと、がばっと立ち上がる。そして肩に手を当てると、うめきながらうずくまった。

「ばか、無理するんじゃない! 僕が見てくるから、そこで大人しくしてろ!」

 僕はカイルをゆっくり座らせると、父親の方に駆け寄った。

 どう見ても重傷だ。肩口からざっくりと傷口が広がっていた。

「これは、まずい・・・」

 失神してしまった母親を寝かせて、カイルの兄が駆け寄ってきた。そして、父親の姿を見て顔面蒼白になった。

「お願い、お願いだから父ちゃんを助けて・・・。俺のことなんかどうでもいいから・・・」

 カイルが涙声でそう呟く。僕は全神経を両手に集中させた。

手から白い光がぼおっと漏れ、その傷口を包んでいく。あまりに重傷で、僕の手には重過ぎる。でも、多少でもいい。今より良くなるなら・・・。

「医者を呼んできて欲しい。これは僕の手に余る。なんとか努力してみるが、これじゃ不十分だ」

 カイルの兄は頷くと、外へ走り出した。家の外には騒ぎを聞きつけた村の人々が集まってきていた。中には悲鳴を上げ、倒れる人もいた。

僕は自分の力を振り絞って、魔法に集中した。段々意識が遠のいてくる。しかし、精一杯に力を出し切った。

「お医者さんが到着しました」

 息を切らせたカイルの兄と医者が到着したのは、それからすぐのことだった。

「一応傷口は閉じました。命に別状はなくなりましたが、これが僕には限界です・・・」

 僕の言葉を聞き、医者が診察を始めた。周りが固唾を飲んで見守る。

「・・・すばらしい。あなたは相当の使い手と見える。これだけの傷をここまで治してしまうのは、並みの使い手じゃ不可能だ」

 その言葉に、その場にいた全員がほっと息をついた。

 僕はカイルに近づいた。

「お兄さん、ありがとう・・・ありがとう・・・」

 涙でぐちゃぐちゃになった顔を見せて、彼が頭を下げた。

「お礼を言われるほどのことじゃないよ。それよりも、君の傷を見せてごらん?」

 僕はカイルに微笑みかけ、頭を撫でた。

 カイルの傷は思ったほど深くはなかった。僕が手をかざして魔法を唱えると、その傷は完全に塞がった。でも、さすがに少し頭がくらくらした。

 警備兵がやってきて遺体を片付けているのを見計らって、僕は家を出た。そして、自分の手を見つめる。

 また救った命より、奪った命の方が多かった・・・。

 僕は大きな溜息をついた。


 僕はそうそうに村を出る決意を固めた。あれほどの騒ぎを起こしたのだ、長くはいられない。

 だが、いろいろあって結局あれから3日経ってしまった。

 休止していた宿屋は元通り営業を始めた。盗賊はすべて僕が片付けてしまったらしい。盗られたものはすべて元の持ち主のところに返された。

 カイルの父親は、回復はしたが後遺症が残ってしまった。それほど生活に不自由しないが、前のように1日中畑に入ることはできなくなってしまったようだ。

 カイルは・・・カイルはどうしてしまったのだろう・・・?

 あれから音沙汰がない。父親のことでいろいろ大変なのだろう。残念だけど、彼はこのまま父親の後を継いでいくことになるはずだ。

 でも、盗賊と対峙していた彼には、迫力があった。きちんと修行すれば、立派な剣士になれただろう。そう確信できた。それも、叶わぬ夢と終わってしまうのか・・・?

 荷物をまとめ、村の門をくぐった。誰にも何も告げなかった。僕は、やはりここにいてはいけないんだと思う。それが、僕の宿命なのかもしれない。

「お兄さーーーーん!」

 ん? いま、後ろから声が聞こえた気がする。振り返って僕は唖然としてしまった。

 カイルが・・・鎧に身を固めて腰に剣を携えたカイルが僕に駆け寄ってきているんだ。

「お兄さんってば! はあ・・はあ・・・やっと追いついた!」

 額の汗をぬぐって、彼が微笑んだ。

「カイル! 一体どうしたって言うんだ、その格好は!」

 僕はカイルをつま先から頭までまじまじと見てしまった。

「うん、これって結構重いんだね。走ったら疲れちゃった」

 そう言って、またにっこり微笑んだ。

「父さんと母さんが隠してたんだ。せっかく買ってくれてたのに・・・」

「それって・・・それよりいま君は大変なときじゃないのかい?」

 僕は目の前に見えているものが信じられなかった。

「うん。僕も父さんの後を継ぐことを決心してたんだ。そしたらね、父さんと母さんが言ってくれたんだ。自分のやりたい事をしなさいって・・・」

「・・・・・・・・・」

「その代わり絶対途中で投げ出すんじゃない、って。兄さんも、家のことは任せろって言ってくれた・・・」

 そう言って少し涙目になったのを隠すように微笑んだ。

「だからうちを出てきたんだ。俺決めたんだ、お兄さんに付いていくって! 俺弟子になるんだ!」

「弟子って、お前・・・」

「ダメ・・・かなあ?」

 そしてその澄んだ目で僕を覗き込む。

「ううん、ダメだって言ったって付いていくからね! だって諦めるなって言ったの、お兄さんだよ?」

 突然のことに、僕は言葉をなくした。全く・・・ちょっと溜息が出た。

「わかった、いいだろう。ただし、これからは危険といつも隣り合わせだ。自分のことは自分で守れ。その覚悟はできてるか?」

「もちろんだよ! 俺だってお荷物にはならない!」

 カイルの目は輝いていた。そんな彼を、僕は少し頼もしく感じた。きっと大丈夫、カイルならできるって、そう思った。

「これからがんばるぞ・・・!」

 横に並んで歩く彼を見て、僕は思わず微笑んでしまった。これからは、きっといい旅になる。そう確信できた。

「そういえば・・・」

 そう言って彼が僕の顔を覗き込んだ。

「ん?」

 彼は照れくさそうにこう言った。

「俺、お兄さんの名前聞いてなかったや。今更だけど、教えてよ」

 僕の・・・名前・・・?

 僕の名前は・・・。

「アーネル、アーネルって言うんだ」

「アーネルかあ・・・いい名前だね!」

 そう言って、彼は僕の名前を何回か呟いていた。

 そう、これは正真正銘、僕の名前だ。

 僕は、あのとき夢に出てきた僕になるため、旅を続けている。

 僕はまだ彼に追いついていない。僕の右手には、まだ十字の傷がないから。きっとあの傷ができたとき、僕は本当のアーネル、あのときの自分になれるんだ。

「アーネル、行こう! 俺たちの旅は始まったばかりだよ!」

 カイルが僕の手を引っ張る。僕は、彼に引かれて歩き始めた。

 僕の姿、カイルには一体どのように写っているのだろう?

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アーネル 青葉けーくん @keikun222

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