第30話 見え透きすぎた罠

「――歓迎の顔合わせだと?」

「ああ。俺たちを団員たちに紹介してくれるんだとよ」


 使者からの連絡内容を月天丸に報告すると、彼女はこれ以上なく胡散臭いものを聞いた顔になった。


「それは他意のないものなのか? どうも信用が置けんぞ」

「大丈夫だっての。俺たちと錬爺は長い付き合いなんだぞ」

「その長い付き合いの男に、つい最近暗殺者を差し向けられたばかりだろうが。いいからもっと詳しく聞かせろ。いつどこでどんな風に開催するのか言ってみろ」


 極秘の会談ゆえに他言無用という風に告げられたのだが、相手は同じく皇子の月天丸である。まあ、許容範囲といえよう。


「まず時間帯は今日の深夜だ。刻が一番深い頃だな。誰にも見られないように城内を抜け出してこいと」

「早くも怪しげな内容と聞こえるが……続けろ」

「次に場所だが、街外れの練兵場だ。新兵育成用の場所だから安都の中でも指折りの僻地にあってな、行くのが少し面倒だ」

「騒ぎになっても誰も気が付きにくい場所だな」


 書状ではなく口頭での指示だったため、手元に明文としては残っていない。しかし、他の細かな内容もしっかり記憶している。


「ついでに、歓迎会だから非礼にならないよう武器の持ち込みは一切禁止と」

「目を覚ませ貴様。どこからどう見ても殺意に満ちた罠としか思えんぞ。まさか本気で応じるつもりではないだろうな?」


 俺は静かに目を瞑った。


「……なあ月天丸。俺だって馬鹿じゃない」

「いや、馬鹿だという認識はいまさら覆らんぞ」

「この誘いが不審だっていうことには気づいてる。だけどな、こんなに見え見えの殺意を溢れさせるほどに、『革命義団』の奴らは俺たちの即位に反対してるっていうことなんだ。その熱意を真っ向から受け止めてこそ、真の同志になれるものだとは思わないか?」


 雨降って地固まるともいう。この強烈な殺意を乗り越えて和解した先にこそ、共に歩んでいく協力の道が拓けるのだ。


 月天丸は両手で頭を抱えた。


「どうせこんなことになるだろうとは思ったが……」

「止めないでくれ。これは男の浪漫だ」

「止めても無駄とは思うから止めん。だが、用心のために私もついていくからな。もしものときに仲裁くらいはできるかもしれん。まあ、それに――」

「それに?」


 月天丸はゆっくりと顔を上げ、自分に言い聞かせるかのように何度か頷く。


「さすがにここまで分かりやすい罠というのも考えづらいしな。一周回って逆に罠じゃないような気もしてきた。本気で向こうも馬鹿なのかもしれん」

「月天丸。錬爺をあまり侮らない方がいい、歴戦の将兵だぞ」

「人が頑張って好意的に解釈しようとしているのだから余計な口を挟むな」


 若かりし日は権謀術数に長けた守将として勇名を馳せたという。そんな男が罠の一つも仕掛けぬはずがない。


 そう信じて、俺は夜の訪れを待った。



―――――――……


「だから、何でお前らはこんな下らない誘いにノコノコと乗ってしまうんだ……! 来んだろうが普通! 怪しすぎて躊躇するだろうが! 何で本当に武器の一つも持たずにやって来るんだ!」


 深夜の冷めた空気に、錬爺の悲哀混じりの怒号が鳴り響いている。

 何の問題もなく宮廷を抜け出した俺たち四人だったが、今は練兵場のど真ん中に正座をさせられていた。

周囲には『革命義団』の団員らしい数百名の兵士がひしめいており、退路は完全に塞がれている。


「へ、さすがだな錬爺。罠だったってわけか……」

「あなたほど狡猾な方が策を仕掛けぬわけがないとは思っていましたが、やられてしまいましたね……」

「見破っていても敢えて踏み込まざるを得ない策。実に見事だったわ」

「悲しくなるからこんな雑な姦計を策などと呼ぶな。わしの誇りに傷が付く。単にお前らが愚かすぎるだけだ。だいたい引っかかっておきながら余裕綽綽の顔をするんじゃない」


 迂闊にも罠にかかった兄姉たちに対して、錬爺は嘆きの叱責を吠えている。まったくだ。俺は危険性を承知の上ですべての覚悟を済ませて来たが、一虎とかはロクに危険を考えず来たに違いない。こういうあたりに人としての器の差が出る。


