第29話 その場しのぎの一件落着

 図らずも一虎の提唱していた「死」でも「即位」でもない第三の選択肢が急浮上した。すなわち、正式な皇子であり人格的にも問題ない月天丸を次期皇帝に戴くという道である。

 前々からそうしたいと思っていた手段ではあっても、本人(月天丸)が頑なに拒否するのでなかなか進められなかったのだが――


「ついに覚悟を決めたんだな。兄としてその決断を誇りに思うぞ」

「だから話をよく聞けと言っているだろうが! 一時的に不満分子を落ち着けるための方便というだけだ!」


 まったく素直ではない。どうせ義心に厚い月天丸のことである。現皇帝がくたばりかけても俺たちが性根を改めない状況となっていれば、なし崩しでそのまま皇位を継いでくれるに違いない。


「じゃあ錬爺、今後の『革命義団』とやらの活動方針は、月天丸を支援していくっていう形でいいよな?」

「いいわけないだろうが! おいご老人、そちらからも何かこいつらに――」

「いいや、こいつらの言説にしては一理あるやもしれんな……」

「ご老人? おい、騙されるな。歳だからといってこんなときに耄碌されては困るぞ」


 月天丸は錬爺の肩をがくがくと揺する。老人虐待になりそうなので俺はそっとその手を収めてやり、年長者らしい笑みを浮かべる。


「ふ、じたばたするな月天丸。前にも言っただろ、皇帝なんて大役に就く人間には天命っていうものがあるんだ。こんなに周りの人間に推されるなんて、お前には他人を魅了してやまない特別な何かがあるんだよ」

「貴様らがろくでなしだから消去法で推されているだけだ。そこいらの鶏や豚を皇子に据えても、貴様らよりはまだ支持されるぞ」


 だいたい、と月天丸は咳払いする。


「私のようなどこの馬の骨とも知れん者がいざ即位の候補となったら、即座に素性を調べられるに決まっているだろう。強さもまるでこいつらに及ばんしな」

「そんなことないっての。強さだって鍛えりゃ何とかなるし。なあ錬爺? ……錬爺?」


 そのとき、錬爺が一瞬ではあるが鋭い眼光を放っていたのに気付いた。本懐を遂げるために手段を選ばないという、武将に特有の冷徹な光である。


「ああ、そうだな。何も心配はいらんよ。素性についても、強さについてもな。才があっても性が怠惰とあっては技も持ち腐れようもの。凡百の素養でも積み重ねを怠らねば、いつか大成できようからな」


 持ち腐れというあたりで錬爺は俺たちを厳しく睨んだ。だが、しばし後に目元に柔和な皺を作る。


「そうと決まればお前たち。『革命義団』に入りたいのだったな?」

「ああ。活動方針を月天丸の応援に変えるのなら、俺たちが入団しても大丈夫だろ?」


 幹部級の待遇が望ましくはあるが、この際だからとりあえずは下っ端からでいい。入団したら熱意が認められてトントン拍子で出世するに決まっている。


 しばし無言で考えていた錬爺は、やがて鷹揚に頷いた。


「いいだろう。団員たちにわしから伝えてみるから、今日のところはもう帰れ。この件についてはくれぐれも内密にな」



――――――――――……


「おい貴様。あんなのを本気で信用しているのか?」

「あんなの? 何の話だ?」


 錬爺の元を去り、第四庭の自宅へと戻る道中。俺の後をついてきた月天丸は、眉根に深い皺を寄せている。


「あの老人は貴様らのように本気で私を祭り上げるようなつもりではなさそうだったぞ。あれは、話に乗ったフリをして何かを企んでいるといった感じだ。そのくらい見抜けるだろう」

「そうは言ってもな。フリでも何でも協力してくれるなら嬉しいことじゃないか?」


 実際、あの場においては最高の結果だったと自負している。俺たちの死も即位もなく、かといって錬爺が処刑されるでもない。誰も損をしなかった構図だ。

 月天丸は――まあ、皇位なんて普通は喜ぶべきものだ。むしろ得をした立ち位置と考えてもらおう。


「それより、今日はもう遅いから客舎に泊まっていけよ。晩飯何か食いたいものはあるか?」

「甘すぎるぞ貴様」


 と、そこで俺の足元の地面に何かが突き立った。月天丸が投擲した小刀である。


「たとえば私が本気で私欲のために皇帝を志したとしたらどうする? お前たちの命を狙う可能性すらあるのだぞ。もっと警戒すべきではないのか?」

「いやあ、だってこのくらいの不意打ちで殺される俺たちじゃないしな」

「正面切っては敵わんがな。この間など、私が見舞いに持ってきてやった団子をバクバク食っていたろう。あれに毒が入っていたらとか考えんのか?」

「いやまったく。そういうことする奴じゃないだろ」


 あと、たぶんそんじょそこらの毒は効かない自信がある。父の皇帝なんかはフグの肝を丸呑みしても平然としている化物だし。


 毒気を抜かれたような顔をした月天丸は、ため息とともに小刀を拾った。


「で、晩飯はどうする?」

「こんな話をした後に宮中で飯を食う気になれるか。外で串焼きでも買ってくる――だが、出る前にこれだけは忠告しておくぞ」


 月天丸は念を押すようにこちらを指差した。


「もしあの錬副とやらから接触があっても、決して迂闊に動くなよ。あり得んとは思うが、この流れで貴様らにもしものことがあれば、私も他人事ではなくなるのだからな」



 そして錬爺からの使者が来たのは、この翌日のことだった。

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