しゃべる犬

盛田雄介

しゃべる犬

 ここは、イクアル王国の宮殿。

 本日、グリト王子は愛しのキュリ王女に「世にも珍しい生き物を捕まえたので、見に来ないか」と手紙を送り、キュリ王女は意気揚々とイクアル王国に足を運んだ。

「ようこそ。我が愛しのキュリ王女よ」グリト王子はキュリ王女の右手の甲に唇をつけて出迎えた。

「本日は、お招きありがとうございます。早速ですが、珍しい生き物を拝見したいのですが…」

「もちろんです。では、こちらへお座りください」

 グリト王子はキュリ王女を王族専用の巨大な黄金の椅子に座らせ、王女の隣に腰を掛けた。

「では、始めてくれ」グリト王子が右指を鳴らすと1人の執事が現れた。

「かしこまりました。では、本日お目にかけて頂きたいのは、『人の言葉をしゃべる犬』でございます」キュリ王女は執事の言葉に目を丸くした。

「『人の言葉をしゃべる犬』ですって。本当にそんな生き物がいるのですか」

「私も下界でたまたま見つけたのですが、最初に見た時は驚きました。まさか人の言葉が話せるとはね」

「では、ご覧ください。『人の言葉をしゃべる犬』です。どうぞ」執事が合図を送ると奥の赤いカーテンが開き、召使が紐で引っ張って連れてきた。

「これが、その犬ですか?」

「そうですとも。では、犬よ、何かしゃべってみろ」犬は2人を見上げて口を開く。

「こ、こ、こ、こんにち、こんち、こんにちは」

「おぉ、やはり何度見てもすごいな。そうは、思いませんか?」上機嫌なグリト王子は手を大きく叩きながらキュリ王女に視線を向ける。

「ちょっと待ってください。これが『しゃべる犬』ですか?」キュリ王女は目の前の光景を受け入れずに立ち上がった。

「そうですよ。他にも色々としゃべれますよ。ほれ、なんかしゃべろ」

「お、お、お、おはようぅ」犬は再び言葉を発した。

「やはり、何度見てもすごいな。人の言葉を話せるとは」グリト王子は椅子を激しく叩きながら、宮殿中に響き渡るほどの大きな声で笑っている。

「グリト王子。これのどこが犬なのですか?」キュリ王女は王子の態度に痺れを切らして立ち上がった。

「キュリ王女よ。これはどう見ても犬だろ」

「王子よ。何を言ってるんですか。これは犬ではありません。よく見てください。彼は人ですよ」キュリ王女は紐で繋がれて、四つん這いでしゃべる黒く汚れた若年の男を指さした。

「何を言っているんだい。ゴミを食べて生きているような生き物と高貴な私達が同じ人間な訳がないだろ。これは、どう見ても言葉を話す野良犬だ」

「いいえ。人間の定義に身分の差などありません。彼が如何に貧困な生活を送ろうと私達と同じ人間です。こんな接し方は即刻お止めください」王女は召使の持つ紐を取り上げ、男を立ち上げた。

「大丈夫? 辛かったでしょうね」王女は懐からナイフを取り出して首に繋がれた紐を切った。

「犬に優しさなど無駄ですよ。その野良犬に人の気持ちなど理解できない」

キュリ王女は男を繋いでいた紐を握りしめ、グリト王子に投げつけた。

「確かに、野良犬に人の気持ちなど理解はできませんね。あなたに私や彼の気持ちを理解することなど、一生できないでしょうね」


男がキュリ王女のこの怒りを理解したのは1年後であった。

「我々は皆、平等な人間だ。身分の差などは関係ない。今こそ、人として立ち上がるのだ」

男は拳を空高く掲げ、市民は賛同した。


これが、イクアル革命の始まりである。

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しゃべる犬 盛田雄介 @moritayu

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