 なお、月天丸は縄でぐるぐる巻きにされて練兵場の梁に蓑虫(ミノムシ)のごとく吊るされている。

 完全包囲されたとき、助けを呼びに脱出しようとしたのだが、あえなく捕まってしまったのだ。


 ――ちなみに誰が捕まえたかというと、俺である。


 密告されてあの親父にこんな集団包囲の現場を見つかってしまっては、『革命義団』が壊滅させられてしまう。


「すまない月天丸。こんなところで同志を失うわけにはいかないんだ。今度何か美味いものでも奢ってやるから、今日のことは忘れてくれ」

「ああ好きにしろ私はもう知らん」


 不貞腐れた月天丸はぶらんと吊り下がったまま揺れている。

 それを一瞥してから、錬爺がこちらに背を向ける。それと正反対に、周囲を固める兵士たちはじりじりと包囲を狭めてくる。


「本当に大した余裕だな、お前たち」

「そりゃまあ、この程度じゃ肝が冷えもしねえよ」


 一虎が鼻を鳴らした。


 膝を払って俺たちは正座から立ち上がる。ざっと見た限り、練兵場に集った兵士たちの数は四百を下らない。こちらに武器はなし。相手から奪うというのも無理だ。手甲をはじめとした、装着式の武装のみを身に纏っている。


だが、一人あたり雑兵百人を倒すぐらいなら、俺たちにとってそう難しいことではない。


「行け」


 錬爺が杖を床に鳴らすと、兵士たちが一斉に飛び掛かってきた。

 決して無作為な動きではない。第一陣は捨て身覚悟の突進であれど、その勢いによって俺たち四人を分断する楔の動きだ。

 事実。突進を横に跳んで回避し、返し技で足払いをしかけた後には、既に他の三兄弟とはずいぶん距離を引き離されていた。


 だが、元よりあんな腐れ兄弟たちに背中を守ってもらおうなどとは思っていない。


 真っ向勝負で来る敵全員を堂々と屈服させればいい。

 そして迎え撃つは第二陣。四方からの同時攻撃。こちらの機動力を削ぐ算段か、下段への打撃の狙いが見て取れる。なにしろ数では圧倒的に有利。一人一撃でも加えられたら十分という発想だろう。


 だが、多対一はこちとら得意分野である。

 宮廷に迎えられる前から街のチンピラに絡まれては、大立ち回りをしてきたのだ。常套手段は心得ている。


「とにかく一人掴んで群れにぶっ飛ばす!」


 それが多対一における俺の極意だ。投げた敵への攻撃となるのはもちろん、周囲を固めるその他大勢へも連鎖で攻撃が入る。おまけに捕まえれば盾にもできる。


 四方から迫りくる敵のうち、適当な一人に狙いを定めて迎撃。胸元をがっしりと捕まえたら、そいつを振り回して残り三人を薙ぎ払う。


 ――そういう算段だった。


「やはりか」


 しかし、俺の掴み手が敵の身を引き寄せることはなかった。

 掴むことには成功した。しかし、敵が纏っていた道着の胸倉が、もはや紙きれといっていいぐらい簡単に破れてしまったのだ。


「うぉっと!」


 よもや正規の兵装がそんな粗末な布で編まれているとは思わない。

 いきなり計画が狂った俺は、その場で垂直に跳んで四方からの下段蹴りをかわす。


 そして空中からの跳び蹴りで手近な二人を沈めようとしたが、


「なぁっ!? ――痛っ!」


 動きを読まれたように足首を掴まれて、そのまま勢いよく床に叩きつけられた。


 踏みつけの追撃がくるが、それはギリギリのところで転がって回避に成功する。おかしい。確かに全員かなりの精鋭ではあるようだが、だからといって俺の動きにここまで対応できるとは。


「お前たちは己の才能に頼り過ぎている。確かに力そのものは脅威であれど、我流の武は得てして癖を生むもの。そして癖は読まれれば隙に通じる」


 声に振り向けば、錬爺が杖を突きながら練兵場の中央に陣取っていた。


「そいつらには、お前たちの癖への対策法を入念に教え込んでいる。無論、その技に適うだけの修練も日々積ませてきた。才だけに溺れ鍛錬を怠った者に、凌駕できるものではないと知るがいい――」

「おいご老人。一撃入って嬉しいのは分かるが、そういう種明かしならばまだ喜ぶのは早いぞ」


 僅かに顔を伏せた錬爺の頭上から声が降る。

 吊るされたままの月天丸だ。


「何?」

「確かにあいつらの人間性は腐っている。どこをどう見ても評価しようもない。だが、鍛錬を怠っているというのは誤りだ」


 こちらの癖が読まれていたということなら、話は早い。

 間髪入れず俺の元に兵士たちの第三陣が突撃してくるが――呼吸を切り変える。手癖で力を振るうだけではなく、強者と相対すべく研鑽してきた正道の技を発揮するために。


「――行くぞ」



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