おとぎでふたり



「約束だよ、三木」


理央ちゃんは俺の顔を下から覗き込んで、体に触れた。心の臓を掴まれた気がして、変な汗が出てくる。彼女の目には前髪のお陰で光が入ってこないから、その瞳は黒々としていた。それなのに、俺の顔を見ていることはなぜだか分かる。焦点がこちらを向いていることは。


「破ったら、ぶっ殺してやる」


せめて殺してやる、だったら良かったな、とその時の俺は見当違いなことを考えていた。だって、そんな汚い言葉に見合わないくらい理央ちゃんは綺麗だったから。どれだけ醜い言葉を吐こうとも、醜い心を持ち合わせていようとも、そんなもとを打ち消すぐらい彼女は綺麗に笑ってみせた。

ほら、言葉遣いさえなおしてしまえば、かみさまみたいなのに。




愛で世界は回っているらしいというのはお伽噺で散々語られてきた通りだ。キスで死の淵から生き返った白雪姫。靴を拾ってもらっただけで全てを手にしたシンデレラ。

けれど誰も選べなかったかぐや姫は月へと帰ってしまった。


ありふれた母の寝物語を聞きながら、いつも自分はこう思う。

──────やはり、大事なことは愛なのだ。

愛されたければ、愛さなければいけない。

自分の命を掛けても、何を投げ打ってでも後悔しないそれを探さなくてはいけない。


そんな事実に気がついてからも何もしないまま、小学校六年生に上がってくらいだろうか。ふと周りを見渡してみると、自分には誰もそんな人間がいないことに、気がついてしまった。

自分だけではない、クラスメイトにも、教師にもそんな相手はいないのだ。

お姫様はどこにもいない。王子様もどこにもいない。周りにあるのは平凡な日常。有象無象と化したクラスメイト。天気はローテーションしている。景色はスライドしてくれない。


今日もテレビの芸能ニュースでは誰が別れただの、逆に付き合っただのそういうことが垂れ流しにされている。


(こんなのじゃ駄目だ。別れる、付き合う、そんなものの入る余地があってはいけない。互いが互いにとって、そうでなければいけないのに。こんなのは、愛なんてものじゃない)


だから俺は作ることにした。自分だけの運命の人を、愛を、かつて見たお伽噺のように。


自分すらも組み込んで、その物語を再現しようとしたのだった。



理央ちゃんを選んだのは、単に一番手が届きやすかったからだ。隣の席に座っていたから。


彼女とは保育園から今現在に至るまでずっと同じクラスだったけれど、逆に言うとそれだけだった。ここまでの偶然が重なっているのに友達ですらないというのは、最早仲が悪いということなのかもしれない。


そんなことにも気が付かない当時の俺は、まずは理央ちゃんの好きになれるところを探した。


出来れば容姿ではない方がいいと思う。心は不変的なものだ。性根も同様に。自分を置いて変わりゆくのものを永久に愛することこそ、真実のそれなのだから。


(お箸の持ち方が綺麗なこと。あと、背筋がよく伸びていること)


そんな大層な考えとは裏腹に、彼女をじっと観察してみても、出てくる要素は容姿以上心未満のものばかりだった。


そこでようやく、彼女と一言も喋っていないことに気がつく。どうりで彼女を見ても、視線が返ってこないわけだと、十数年来の隣人に生まれて初めて声をかけてみる。


「おはよう」


彼女は俺の声に気がつくと、顔をこちらに向けて笑みを浮かべた。

おはよう、三木。

それだけ言って、顔は机の上のノートに戻る。


彼女はこちらを見もしない。

確かに、顔はこちらに向いていた。瞳もこちらを向いていた。それなのに、彼女は俺を見ていない。認識しない。

そしてその目は、見たことも無いはずの、俺が芸能ニュースを見ている時のものと酷似しているような気がした。興味が無いのだ、彼女は。

そして興味が無いことに、俺である必要は全くない。俺でなくとも、彼女は同じような目をして同じように挨拶をする。


そんな彼女はきっと、人でなしなのだろう。


それからも、彼女を観察し続けた。でも今度は遠目なんてものではない。隣の席であるのをいいことに、授業中も休み時間もずっとずっとずっとずっと彼女のことを見ていた。

周りに囃されることもあったけれど、俺があんまりにもその態度を変えないものだから、その好奇はたったの数ヶ月で嫌悪に変わる。

そんなことはどうでもよかった。だって俺はその周囲を愛さない。愛は分散すればするほど価値が下がる。だからこそ、その一人が彼女で本当に良いのか見極めなくてはいけない。



