第160話 願い続けた終着点。(完)
俺たちが結婚の準備に追われて二月が経った。
結婚式を行う日時が明日にまで迫っている。
俺とユリが結婚の準備を進めていた最中、その間にも帝国は着々とその姿を変え始めていた。
先日、シェン君たちから、帝都を掌握した、との報告が入った。
そう、掌握だ。占拠したのは直ぐだった。
イグナートとカイが居て、メイのサポートがあればもう死角は無いのだ。行って必要な人間を逮捕して終わりである。
最初に攻め込み占拠した時には、皇帝はもう死んでいた。
何やら、父の墓前で自死していた。相当精神が病んでいたそうだ。
神だと信じて自分の子供以外全て殺したそうだからな。
病んで死ぬほどだから相当の嘘を吐かれて犯行を決意したのかもしれない。
皇帝の自殺は逸早くメイから聞いて伝えていたので特に混乱も無かったが。
それと同時に、奇病の治療も行った。
これは俺の判断で魔力を貯めた箱舟総動員で早急にやった。
何の報告も無しに勝手に行い、未だ報告もしていない。
こういう事こそ神様の所業って事にしておこう。
正直イグナート家が全力で動いても全然余力が無さそうだからな。今の帝国は。
帝国の中は未だ自分のポジションをどうにか守ろうと性質の悪い抵抗を続けようとするものばかり。
メイが処理能力が圧迫され過ぎてやっていられないと自動音声に切り替えるほどである。
恐らく嫌な報告ばかりでヴェルさんと楽しく飲めないからだと思われるが……
どうやら、完全に自動にして必要な時だけ報告を上げさせるスタイルに切り替えたそうだ。
彼女自身が勝手に解決に動ければ楽なのだろうが、それはできるだけ解除しない方がいい禁足事項なので全て兵に伝え動かしていたのだ。
各領地の兵士たちに自分の立場を証明し、報告して動いて貰う。
それが百か所以上で同時にだと、流石のメイでもストレスで辛いらしい。
幾ら法的に間違いないものとはいえ、処刑ラッシュが続き過ぎてシェン君もかなり萎えている様子だが、ある程度は綺麗になってきたらしい。
それを持って彼は占拠から掌握と言葉を変え、式の招待にも絶対に行くと言ってくれた。
レスタール王も、来てくれるそうだ。
ヤマト女王も、是非参加させてくださいとの返事がきた。
他にも、関係が深いオルダム子爵やランドール侯爵、オーウェン先生なども来てくれるらしい。
勿論、俺の友人も呼んだ。
元パーティーメンバーは勿論、店を手伝ってくれているアキトの家族など。村の連中も呼んでいる。ロゼたちや第三魔道具愛好会の奴らなど、村の初期に集まったのは全員だ。
まあ、他は国内の貴族に属しているので特に言うまでもないだろう。
そうした面々が、ベルファスト入りしている最中、俺はユリとパレードに参加することになっている。
丁度、今からだ。
壁も天井も無いきらびやかな馬車に乗り、ウェディングドレスを着たユリと、豪華すぎる白い軍服の様な服を着せられた俺は、民衆に手を振りながら街中を一周する。
そしてその後、中央広場で止まって民に声を掛けてくれと言われている。
緊張を見せない様に、笑顔を張り付けて手を振る。
物凄い歓声だ。
よく見れば見た顔もちらほら居る。
そうして祝福されている、と感じると少し緊張が抜けてきた。
「私、幸せ者です」とユリが感極まって涙を流す。
空いた手を取り、握りしめる。
「そうだな。正解かもわからずに突っ走ってきたけど、間違ってはいなかったんだろうな」
色々な事をした。
ずっと戦時中だった事もあり悪魔と罵られるのではないか、と思えることもした。
だが、こうして俺たちの幸せを心から祝ってくれる民たちが居てくれるなら、胸を張れる。
そう思ったら、俺も自然と涙が流れていた。
皆の祝福に感極まっていると、いつの間にか中央の広場まで戻っていて、壇上に立たされたが、もう頭の中は真っ白だ。
何をしゃべって良いかもわからない。
だが、何か言わなければと口を開いた。
『皆、祝福してくれてありがとう。
なんて言葉にしたらいいのかわからないけど、とても嬉しいよ。
皆は国を救うために戻ってきた英雄なんて言ってくれるけど、本当は俺、国の為にとかそういう想いで戻って来たんじゃないんだ。
ただ、この隣に居てくれる愛する人を守りたかった。それだけだったんだ。
王子の自覚も無ければ威厳を示す意味さえ知らなかった。
だから、正直言って失敗も多かったんだ。
けど、国の皆と関わっていくうちに皆も凄く大切になっていって、色々知らなきゃと思って日々勉強している所なんだ。
自分で言うのもなんだけど、少しづつ王子としての自覚が出て来てるんだと思う。
今では、この国を自らの意思で支えたいと素直に思ってる。
俺、頑張るから! 良い国になるように、頑張る! だから皆も応援して欲しい!』
民衆は驚いた顔でこちらを見て、静まっている。
あれ……
俺、今、なんて言った……?
