第28話 勇気ある立候補
「そう嘆くなご老人。皇帝もまるっきりの無能ではない。さすがにこいつらがいつまでもこんな調子なら、継承を再考することもあろう」
無言で壁際に座り込んでしまった錬爺を、月天丸が神妙に励ましている。人情に厚いことに定評のある俺も、すかさず援護に向かう。
「そうだぞ錬爺。あの馬鹿皇帝はやたらと俺たちを過大評価しているみたいだけど、そんなものに負ける俺たちじゃない。親馬鹿に曇った目でも『こいつらは駄目だ』と認めざるを得ないくらい、これからも醜態を晒していくつもりだ。期待していてくれ」
「ちょっと貴様黙っていろ」
月天丸が俺の脛をげしりと蹴ってくるが、踏み込みが浅い。もっと腰を入れねば俺には通用しない。
「それが……そういうわけにもいかんのだ。確かに陛下は、一時期は養子を検討していたこともあった」
「一時期? 今は違うのか?」
「第五皇子……あなたを正式に認めた頃、方針が変わったようでしてな。今は探していないようです。それに養子を迎えたところで、単純にすべてが解決するわけではない」
そう言って錬爺は憂鬱を帯びた目で俺たちを眺める。
「外部から養子を迎えて皇帝とさせたとき、この四人ははっきりいって目の上のタンコブ以外の何物でもありますまい。こいつら自身は食い扶持さえ与えてやれば大人しくしているのでしょうが、政争の火種となるのは目に見えています。新たな皇帝と対立する連中が神輿として担ぎ上げ、国を分裂に傾ける恐れすらある」
「つまりあたしたちが皇帝にならなくても、生きてるだけで問題だっていうのね?」
「お前ならわしの言い分は理解できるだろう、二朱(リャウシャ)」
錬爺は決して俺たちを憎くて殺したいと思っているわけではない。(たぶん)
なるほど。外部から皇子を探したところで、俺たち兄弟――特にこの俺・四玄を越える才能の持ち主はそうそう見つかるまい。妥協した人材を新たな皇帝に据えるしかない。
そうなれば、「四玄様を皇帝に」と担ぐ勢力が出てくるのも理解はできる。いいや、出てこないと考える方が難しい。絶対に応じるつもりはないが、新皇帝にとって目障りな存在にはなるだろう。
「皇帝としてふさわしい人物になるか、さもなくば死か。だが、さすがに陛下とて何の罪状もなくお前たちを死罪はするまい。だからこそ、前者になってくれることを祈っていたが……まさかここまで想像以上の馬鹿になっていたとは……」
そのとき、一虎が無言のまま膝をついて錬爺の肩に手を置いた。
「なあ錬爺。諦めるにはちょっと早いんじゃねえか?」
「一虎(イーフ)……?」
「皇帝か死か。そりゃあ一かゼロかの極論に逃げるのは簡単だろうよ。だけどな、世の中そんなに単純明快じゃねえだろ? もっといろんな理屈が混ざって、大勢で悩んだ挙句に結論が出るもんじゃねえのか?」
あの一虎が。
俺たち兄弟の中でもっとも脳みそが小さいであろう一虎が、拳でなく言葉で説得を試みている。これは過去にない異例の事態だった。
「いや待て。これはただ『死ぬのも皇帝になるのも嫌』という駄々を捏ねているだけではないのか?」
月天丸が的を射た感想を述べる、不器用な男の説得にそう突っ込んでやるのは野暮というものである。
が、残念ながら錬爺の心に一虎の説得は届かなかったようである。錬爺の持っていた杖で顎をかち上げられて一虎は勢いよくひっくり返る。
「ええい! ともかく、こうなった以上はさっさとわしを刑に処せと言っておるのだ! 反逆者には容赦ないという姿勢を示せ! 首魁のわしがくたばれば『革命義団』の連中も少しは気勢が削がれるかもしれん……」
「お、その『革命義団』ってのが俺たちの同志のことか?」
「話を聞かんか」
俺たち四人はぐいっと錬爺に顔を近づける。
「入団試験ってあるのか? 官試みたいな筆記試験はキツいから、錬爺の推薦っていうことで免除してくれると助かる」
「今ここで面接試験の結果を伝えてやる。お前ら全員不合格だ。とっとと帰れ」
採点が厳しい。俺たちほどの精鋭が揃って不合格とは、これはなかなか狭き門かもしれない。
その後も俺たちと錬爺はしばし平行線の議論を続けたのだが、そうこうしているうちに気付く。傍らで待っていた月天丸の表情が、どんどん渋くなっていたのだ。
「ん? どうした月天丸? 腹具合でも悪いか?」
「……ご老人。少々尋ねたいのだが、たとえば私が第五皇子として公認を受ければ、少しはその状況がマシになるのか?」
それを聞いた錬爺はいきなり生気を取り戻して、月天丸に向かって頭を下げた。
「無論でございます。支持も厚い貴女だ。現皇帝から嫡子ということで公認されれば、後継候補にまともな人物が加わったということで、義団の連中の反感も少しは収まるでしょう」
むう、と月天丸が唇を歪める。
そして腕組みをしながら長い沈黙を経て、やがて重々しくこう言った。
「国が乱れれば皆が困るからな……。形だけだぞ。本気で即位とかそういうつもりは決してないから誤解するなよ貴様ら。あくまでお前らが性根を直すまでの繋ぎとしての措置であって、いずれ本物の皇子ではないことを公表して野に戻るつもり――」
月天丸はそれからも長いこと言葉を続けたが、俺の耳によって要約するとこういう内容で間違いなかった。
――次期皇帝は私に任せろ、と。
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