ずっと見ていて分かったことだが、彼女には鉛筆を噛む癖がある。国語の時間、特に感想文なんかを書く時は、眉をひそめて、がりがりとその後ろを噛んでいた。彼女の鉛筆は既に木が露出している。

この手の作業が得意だった俺は、さっさと適当な言葉を選んで埋めて、彼女をじっと見やる。

黒い髪は長く、艶やかに垂れ流されていた。そんなまるで文学少女のような容姿の女の子が、憎々しげに鉛筆を噛んでいる様子は見ていて飽きない。


ふと、彼女と目が合った。

多分、意識していなかったからだろう。俺を見ようと思って見たのではなくて、視線の先にたまたま俺がいただけで。

それでも、確実に彼女は俺を見ているという事実に肌が粟立った。


そんなことは当然知らないであろう彼女は、気まずげに鉛筆を口から離す。彼女の唾液が、糸を引く様は今でもよく覚えている。唇を舌でちろりと舐めて、またしてもこちらを見て、逸らして、それから意を決したように口を開いた。


「見てた?」


「うん」


「三木、うっとい」


「うっといって何?」


「うっとおしいの略語。今作った」


「そうなんだ」


「そう」


いひひ、と奇妙な笑い方をした彼女はまた前に向き直る。その瞳からはさっき見たような熱は消え失せていて、まるで夢のようだったけれど。


彼女である理由はこれが良いと、そう思ったのだ。




「理央ちゃんのことが好きだよ」


「そうなんだ。でも私は三木のこと好きじゃないよ」


告白という儀式はあっさりと過ぎた。俺はどうも物覚えが悪いというか、要領が良くないらしい。愛も何も、そもそも好意を伝えねば何も始まらないのだから。


だから道具入れに箒を半ば無理やり突っ込んで、力づくで閉めようとする彼女に声をかけた。そうして返ってきた返事と共に、ガタン、と道具入れが閉まる音が酷く響く。


それで告白は終わりだった。



相互的な感情のやり取りなんてあるはずがないのに、俺は愛を諦められなかった。だって俺が選んだのは彼女だ、そしてそれを後悔なんてしていない。大事なのは愛することだと、心の中で何度も唱える。女の子が唱える、寝る前のおまじないのように。


俺は彼女を愛さなくてはいけない。


だから、「好きだよ」と彼女の前で何回も言った。彼女がいないところではもっと言った。

これもまたおまじないだった。

そうであればいい、そうでありますようにと祈るためのおまじない。彼女はそれを聞いても、前のようにこちらを見てはくれない。


いいんだよ、理央ちゃん。君は俺に何をしてもいい。だって俺は君を愛すると決めているから。決めてしまったから。だから何だっていいんだよ、俺は愛を作ると決めているから。




「気持ちが悪いんだよお前!」


頭にかけられたバケツの水は、生ぬるかった。

汚いな、と思うだけで済んでいるのが不思議なぐらいだ。信仰という気持ちが少しだけ、分かるような気がしているのは、多分おかしい事なんだろうけど。


理央ちゃんにおまじないを唱えていることを、こうしてからかわれるのは初めてではない。靴が片方無くなっていたりだとか、教科書がずぶ濡れになっていたりだとか────これは理央ちゃんにみせてもらうことが出来るからいいんだけど────こうして雑巾の水をぶっかけられることとか。


しょうがないことかな、とも思う。だって理解できないものは気持ちが悪いし。それは俺だって同じだ。理央ちゃんを選んでいなければ、今頃彼女のことをどんな目で見ていたかわからない。


ほら、こんな僕を見た理央ちゃんの顔。

ゴミ捨てから戻ってきた理央ちゃんは、ずぶ濡れになった俺を見ても顔色ひとつ変えない。侮蔑も、好奇も、そこには何も映さない。


「おい!理央に向かってなんか言ってみろよ!」


呼び捨てるのが気に食わない。そう思って睨みつけると、彼は一瞬怯んだ。そんな顔をするなら最初から言わなければいい。俺はちゃんとちゃん付けで呼んでるのに。なんでお前なんかが呼び捨てにして許されるんだ。


理央ちゃんは俺を含む全てを無視して、机を黙々と運び始めた。ああ、今日も背筋がピンと伸びている。春色のワンピースと靴下を履いていない足は、彼女のあどけなさを出していて、とてもよく似合っていた。


