第31話 最後の一人もまたそして


 兵団が瞬く間に瓦解していく様を、宙吊りに揺れながら月天丸は眺めていた。


 四玄たちの動きはまさしく鬼神のそれだった。正道の技も使えば、時として攪乱のように我流も混ぜる。そして足並みが乱れたところで他の兄弟と合流し、連携しながら兵士を一人また一人と床に叩き伏せていく。


「馬鹿な。あいつらは日々の修練すら面倒がっていたはず。あそこまで即座に癖を修正できるはずが……」

「それはそうだ。あいつら、本気の修行は隠れてしているそうだからな」

「……は?」


 錬副は意味が分からないという顔をした。月天丸もその感情には大いに共感するものがあった。


「なぜ。修行なら堂々とすればいいものを――」

「まあ、いろいろと理由はあるようだがな。真面目にやっていては皇帝に推挙されかねんとか。だが一番大きい理由はたぶん、仮想敵に勘付かれぬようにするためだろうな」

「仮想敵?」

「あいつら最終的には皇帝に一対一で勝って、『自分を後継候補から外せ』と脅すつもりなのだ。今は力不足だからあれこれと醜い足の引っ張り合いをしているが、純粋に皇帝より強くなれば直談判ができる。脳みそまで筋肉のあいつらにとってはある意味それが自然な発想ではあるのだが……」


 錬副は呆けた顔になった。

 月天丸自身も、「兄妹のよしみ」として四玄からこの企みを聞いたときは、まったく同じような顔になったことを覚えている。


「なんというかな……あいつらは努力ができないわけではないと思うのだ。方向性と発想が絶望的に狂っているというだけで」


 まったく凄いのだか凄くないのだか分からない馬鹿どもである。

 なおも絶句する錬副をよそに、兵士たちはその数をみるみるうちに減らしていく。しかも誰一人として絶命はしていない。意識だけを的確に落とす練達の技だ。


 やがてすべての雑兵が倒れ、その場に立つ敵は錬副一人となる。


「……いいだろう。わしの負けは負けだ。だが、今度こそ不問に付すとは言うまいな」


 そう言って錬副が杖を払うと、覆いが外れて内部から鋭い刃が顕わになった。仕込み杖である。

 そしてそれを、練兵場の床に突き刺した。


「さあ反逆者の首を刎ねろ。それができればわしも貴様らを見直そう」

「ああ、ちょうどよかった」


 そう言って仕込み杖を真っ先に握ったのは、ちょうどこちらに歩み寄ってきていた四玄だった。そうしてその刃を頭上に掲げた四玄は、一閃。


 ――宙吊りになっていた月天丸の縄を切った。


 縛めを解かれた月天丸は、カエルのような姿勢を取ってその場に着地する。ある程度予想できていた行動ではあったが、やはり安堵があった。


 四玄は快活に笑う。


「錬爺。入団試験はこれで終わりか? 全員抜き達成だからな、私情抜きでしっかり合否を判断してくれ」

「ま、待て! そんな甘えた話が許されると思うか! いやしくも皇族ともあろう者が!」

「そうだろう。俺たちは皇族失格だ。だからこれからも『革命義団』総出で月天丸を応援していこうぜ」


 は、と錬副が魂ごと抜けたような息を吐く。


「参謀役が必要だったらあたしが受け持つから、いい返事を待ってるわよ」

「ここまでやった以上、好待遇を期待していますよ」

「ま、一番多く倒したのはたぶんオレだけどな」


 その間に一虎・二朱・三龍も口々に勝手なことを告げ、四兄弟たちはぞろぞろと練兵場を後にしていった。


 跪いて項垂れたままの錬副に対し、月天丸は言葉に迷いながら頬を掻く。


「……あいつらが皇帝にふさわしいかは甚だ疑問ではあるが、決して悪いところばかりではないとも思うのだ。どうだろうか。私にもできることがあれば何なりと協力するから、もう少し様子を見てやってはくれんか?」


 そこで、錬副の背がぴくりと動いた。


「協力していただけると?」

「私にできることなど知れているとは思うがな。よもや本当に即位などするわけにはいかんし――」

「いいえ、構いませぬ。貴女様さえよろしいのであれば、ぜひ次期皇帝の座をお任せしたいと思っております」


 月天丸は目を丸くした。ここまで大袈裟な謀反を企てる人物なのだから手段は選ばない性格なのだろうが、皇帝の座に自分のような馬の骨を据えることに少しも躊躇はないのだろうか。


「それでいいというのなら……本当に奴らが駄目というときの最終手段としては構わんが」

「かたじけない。この老体にはそれだけがもはや唯一の望みです。いや助かりました。陛下は『そう簡単に月天丸は頷くまい』と言っていたのですが、こうも快く引き受けてくださるとは……」


 それから深々と頭を下げて、錬副はこう続けた。


「夫婦となれば散々な迷惑をかけるでしょうが、どうか四玄の阿呆をよろしく頼みます」








「―――――――――――――は?」








―――――――――――――……



 何があったのか知らないが、唐突に月天丸がグレた。

 今までは悪徳商人ばかりを狙っていた義賊だったというのに、ある日を境にいきなり方向性が変わったのだ。


 市中警備の屯所を荒らしたり、街のあちこちに落書きを働いたり、宮廷近くで小火(ボヤ)まで起こすことすらあった(なぜか近くに水が用意されていたので大事には至らなかった)。

 しかもそういった悪行の数々を、立て札を用意してまで自ら喧伝するのである。


「まあ、月天丸様のことだから何か考えがあるんだろう」

「んだべな」


 幸いにも民衆の反応は穏やかだった。なにしろこれまでに重ねてきた信頼と実績がある。

 月天丸の下手くそな絵を塀に落書きされた商家などは、それを子孫代々に継ぐべき芸術であると主張し、早くも保存作業に取り掛かりつつある。


 ――しかし、兄である俺たちの胸中は穏やかではなかった。


「なぜだ月天丸! なぜせっかくの名誉を自ら穢そうとするんだ! お前は将来皇帝になる身なんだぞ! 頼むから自重してくれ!」

「うっさい追いかけてくるなとっとと大人しく帰れ阿呆ども!」


 逃亡を続ける月天丸を追い、俺たち四兄弟は安都の裏路地を駆けていた。

 前にも増して月天丸は皇子扱いへの拒否反応を強め、今では約束だったはずの定期的な顔見せすら放棄するようになっている。


 さては、これが反抗期か。


 しかも厄介なのが逃げ足の速さだ。

 元より速さはなかなかのものだったが、何度も脱走を繰り返すうちに足捌きの緩急や技巧にも磨きがかかっていき、俺たちでも一筋縄ではいかぬ相手になりつつある。



 月天丸は一虎の突進をかわし、二朱の待ち伏せを見破り、三龍の罠を小刀で切り裂き。そして純粋な速度で俺を突き放していく。



 包囲網を突破して大通りへと逃げ込んでいく月天丸は、こちらを振り返って、盛大に叫んだ。


「覚えておけ! どんな手を使っても、私は絶対に皇帝になどならんからな!」



 人ごみに消えていった月天丸を見て、俺たちは「く」と歯を噛みしめた。

 やはり血は争えないということか。



 よもや月天丸までもが――俺たちと同じく、皇位の争『譲』戦に加わってしまおうとは。

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【書籍化・コミカライズ決定】最低皇子たちによる皇位争『譲』戦 ~貧乏くじの皇位なんて誰にでもくれてやる!~ 榎本快晴 @enomoto-kaisei

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