やばい。威厳を示す意味とか言いながら言っちゃいけない事言ってなかったか?
さぁぁぁっと血の気が引いて行く想いを感じている最中、民衆から爆発する様な大歓声が上がった。
あれ……大丈夫だった、の?
と不安に思いながらもユリを見れば嬉しそうに涙を滲ませてこちらを見上げている。
セーフなのか?
大丈夫なのか?
冷や汗を流しながらも、予定の行動に戻り、手を振り返してから踵を返しお城へと戻る。
今回は俺のお披露目でもあるという事で親父は完全に俺に任せると出てこなかった。
だが、聞いていない筈が無い。
どんな顔をされるのだろうか、と不安に思いながらも対面した。
「ふふふ、お前は本当に……」と、親父は楽しそうに笑っていた。
「頭、真っ白になった。ごめん」
「まあいいんじゃないか。
お前が王族の一人として民を背負うと宣言し、皆喜んでいたんだ。
ルイが民に認められた。それが一番重要だ」
そう言われて羞恥を感じたが、認めて貰えた事は誇らしくもあり胸を張った。
「うふふ、カッコ良かったですよ?」
そう言ってくれるユリに元気づけられ、俺は親父と向き合った。
「俺、親父の跡を継ぐよ。まだ、求められているなら、だけど……」
今更手のひらを反す事に少し気後れしながらも、伝えた。
ベルファスト王位を継ぐ決意をした、と。
「は? いや、皆求めてるだろ?
いや、そんな事より漸く決心してくれたのか!!」
そう言って親父は嬉しそうに肩を掴んだ。
「うん。未だ怖さはあるけど、情けない事ばかりはもう言ってられないから」
と、ユリを見詰める。
「そうか……そうか! よく、決意した!」
「うん。遅くなってごめん。けどちゃんとやるから。さっきは失敗したけど……」
「ルイらしくて良かったですよ?」と、ユリがフォローを入れてくれた。
「いや、毎回あれでは駄目だそ? 次はちゃんと威厳を出すようにな?」
「いや、うん。わかった……」
何の言い訳もできないと素直に了承して、皆でその場から移動する。
今から衣装を普段の物に戻し明日のおさらいだ。
そうして結婚式を迎えた訳だが、今度は心構えをしていたからか、普通に出来たと思う。
式は少し形式が知識にあるものと違ったが、それほどの差異では無い。
「――――――――二人は永遠の愛を誓いますか?」
「はい、誓います」
「誓います」
そうして誓いの口付けを行い、俺とユリは正式に夫婦となった。
式が終わるとそのまま披露宴だ。
幸せに何やら頭がふわふわしているが、特に問題は無い。
今日はカンペがあるのだ。
忘れてしまってもそれを見て読み上げるだけ。
まあ、見ちゃ駄目なんだけど、流石に覚えている。
そうして色々な人のスピーチを聞いていき、俺の番がきてカンペに頼ることなく読み上げられた。
ラズベル将軍が号泣していたのが一番印象に残った。
今回はスピーチではなく立食パーティー形式で、出席者が座って待つ俺の所へと祝辞の言葉を贈りに来る形。
会場内は常にそわそわした空気を見せている。
理由は単純。
各国の王が全員集まるなど国が興って以来初めてだと言える状況なのだ。
そんな最中偉い順から一人一人から祝辞を貰い、終わった人からコネ作りに勤しんでいる。
どこの国の人たちも大忙しだ。
こんなチャンスはまず無いのである。
壇上で椅子に座り見ているとその様が良く分かり、ユリとこそこそ内緒話をする。
誰誰が何処との繋がりを強く求めているみたいだな、と。
挨拶が一周して、漸く余裕が出来始めていたのだ。
そんな時、会場を賑わせる者が現れた。
「わははは、我が友メイの主人は貴様か?」
「ヴェル!? 先ずは祝いに来たと告げるのが先でしょ!?」
「そうであった! めでたい!」
大声を上げながら尊大に歩いてくる男。
古代種ヴァヴェルこと、ヴェルさんである。
何故かヴェルさんがメイを引っ張る形での登場。
「ええと、初めまして。メイがいつもお世話になっております。
……って、堅苦しいよね。来てくれてありがと。
これからメイ共々よろしくね、ヴェルさん!」
なんか、ヴェルさんへの口調はこれじゃない感が強く、言い直して手を差し出せば、彼は快く握り返してくれた。
「おお! 話がわかるではないか!