「……お前ら、無視してんじゃねえぞ!」


でも、その男が投げた雑巾が全てを壊した。多分、気を引くためにやったんだと思う。服なら顔よりはマシだと、そんな考えでやったんだと思う。


その瞬間、理央ちゃんの目に、瞳に、見たことも無い感情が灯ったのを俺は見た。ワンピースの染みが、彼女の感情を表すかのように元の色を侵食していく。


「おかあさんが、買ってくれたのに」


俺は彼女の母親、もとい両親を知らなかった。参観日がいくつか設けられていたけれど、彼らは理央ちゃんを見に来たことがない。運動会だとか、そういう行事にも。


「わたしに、くれたの」


理央ちゃんは、机の上に載っていた椅子を持ち上げた。俺が止める間もなく、雑巾を投げた彼目掛けて振りかぶる。


「なんでお前が……!」


ごうん、と恐ろしいまでの反響音が響いた。投げ出された椅子は、男の子のすぐ近くで叩きつけられたのだ。でも、きっと彼女は当てようとしていた。今度は机を持ち上げて、その細い腕で投げつける。


「お前が……!」


俺はその様子を、ただぼんやりと眺めていた。信じられなかったのだ。彼女が酷いことをしていることではない。あの怒りに満ちた目を、俺以外の人間に向けていることが信じられなかった。彼は彼女の視線を一心に受けている。彼女の怒りをその身に受けている。俺がどれだけ気持ちの悪いことをしても、そんな顔は向けてくれなかったのに。


理央ちゃん、俺のどこが駄目なの。


「ゆるさない。私はお前をゆるさない。だって母さんがくれたのに。わたしのためにえらんでくれたのに。ゆるさない。しんでもゆるさない」


ついにはさみを取り出した彼女を羽交い締めにした。このまま彼女が罪を犯してしまうことを止めようとしたのか、ただ嫉妬したのかは分からない。兎にも角にも俺は彼女を止めなければいけない。


「はなしてっ」


その時の理央ちゃんはまるで動物のようだった。俺の拘束を抜け出そうとして、爪で引っ掻こうとしてくる。力を込めて、俺の腕を外そうとしてくる。



彼はその間に泣きながら逃げてしまった。賢明な判断だ。俺もどうしていたか分からないから。


「理央ちゃん」


俺がそう呼ぶと、諦めたのか彼女は大人しくなった。


「なんでそんな顔してるの」


理央ちゃんが俺の事を見てくれたからだよ。


でも俺はそれを伝えるすべをしらない。好きだよ。好きなんだけど、でも理央ちゃんはそれを見てくれない。簡単に無かったことにしてしまえる。

だから、俺はこうするよ、理央ちゃん。


「理央ちゃんが他の男の子と遊ぶなら、そいつのことを消してやる」


理央ちゃんは、きょとん、とした顔をしてこちらを見た。怒りはいつの間にか引いて、それでいて冷たくはない。黒々としているけど、波のある瞳がこちらを見てくれた。

ようやく、俺を。


「理央ちゃん、俺以外の男と喋らないで。できたら女の子でも喋らないで。先生とも喋られないで。休み時間は俺の隣にずっと居て。じゃないと嫉妬するから。殺してやりたくなるから。他の子と遊ぶのもそうだよ。俺はそれを許さない。絶対に許さない。理央ちゃんには俺だけがいたらいいんだよ、だから俺には理央ちゃんしかいらない」


理央ちゃんは、しばらく惚けた顔をしていたけれど。彼女の口は確かにこう言った。



「約束だよ、三木」



「破ったらぶっ殺してやる」




「三木も来るんでしょ、どうせ」


「うん、行くけど……どうしてここなの?」


理央ちゃんが示したのは高校のパンフレットだ。俺が同じ学校に行くのは当然のことだけれど、ここは県でトップの公立進学校で、有名国公立大学への進学率も全国的に高いらしい。特に学力に固執してこなかった理央ちゃんがこの学校を選ぶ理由が分からない。


これは理央ちゃんと過ごしてわかったことだけれど、彼女は物事を忘れるのがとても上手い。自分の興味の悪いこと、都合の悪いこと、彼女の記憶からはそれがよく抜け落ちる。抜け落ちるだけなら違和感もあるだろうけど、抜け落ちたそこは、今度は都合よく繋ぎ合わされてその跡を消してしまうのだ。そして新しく作り替えられる。


