凰月流源




 霊媒師の名は、凰月流源おうづきりゅうげんというらしい。

 凰月さんは、まず家族と話をして、その後準備をしてから俺の部屋に来た。

 霊が人に憑いている時にはその人から霊を祓うけど、その場所に霊が憑いている時は、凰月さんが1人でやるらしい。

 天咲が除霊の様子を見させてほしいと言っていたけど、出来るだけ人が少ない方がいいと言われていた。

 凰月さんは、数珠をたくさん手首とか首から下げて、お坊さんみたいな服に着替えて俺の部屋に入ってきてから、床にそのまま正座して、目を閉じて、俯いて、手を合わせた。

 もうかれこれ五分くらいはこのままだ。

 微動だにしない。



 「これってもう始まってるの?」


 ハルさんにそう小声で聞かれても、俺は、


 「……さあ」


 としか返せない。

 だって、霊媒師の除霊の仕方なんて知らないし。

 お経とか唱えだすのかな、って漠然としたイメージはあったけど、そんな様子もない。

 でも、全ての霊媒師が同じやり方で除霊してるとも思えない。

 もしかすると、今はまだ精神統一しているだけかもしれない。

 あるいは、俺たち幽霊を探してる、とか。

 実は本当は霊能力なんてなくて、時間が過ぎるまで待ってるだけ、とかは……この雰囲気的にちょっとなさそうだ。

 なんにせよ、この瞑想のような何かにどんな意味があるのか分からない以上、こっちとしては待つしかない。



 「……」

 「……」

 「……」



 沈黙が続く。

 凰月さんは微動だにしないし、俺もハルさんも動かない。

 いや、動かないんじゃない。

 動けない。

 何がいつ起きるか分からないし、俺が動いたりしても、その“なにか”が起こりそうな気がして。

 そんな緊張感の中で、なにかを起こさないためにじっとしている。

 






 「……」

 「……」

 「……」



 まだ、沈黙は続く。

 ずいぶん時間が経った。

 凰月さんがこの部屋に入ってきてから、もう一時間くらいは経ちそうな気がする。

 気がするだけかも。

 視線だけを動かして、時計を確認すると、時計の針は午後二時半を指していた。

 凰月さんが来たのが午後一時くらいで、説明とか準備が終わって瞑想が始まったのが二時前くらいだから、まだこの瞑想が始まってから三十分しか経ってないってことになる。

 あと何分待てば……。

 いや、何分で済むのか?

 もしかして何時間もこのままなんじゃ……?



 長時間息もできないような緊張感の中でじっとしていると、次第に脳がどうでもいいことを考え始めた。

 このまま我慢比べが永遠に続くとしても、俺たち幽霊は睡眠欲とか食欲がないから有利だなとか、そういえば家族はこの時間何してるんだろうとか、凰月さん実は寝てるんじゃないかなとか、凰月さん足とか痺れないのかな、とか。

 完全に集中力が切れてきて、もうそろそろ動いてみようかなとか、もういっそ派手に音鳴らしたりして存在アピールしたほうが早く終わるんじゃないかとか考え始めた頃、唐突に凰月さんが口を開いた。

 口を開いたというか、音を発した。



 「……ん…………」



 最初は、聞き間違えかと思った。

 何かの雑音を、凰月さんの声だと聞き間違えたのかと思った。

 何か変化を求めて、凰月さんの声だと勘違いしたのではないか、と。

 でも、勘違いではなかった。

 だって、凰月さんはその後徐々に口数が多くなっていったから。

 独り言のように、ブツブツと言葉を漏らし始めたから。



 「………なるほど……」



 俺もハルさんも、その声を必死に拾った。



 「……数は、二」



 微動だにせずに。



 「一人が、少年…………………今回の子か」



 少し、肩が跳ねた。

 俺のことを言っているということが、分かったから。



 「そして、もう一人…………」



 今度は、ハルさんの方の空気が動いた気がした。

 ハルさんの方が俺より驚いてるはずだ。

 だって、普通だったら、この家に居る幽霊は一人だ。

 俺だけのはずだ。

 俺が死ぬまでは、心霊現象なんて起こらなかったんだし、俺が死んでから心霊現象が起き始めたんだから、普通に考えれば、『この家には憶人の幽霊がいる』という認識になるはず。

