アーネル

青葉けーくん

第1話 雨の夜

 窓の外は雨が続いている。今日はこのまま朝まで降り続きそうだ。

「あーあ、やんなっちゃうな・・・。もう」

 ぼくは一人で愚痴をこぼした。

 父さんと母さんが村の会合に出かけてから、もうずいぶん時間が経つ。留守番は嫌いではないけれど、こんな気味の悪い夜は気が滅入ってしまう。降り出した雨は一向に止む気配がないし・・・。

「えいっ!」

 壁を蹴飛ばしてもドンという音がするだけ。空しさが胸の奥に広がってくる。それを振り払おうともっともっと壁を蹴ってみた。

ドンドンドン!!

 音はぼくの思ったとおりに返ってくるけど、別になにも起こりやしない。

 なに寂しがってるんだろ、ぼく。夜に父さんたちがいないことなんて別に珍しいことじゃないのになあ・・・。

「あーあ」

 わざと大きな音がするようにベッドに寝転がった。

 手を軽く回すと、ぽっと炎がともる。学校で習った炎の魔法だ。

 ぼくは学校で魔法や剣を習っている。将来冒険者になるための修行の一環なんだ。ぼくは平凡な人生を送りたいなんて思わない。立派な冒険者になって、絶対有名になるんだ。

 そんなことを考えながら寝転んでたら、ちょっと眠くなってきちゃった。

「・・・ん?」

 いま、外から何かが聞こえた気がした。慌てて起き上がり、耳を澄ましてみるけど何も聞こえない。やっぱり気のせいかな?

「うわーーーっ!」

 突然の悲鳴。やっぱり気のせいじゃない! いまはっきりと聞こえた!

 ぼくは、がばっと起き上がって、窓の外に目を凝らした。降り続く雨と霧の中、かすかに火花が見えた。

 慌ててローブを引っつかんで外に出る。これは何かあるに違いない!

 ぼくには、それがチャンスに思えた。習ったばかりの魔法を実戦で使うチャンス。ぼくは左手の中指にはめた、青い宝石のついた指輪を見つめた。振るとぼうっと青白く光るのがわかる。それをみて、わくわくしてきた。

 今考えると、ずいぶん無謀なことだとわかる。魔法を習い始めたばかりの子供が、実戦で役に立つはずなんか無いんだ。

 でも、このときは夢中だった。ぼくは無鉄砲に飛び出してしまったんだ。

 霧に煙る灰色の空気は見通しが効かないほど濃くなっていた。ぼくはたまに光る火花と、剣がぶつかり合う音だけを頼りに足を進めた。

 木々の間を抜け、少し広い場所に出る。そこに馬車が倒れていた。その周りで、何人かの金属の鎧を着けた人たちが剣を交わしていた。

 馬車を背に戦う、銀色の鎧を着けた人が数人。わずかに馬車から漏れる光がキラキラと光ってとてもきれいだった。そして対峙している黒い鎧をつけた人が数人。戦況は黒い方が有利なようだ。

 これが本当の戦いなんだ、ぼくの身体は感動でぶるぶると震えた。こんなの初めて見るよ!

 ぼくは静かに魔法を唱えた。手の上に真っ赤な火球が出来上がる。それを持って狙いを定めた。

 たぶん、黒い方が悪いやつなんだ。だって、銀色の方は馬車を守ってる。黒い方に当てなきゃ!

 交戦中の一人が、ぼくに背を向けて戦っているのがわかった。黒い方が近い。ぼくはそれに狙いを定めた。

 戦っている2人に一瞬のスキがあった。それを見逃さずに、一気に投げつける。火球は黒い鎧の背中に当たり、ばっと弾けた。

 当たった!