俺はそんな所も含めて、彼女を愛さなくてはいけないのだ。


そんなわけで俺の質問にも返事が返ってこないことが多いのだけれど、今回はすんなりと返って来た。


「……良いところに行ったら、お母さんもお父さんも喜んでくれるかなって」


その時の理央ちゃんの目は、とても優しかった。生暖かくて、とろとろとした目。多分俺に一生向けられることの無い目だと思ったけれど、嫉妬はしなかった。

だって、こんなにも嬉しそうな彼女を見たのは初めてだったから。理央ちゃんが嬉しいと俺も嬉しくなる。ちゃんと愛せていると実感するから。俺は愛を作れている。


「理央ちゃんは、二人のことが好きなんだね」


「うん、だいすき。あいしてる。だって二人がいなかったら、私なんか、生まれてこれなかったんだよ。これって凄いことでしょう」


「俺にとっての理央ちゃんもそうだよ」


返事が返ってこなくなった。



俺達は必死に勉強した。俺も理央ちゃんもそこまで頭が良い方ではないから、それはもう必死だった。彼女はいつも家で一人ぼっちでコンビニ飯を食べているから最初はそれに付き合っていたけれど、食習慣を心配した俺の母親が彼女の分までご飯を用意してくれた。最初は警戒してにこりともしなかったけれど、今では俺より母親に懐いてしまっている。

なんでだ、母親だからか?


二人して特に甘い雰囲気が起こるはずもなく、ひたすら俺の家で勉強をする。勉強勉強勉強。愛のためだと言い聞かせてはいたけれど、いよいよ本当にとち狂ってしまうのではないかと思うと夜も眠れなかった。




(あった!)



見間違いじゃない。確かに俺の番号がある。とち狂う前に努力が実ったらしい。急いで理央ちゃんを探すと、見知らぬ男女二人と立っている姿が見えた。初めて見る顔だけれど、あれが両親なのだろう。

両親と立っていた彼女の反応を見るに、無事合格したらしい。良かった。彼女がいないのに行く意味は無いのだから。


声をかけようと近づいて、思わず足を止める。

ここから見える彼女の瞳は今までにないくらいうるうるとして、まるで沸騰したみたいだった。前に彼女の視線には熱があると言ったけれど、あの時は熱と言っても体温のようなものだったのだと思い知らされたのだ。

熱なんてものじゃない、あれは火だ。

まるで遠くの夕日を見ているようだと、俺は思った。ゆらゆらと燃えるそれは、目を瞑っても暗闇の中で居座っている。勿論、彼女の瞳が向けられているのは俺ではなく、両親だったけれど。


だが、彼女の両親がひとことふたこと彼女に言葉を返すと、その熱は途端に冷めてしまう。娘が受験に受かったというのに、すぐに背を向けて、二人とも桜並木の下を通って帰っていこうとしている。彼女はものも言わず、ただ自らを掻き抱くようにして、その場にうずくまった。


「理央ちゃん」


彼女に近づく度に周囲の喧騒から離れていく。彼女の側まで来て、名前を呼んだけれど返事がない。大丈夫かと問おうとしてやめた。そこには踏み込んではいけないような気がした。だからというように、別の言葉を探す。


「お腹痛い?一緒にトイレ行こうか?」


ぼんやりとした様子でこちらを見た彼女の頬は、涙で湿っていた。そこに彼女の黒髪が張り付いているから、許しもなくそれを払う。


「三木」


彼女の渇いた声が、鼓膜を揺らす。今の彼女は、昔水槽の中で浮いていた、赤い金魚の死骸を思い起こさせた。


「約束を果たして」


「……うん」


彼女の背中にぎこちなく手を回す。そのまま、花束を持つようにして、彼女の身を抱いた。彼女からは何の匂いもしないけれど、人の身であることは分かる。少しの息遣いが気まずくて、聞こえないふりをした。



駄目だよ、俺以外の男と喋っちゃあ。そいつのこと殺したくなる。友達も選んでね。俺が良いって言った人以外は駄目だよ。まあそんなことしても俺が消すんだけど。嘘ついてもすぐ分かるからね。電話帳も履歴も全部管理するから。ご飯も俺が作ってくるから、なるべく俺が作ったものだけ食べてね。約束だよ。死ぬまで一緒にいようね。結婚もしようね、ついでだから。


(とか言ったら、喜ぶかな。喜びはしないだろうな。何も変わりはしないだろうな)


こんな言葉はいくらでも出てくるし、スラスラと言えるだろう。


「好きだよ、理央ちゃん」


それでも、結局出てきたのはいつもと同じ言葉だった。


「いひひ」


理央ちゃんは、いつものように、変な笑い方をした。むしろ、いつもよりもっと変だった。

だから俺の背中に染み込んだものは、見ないふりをする。



俺達はずっと、地面に座り転けたまま、馬鹿みたいにそうしていた。


そしてそのまま、今現在に至る。



「三木!今日私どんな経路で帰ったっけ。というわけで記録を出してよ」


「どういうわけなの?」


「家の鍵落とした……」


「大惨事だねえ」


俺は作業の手を止めて、言われた通りに彼女のGPSの光の軌跡を見せる。経路なら覚えているから言えばいいだけなんだけど、出せと言われるならそうしてあげたい。


「そういえばそれ、何してるの?昔使ってたノートだよね」


端末を操作していた彼女が顔を上げて指したのは、もうすっかり使わなくなってしまった、方眼ノートだった。何冊も積み重なったそれは、インクやら日焼けやらで、とても綺麗だとは言えないだろう。