流石、万の時を以てして漸く得られたと言わしめん者だな!」
わはは、と笑うヴェルさんを引っ叩くメイ。
そんなコミカルな佇まいを直し、彼女はゆっくりと頭を下げた。
「マイマスター、ご成婚、誠におめでとうございます」
「ありがとう。メイに祝って貰えて凄く嬉しいよ。これからも宜しくな」
「はい……私の事もどうか、お忘れにならないでくださいね」
何を言っているんだ、と呆気に取られた。
忘れるも何も、俺とメイは繋がっているだろうに。
ぐすん、と涙ぐむメイ。
もう、式の空気に当てられちゃってるなぁ。
まあ、嬉しいけど……
「当たり前だろ。俺にとって姉みたいな存在なんだから」
「姉……幾度となく家族の様な存在と言われてきましたが、全然違う言葉に感じます。
心に完全な自由を与えられていると、こんなにも、違うのですね……」
ああ、完全な自由を許可したのは俺くらいなんだっけか。
箱舟であるメイは強すぎるから、という理由から心を向けてくれた人たちも居たが完全な開放はしなかった。
むしろ事あるごとに、こうあるべき、あああるべき、と雁字搦めにされ、それを剥がそうとすることをずっと人の間で禁じられてきたそうだ。
なるほど。
ああしてお堅いお姉さんだったのも、そうするしかないくらいに縛られていたのか。
人々を守る絶対的な守護者として……
「メイ、いつも守ってくれてありがとう。
武力面ではこれからは俺たちがメイを守るから。不安に思わなくていいよ」
「そうですよ。私とルイは最強なんですから!」
「ほう、我よりもか?
なんて言うのは流石に無粋であるな。わははは、我も共に友を守るぞ!」
メイは泣きながら感謝の言葉を返すと、これ以上邪魔はできないとヴェルさんを無理やりに引っ張り退場した。
正直、各国の護衛が警戒態勢に入っていたので助かった。
泣いている時ですらしっかり者である。
お酒が入らなければ……
いや、考えるのはやめよう。メイに伝わる。
とりあえず今はヴェルさんで驚かせた人たちに説明を入れようか、と立ち上がり事の経緯を説明した。
ヴェルさんが求める情報を提供している最中であり、その過程でメイと仲良くなったこと。
メイが情報提供を優先すると本体での出席を辞していたが、ヴェルさんが気を利かせてメイが直接来れる様に計らったのだろうこと。
それらを説明して謝罪すれば、驚かれたものの警戒は解かれ、披露宴は続いた。
そうして、俺たちの結婚は恙無く終わり、とうとう初夜である。
こちらでも初夜はある。
当たり前だ!
初めての夜は絶対にあるのだ!