 実際、家族は凰月さんにもそう話しているはずだし、ハルさんの存在なんて、一般人ではどうやっても気づきっこない。

 正直、もう俺はこの人がただの一般人だとは思っていない。

 この人が瞑想し始めて少し経った時点で、一般人だとは思えなかった。

 上手く説明できないけど、そう思わせるオーラというか、雰囲気というか、そういうなにかを感じていた。

 でも、今はっきりした。

 やっぱりこの人は、俺たちを感じ取っている。

 どんな理屈なのか、どんな認識の仕方なのかは分からないけど、俺たちがここにいることを察知している。

 それを、ハルさんもひしひしと感じたのだろう。

 チラッと見れば、顔が強張っている。

 肩も上がっていて、緊張と驚愕が混ざり合って身体が固まっている。

 ……多分、俺もあんまり変わらないけど。

 正直、今俺はこの目の前にいる、数珠をたくさん身に着けたおじさんが怖くなっていた。

 消えるのが、怖くなっていた。

 覚悟を決めていたはずなのにこれなんだから、やっぱりこの恐怖に慣れることはないのかもしれない。


 凰月さんは、少しの沈黙を経て、


 「女性……」


 と呟いた。



 「…………この人、私が……」



 見えてるの?

 きっと、ハルさんはそう思ったはずだ。

 俺もそう思った。

 俺たちの性別まで分かるなんて、見えてないとおかしい。

 でも、この人は依然として目を閉じている。

 この部屋に来て、床に正座してから、一度も目を開いていない。

 ずっと俯いて、目を閉じている。

 目を開いてないのに、俺たちが見えるのか?

 そんなことってあるのか?

 心眼ってやつ?

 もしくは、声は聞こえてるとか?

 凰月さんに圧倒されて何も言えず、身動きすらできずにいると、凰月さんは、


 「―――――――おい、聞こえるか」


 と、俺たちに声をかけてきた。

 目を閉じて、俯いたまま。

 でも、間違いなく俺たちに声をかけてきた。

 間違いない。

 だって、この部屋には俺と、ハルさんと、凰月さんしかいないんだから。

 だから、俺とハルさんは、当然、


 「……」

 「……」

 

 目を見合わせた。

 どう対応するのが正解なのか分からない。

 というか、状況すらよく分からない。

 声なんか出るはずがない。

 声を出したら、いよいよ凰月さんに聞こえるかもしれない。

 だから、俺とハルさんは黙って、凰月さんの次の言葉を待つしかなかった。



 「……聞こえているはずだ。 ……私はお前たちのことを感じている。 ……声も聞こえず、姿も捉えることは出来ないが…………」



 凰月さんはゆっくりと、一字一句噛み締めるように言葉を絞り出していく。

 凰月さんの額からは汗が滴り始めていた。

 


 「ここに住んでいる家族らに……心霊現象を起こして……いるのは、お前たち……なのか……?」



 言葉を絞り出す声は掠れていて、明らかに様子が尋常じゃない。

 汗の量も瞬く間に増えていく。

 


 「お前たちに……言いたいことは、一つ……だけだ」



 その様子に圧倒されて、俺もハルさんも、ただその様子を見つながら、黙って続きを待つことしかできない。



 「私は、お前、たちを………除霊するつもりは……ない」

 「…………ぇ?」


 

 ハルさんが、小さく驚きの声を漏らした。

 ハルさん自身は声を発した自覚はなさそうで、さっきまでと変わらずにじっと続きの言葉を待っている。

 凰月さんにも、ハルさんの声が届いた様子はない。

 さっき自分で『声は聞こえない』って言ってたのは本当みたいだ。


 でも、正直俺も今の発言には驚いた。

 俺たちを感じているんだったら、除霊するんだろうと思っていた。

 幽霊に気づかないか、幽霊に気づいて除霊するかの二択だと考えていた。

 気づいたのに、除霊しないっていうパターンは想定してなかった。

 だって、除霊って名目で呼ばれてるはずなんだから。



 「私が、お前……たちに、言いたいことは……今後、心霊、現象を、起こすな……と、いうこと……だ」



 凰月さんは、一言ごとに呼吸を挟みながら、言葉を絞り出していく。

 顔はもう真っ赤で、汗も滝のように流れている。



 「ここの……家族らが、私に……除霊を頼んで……いると、いうことを……よく……考えろ」



 その言葉は、俺の何かに間違いなく刺さった。

 分かっているつもりで、全く理解していなかった。

 それを、この人に、無理やり突き刺されたような。

 心臓に、脳に、直接叩き込まれたような。

 確かな痛みを伴って、俺の心を抉った。



 「お前……たち、から、邪の、気は、感じぬ……。 故に、除霊は……しないが……」



 その言葉で、ハルさんの肩が少し下がった気がした。

 もう一度『除霊はしない』と言われて、安心したのかもしれない。

 


 「だが……私が、ここに、もう一度……訪れた、時……それが、お前たちの…………最後だ……」



 ―――――――――――そう言いながら、凰月さんは芯を失ったかのように崩れ落ち、意識を手放し、倒れ伏した。 



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想魂のゴーストライフ raraka @ruri-bana

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