7.議論(2)

「近代のベルウィズモを語る上で、ボナシドネ理論は昨今再注目を集めています。そのことについて、詳しくお伺いしておきたいのですが」


「そうですね、これは他の取材でもよく語っていることなんですが……」



 日出美の質問する内容に、中谷は滔々と答えていく。先ほどまでとは口調まで違う。まぁ、いきなり来てカィザマニャラフについて聞かせろ、などという話に対するのとは、その応対は違って当然だ。僕はそのやり取りをぼーっと聞いていた。中谷の話に日出美が頷きながら、質問を交えていく。



「それはつまり、ペナペガボリンのマールーピについての実証結果ということですか?」


「そうです。つまりそれは英国の研究チームが昨年、発表した論文によりますが」



 ――あれ?


 僕はそこでなにか、引っ掛かるものを感じた。



「あの……すいませんいいですか?」



 口を挟んだ僕に向かって、中谷氏が面倒くさそうな顔を向ける。



「なにか?」


「いえ、大したことじゃないんです。ただ……」



 僕は頭の中で自分の違和感を検証しながら言葉を選ぶ。



「えっとつまり、ペナペガボリンってのは直接、ボナシドネに関係ある話ではないんですよね?」


「それはそうです。ただ、ボナシドネを語る上でのアプローチとして、ってことですね」


「だとすると、それをマールーピするっていうのは?」


「……どういうことです?」



 中谷が怪訝そうな顔をする。日出美もこちらを見て首を傾げていた。


 おそらく、ボナシドネ理論を語るこの分野においてそれはなんの不思議もないのだろう。しかし、僕にはどうもそれが奇妙なことに思えたのだ。



「……だって、それなら……」



 僕はふわふわとした疑問を形にしようとした。



「グネンドリンもマールーピにかければいいんじゃないんですか?」


「輝井さん、なに言ってるんですか? だってそれは全然別の話で……」



 日出美が言おうとしたところに、中谷が「あっ!」と声をあげた。



「いや……それは……だが、しかし……」



 中谷は口元に手を当てた。



「そうか……そうかもしれない……」


「中谷さん……?」



 日出美の声を無視して、中谷は顔を上げた。



「輝井さん。実はその指摘は、数十年前にもされていることなんです」


「ああ……」



 中谷の言葉に、僕はしまった、と思った。それはそうだろう。素人の思いつきなんて、専門家がとっくに思いついて試しているに決まっているのだ。



「いや、そうじゃないんだ。問題はそこじゃない」



 中谷は僕の考えを見透かしたかのように首を横に振る。



「ただ、この話題を語る前にカィザマニャラフの話をした者は誰もいなかったんだ。それが重要だ」



 日出美が中谷の方を見て――そしてまた「あっ」と声をあげた。



「それってつまり、グネンドリンをマールーピにかけるっていうのは……」



 中谷が頷いた。


 僕は眩暈のする思いだった。少し前、元妻から言われたあの一言――カィザマニャラフがグネンドリンだということの意味はこれか。どうして今まで誰も気が付かなったんだろう。いや、気が付くわけがないというのが本当のところか。



「これはボナシドネどころじゃなくなってきたぞ」



 ため息と共に、中谷が呟いた。

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創作メモ:カィザマニャラフに関する手記 輝井永澄 @terry10x12th

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