お隣に預ける

つくお

お隣に預ける

 どうしても外せない用事があり、サユリを隣人に預けることになった。飼い猫である。

 事情を話すと二谷氏は快く引き受けてくれた。今まで付き合いらしいものはなかったが、彼が愛猫家なのは知っていた。二谷氏は猫をモチーフにした絵を描く画家なのだ。

 わたしはサユリを世話するときの簡単な注意事項を伝えた。

「話しかけられてもあまり答えないようにしてください」

「ダメですか?」

「少しならいいですが、あまりいつまでも相手をしているとよくないですね」

 サユリは小柄でおとなしい黒猫だが、少し変わったところがあるのだ。

 二谷氏はどこか話を飲み込みかねる様子だったが、彼自身、どこか風変わりな人だった。似た者同士で案外ウマが合うかもしれない。いずれにしろ、ほんの二、三日のことだ。

 遠方で用事を済ませている間、わたしはほとんどサユリの心配をしなかった。だが、予定通りの飛行機で戻り、自宅に帰るより前に隣家に立ち寄ったのは、自分で思っているよりさびしかったからかもしれない。

 インターホンを押しても二谷氏はなかなか出てこなかった。愛用の自転車は玄関脇にあり、外出しているわけではなさそうである。もしやと思い、庭に回り込んだ。

 窓越しのレースカーテンの隙間からアトリエらしき部屋が見えた。サユリが一人掛けのソファに気持ちよさそうに寝そべっていた。

 ほっと胸を撫で下ろしたそのとき、手前のフロアを一匹の猫が横切った。二谷氏の猫ではない。彼は愛猫家だが猫を飼ってはいないのだ。

 その猫は、わたしに気づくと恨めしそうな視線を向けた。やはり――。

 二谷氏だ。

 だから注意したのに。

 サユリと話しすぎると猫の姿にされてしまうのだ。人間の言葉が話せる彼女は、相手をしているうちに人よりも猫の方がずっといい、そんなに猫が好きなら猫になってはどうかなどとそそのかしてくるのだ。そして、本当に人を猫の姿に変えてしまう。

 魔女のような猫なのだ。

 わたしは鍵のかかっていなかった浴室の窓からサユリを連れ出し、家に帰った。二谷氏は数日すればもとの姿に戻るだろう。

 サユリは少しも悪びれない様子で土産に買ったにゃんすこうを食べた。猫用に作られたちんすこうである。


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