そう意気込み、俺たちの為に作られた寝室にて、初めて彼女と交わった。
もう何しても天使で感無量であった。
そうして夜が更けていった。
朝チュンである。
本当ならば昼までゆっくりして居たいのだが、人が来てしまう。
特に今日は、王同士の会談があるそうで、俺も強制参加なのである。
二人でいそいそと支度をして準備を整える。
ユリが少し気恥しそうにしている様が愛らしい。
大陸全土の会議だが、今日もユリちゃんも一緒だ。
俺たちはもう世界的にセットだと思われているので問題無いそうだ。
「さあ、行こうか。俺の奥さんや」
「はい、行きましょぉ! 私の旦那様!」
俺とユリは手を繋ぎ、初めての大陸会議へと出席した。
その会議では兼ねてより俺たちが考えていた同盟設立の草案が話され、各国が前向きに検討するという所まで話が進んだ。
当然、簡単には纏まるものではない。
それ以前の問題が色々とある。
先ずは帝国との終戦宣言をする為の賠償や約定の制定。
そこを終わらせないと終戦は叶わない。
当面、クリアしなければいけない問題はそこに密集してはいるが、同盟設立となるとそれだけじゃ終わらない。
他にも、領土問題、魔物の問題、通商関係、様々な問題をゆっくり解決させていかなければならないのだ。
しかし各国の王が集まり、もう戦うのはやめましょうという声に同意したというのは大きな前進。
後はこのまま乱す輩が出ない様に陰からさりげなく監視するのみである。
ヴェルさんの復讐の件だが、聞けばヴェルさんは古代種の中でも最強らしい。
勝てるのかを問えば楽勝だと言う。今まで数十は相手にしたが全て余裕で勝ったそうだ。
「これを見終わった後、しっかり付けを支払わせるだけだから心配は要らぬ」と言われた。
確実に滅して終わりにすると言っていた。
見終わるって……数十年後か?
と思ったが、あえて聞かなかった。決行が遅い方が都合が良いから。
それと大陸会議は定期的に行われることになった。
と言っても次からはスクリーン上での会議だが。
王位を継ぐと表明した俺だが、話の内容にも付いて行けそうで特に不安は無い。
他国と接する際の作法、常識面で少し不安はあるが、細かい部分はその都度聞けばいいそうなのでこれから勉強しようと思う。
ヒロキたちとの特訓も同時進行で行うことになっている。
政務も勉強も船でできるのだ。
帰る事すら一時間以内。特に大きな障害とはなり得ないので決行する。
後は技術格差による摩擦に対して多少気を使っていくくらいだろうか。
ヤマトが戦力的にも技術的にも遅れていて、帝国に憎悪を持っている問題など、面倒事が起こりそうな起因は色々見当たるが、ベルファストが動く問題でもないので様子見だ。
一年の飛空艇生活を終え、再びベルファストの地へと帰ってきた。
目標としていた、愛する人と平和に暮らす為に国が攻められない状態にする、というのはほぼほぼ達成された。
どうやら、後は予定されたものを一つ一つ熟していくだけで済みそうなのだ。
晴れてユリシアと夫婦になり人生を共に歩み続けることと成った俺は、少し早起きをして寝ているユリシアにキスをしてから、二人の寝室を出て今日も勉強に勤しむ。
この世界を少しでも平和な形に収められる様に、と。
平和、だけで良い。
世界、国、町、村、何処まで見ても平和であれば、幸せを掴むのは自分自身だ。
人それぞれ幸せの形が違う以上、俺が手を入れる所では無い。
自ら動く自由を、環境を、許される範囲で整えるだけ。
掴めるか否かは自分次第だ。
簡単では無いが、難しいことでもない。
人は愛する人と共に在るだけでも幸せなのだから、共に居てくれる人を愛せる人間になればいいのだ。
まあ、人によっては性格に難があったりと難しい所もあるが……
そう考えながらもペンを動かしていれば、何時もの様に後ろから声が聴こえる。
「おはようございます、ルイ」
柔らかく、甘える様な笑みを向ける妻。
彼女が居てくれる幸せを噛みしめ、朝の勉強を終わらせて立ち上がる。
「さて、今日は武術大会と優勝者の表彰、だったか?」
確か、俺に付く守護騎士が自国貴族から付いているというお披露目的なものでもあると言っていたな。
クインとアテナなら途中で当たっても勝った方が軽く優勝するだろう。
「はい。ルイの守護騎士が出るんですから、覚えておいてあげてくださいよ」
「そうだったな」と答えつつも、今日も政務の予定をこなそうと歩く。
こうして俺は、王位を背負う為の準備という、新しい道を歩き出した。
愛する妻と共に。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
完!
かんです!
漸くここまで到達しました。
ルイとユリちゃんが一緒になるまでの物語としてここで完結としました。
当方、完全に趣味で書いておりますので、途中何度か時間が空いてしまいましたが、何とか辿り着けました。
沢山の応援、お言葉、ありがとうございました。
特に最後までずっと追いかけてくださりコメントを投げてくれた、みょうみょうさん、心の支えでした。感謝。
現在、書いている新作も近いうち上げようかと思っておりますので、宜しければどうぞそちらも読んで頂けたらと願う所存であります。
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