 信じられない、当たったよ! 火球を当てられた人はその勢いにどっと倒れた。

「誰だ!」

 別の黒い鎧が叫ぶのが見えた。まずい! そう思った瞬間、目が合った。

 同時にその男が走り寄ってくる。逃げなきゃ! そう思ったけど、うまく足が動かない。なんとか必死に走り続けたけど、運悪く、ぼくは木の根につまずいて転んでしまった。

 起き上がろうとしたとき、目の前に剣先が見えた。ぼくは2人の黒い鎧に挟まれてしまった。

「いま、魔法を使ったのは貴様だな」

 剣がぼくの顔に触れる。その冷たさはぼくの言葉を奪った。心臓がドキドキいって、手足が震えているのがわかった。

「どうした、小僧」

 暗がりなのに、その男が笑ったのが見えた。剣先でぼくの頬をなでる。この男は、人を殺すことなんてなんとも思わないんだろう。たとえ、それがぼくのような子供でも・・・。

 ぼくは、自分の無力さを痛感した。なんでこんなことしてしまったんだろう。後悔してももう遅い。もう、どうしようもないんだ。

 涙が、出た。ぼくは自分の最後を悟った。剣が振り上げられる音を聞いて、目を閉じる。この剣が振り下ろされたとき、ぼくの命が終わるんだ。

 ガキッ

 だけど、次に聞こえてきたのは剣と剣がぶつかる音だった。そして、どうっと人の倒れる音。ぼくは恐る恐る目を開けてみた。

 ぼくの目の前には、ひとりの背の高い男の人が立っていた。

「大丈夫かい?」

 その優しい声を聞いて、ぼくは素直に差し伸べられた手を握った。

 手も足もまだ震えてる。震える膝を支えてなんとか立ち上がった。

「後ろに隠れていなさい」

 彼はぼくをかばうように立ちはだかった。

「何者だ」

 低い声、ぼくはその声を聞くだけで足がすくんじゃう。いつのまにか集まってきた黒い鎧の男たちが一斉に剣を抜いた。

「運が悪い男よ・・・。だが、我らの邪魔をしたこと、命をもって償うがよい」

 うおーっと叫びながら走ってくる男たち、ぼくは怖くて、思わず目を閉じてしまった。

 剣と剣とが交わう音、何かが何かを切り裂き、人が倒れる音。ぼくは怖がっている目を必死に開け、外を見た。

 一人、また一人と倒れる黒い鎧。たった一人で彼は次々と相手を倒していった。彼の前では、黒い鎧の男たちなど敵ではなかった。彼が剣を振るうと、黒い鎧は簡単に切り裂かれた。最後の一人が倒れると、彼はぼくのところへ歩いてきた。

「けがはないかい?」

 そう言いながら剣を鞘へしまう。ぼくは彼の顔から目が離せなかった。

「見せてごらん?」

 そう言って、ぼくの左手をとった。血が流れていた。いつかわからないけど、ぼくはけがをしていたようだ。

 彼が一言二言なにかを呟くと、白い光がぼくの左手を包み、傷は跡形もなく消えていた。

「さて、僕はもう行くよ。君も早く家に帰りなさい」

 彼はくるりと背を向けた。

 なにか、言わなきゃ!

 そう思っているのに、声が出ない。ぼくは必死に声を振り絞る。

「す、すいません!」

 そんなことしか、言えなかった。でもその声に反応し、彼が振り向く。

「あ、ありがとうございます! あの・・・せめてお名前を・・・」

 一瞬彼は驚いた顔を見せた。でも、すぐに微笑を返してくれる。

「アーネル、僕の名はアーネルだよ」

 彼が右手を差し出した。ぼくはその手を握る。彼の右手の甲には十字の傷跡があった。

「じゃあな」

 再び背を向けて歩き出す。ぼくはその背中を見えなくなるまでずっと見つめていた。


 ぼくは旅に出る。

 アーネルを探すため、そして強くなるため。だから、たった一人で旅に出るんだ。

 両親は反対したけど、ぼくの決意は固いんだ。もう、2度と会えないかもしれない。でも、行かなきゃいけないんだ。絶対・・・。

 アーネルと言う名と、右手の傷跡、そして最後に見せたあの笑顔だけを頼りに。

 ぼくは、左手にはめた指輪にキスをした。まだ小さな剣と鎧と、この指輪だけが頼りだ。

 ずっと、彼を追いつづけるよ・・・。

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