「これは中学生の時の理央ちゃんのノートだよ。大事に保存しておこうと思って、整理してたんだ」


「うんうん、三木は今日もナチュラルにヤンデレだ。大変よろしい」


いひひ、と笑っている理央ちゃんはいつの間にやら俺の事をヤンデレと呼ぶようになった。そういう文化に詳しくなかった俺は、ネットで調べたり、ヤンデレと呼ばれる男や女が出てくる恋愛ゲームをいくつかプレイしてみたけれど、こんな性格の人間が市民権を得るなんて世も末じゃないのか。

だって彼らは主人公の選択肢の一つなのだ。それなら、そこに確固たる愛はない。そもそもデレという概念が気に食わない。


という旨を理央ちゃんに伝えたところ、いつものような冷たい半目で見られてしまったのでそれからは何も言えなくなってしまったんだけど。


閑話休題。


パラパラとノートをめくっていた理央ちゃんが、ぽつりと言葉を零す。


「懐かしいな。こんなこともやってたんだ。中学生と高校生の違いなんてもう忘れちゃったのに」


「どんなこと?」


「これ。マイナスかけるマイナスはプラスってやつ、中学生の時にもうやってたんだね。にしても、この事実は受け入れがたかったなあ。マイナスはどこまでいったってマイナスじゃんって、三木も思わなかった?」


「うん、昔は思ってたよ。でも今は────────その方がいいかなって、思ってるかな」


「それ、そんなタメて言うこと?」


「手厳しいなあ」





本当は、理央ちゃんが言うならヤンデレでも何でもいいんだ。どちらにせよ、俺はきっとおかしいんだと思う。自分で自分を認識したことは無いけれど、他人と比べた時に、どうしてもズレがある。そのぐらいは分かる。お伽噺では、好きな人は作るものではなかったし、愛も同様だ。それでも欲しかった俺は、駄々をこねるみたいにして理央ちゃんをお人形にした。狂ってるとまでは行かなくても、どうしようもない人間だと思うよ。


でも、俺がヤンデレなら理央ちゃんは病んでいる。心が病気なのだ。


理央ちゃんは頭がおかしい。俺は理央ちゃんを愛しているけれど、理央ちゃんは俺のことを愛そうとしない。興味が無いことを隠さないどころか、平然と自分のことを養ってくれと言ってくる。理央ちゃんは一見自分への評価が高いように見えて、とてつもなく低い。自分が興味のない人間と一緒にいても苦ではないのは、自分〝なんか〟と一緒にいてくれるのは僕だけだと思っているから。ヤンデレを受け入れられるのは、自分なんかを愛してくれるのは頭のおかしい人間ぐらいだと思っているから。


理央ちゃんは、愛されたい人間に愛されない。俺が何かするまでもなく、彼女はずっとそうだった。愛されなかった人間は、愛し方が分からない。愛されたければ、愛さなければいけないのに、それが出来なくて手詰まりになっている。だから俺にも、周囲にも酷いことばっかりする。酷いことばっかり言う。

理央ちゃんは可哀想だけれど、その同情をかき消すくらいの人でなしだ。



でもね、理央ちゃん。俺達はどこまで行ったって救いがないけれど。自業自得なわけだけど。マイナスな人間なんだけど。


でも、どこかでまともに見えてしまう時が来ると思うんだ。正しくないのに、愚かなのに、それでもそこに愛があるならば、きっと本物のように見えてしまう。プラスになってしまう。


毒林檎を渡したのが王子ではないと誰が証明できるだろう?靴を落としたのがわざとでは無いと誰が証明できるだろう?


そして、かぐや姫が愛していたものは、お爺さんとお婆さんだということを、誰もが知っている。


だからね、理央ちゃん。そんなお伽噺が紛れ込んでも、きっと誰も気が付かないんだ。




「理央ちゃん、好きだよ」


返事は返ってこないけど、顔を見なくてもどんな顔をしているかはすぐに分かる。


いひひという笑い声が、今日も俺の体に血潮を通わせた。


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おとぎのふたり こころがうみこ @hakuhaku3331

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