すえねこ

snowdrop

うにゃ

 すえは猫を飼っている。

 アメリカンショートヘアー、血統書付きだ。

 灰色をした毛並みに茶色や黒や白の毛が混じっている。

 父様と母様がそろってホクリクへ出かけたとき、もらってきたのだ。

 どうせなら、カニやウニをもらってくれば、おいしく食べられたのに。

 持って帰ってきたのは子猫一匹。

 ほかにお土産はなかった。


 二人が帰ってくるのを知っていたが、あたらしい住人が来ることを、学校から帰宅するまで知らなかった。

 生後一カ月だった。

 はじめ見たとき、小さくてかわいいと抱きしめた。

 同時に、親と引き離されてかわいそうだと思った。


 そのときのすえは子供だったから、痛いほどわかる。

 一人きりはさびしいものだ。

 すえには五つ離れた姉様がいる。

 仕事で父様と母様が出かけていなくても、さびしいと思ったことは一度もない。

 衣服や持ちものはお下がりで、趣味が合わないこともあるけれど、言いたいことが言える相手がいることは救いである。

 けど、この猫にはそれがいない。


 だから、決めたのだ。

 すえがこの猫の母様で、姉様で、友人になる!


 名前を聞いてみると、「うにゃ」と応えたので、そう呼ぶことにした。

 ほんとうはアルジャーノとかスカーレットとか、トゥランドットとこたえているのかもしれない。

 あるいは、はじめましてと挨拶しただけかもしれない。

 お前は誰なの? と聞いた可能性だってある。

 猫語はむずかしい。

 異文化交流ははじまったばかり。

 とりあえず、うにゃと呼び、育てはじめた。

 いつか、うにゃの言葉がわかるようになると信じて疑わなかった。




 ……あれから七年。


「ごはんだよ」と言えば後ろをついてくるし、「おやすみするのだ」と声をかければ、ベッドにもぐり込んでくる。

 意思疎通はできるようになってきたけど、あいかわらず、にゃーおと鳴き、うにゃうにゃと小さくつぶやき喉を鳴らす。

 頭を撫でたり、背中や尻尾の付け根なんかも揉んであげたり。

 もっとやって、と、うっとりした表情を浮かべるも、なにを考えているのかわからない。


「昨日はどんな夢をみたの?」

「今日はどこに散歩に出かけたの?」


 いくら聞いても、うにゃーとごまかされる。


 小さかったころを思い出す。

 大人はあれこれ質問して、子供から話を聞こうとする。

 必要なこと以外、しゃべってはいけない。

 言葉をえらび、話題を選抜する。

 大人が驚きそうな話は、なるべく穏便にしなくてはいけないのだ。

 子供はいつだって無条件で幸せでいることを、大人たちに教えてあげなければならない役割を担っているのだから。


 大人になると忘れる子供の処世術を、うにゃは持ちあわせているかもしれない。

 すえに気を使っているのだ。

 さすが、すえの猫。

 頭がいい。


「この~、ういやつめ」


 喉を撫でると、目を細めて首をあげ、ゴロゴロゴロってならした。

 それでもすえは信じている。

 ざっくばらんに、うにゃが思っていることを話してくれる日が来ることを。

 にゃーにゃーではなく、通じる言葉として。


 猫の年齢は人間とはちがう。

 四倍くらい早いらしい。

 いつの間にか、高校生のすえを、うにゃは追い越してアダルティーなレディーになっていたということか。


 お前がうちに来たときはまだこんなんだったのに、と両手を狭めて、うにゃに教えてあげる。

 もう少し大きかったかな、と幅をひろげながら見くらべる。

 倍の大きさになっているのはまちがいなかった。


「すえも高校生になったとは、大きくなったにゃー」


 うにゃのほっぺを指でつまみ、声を当ててみる。

 つままれるのを嫌がって、首を振る。

 逃げ出そうとするので、もうしないよと抱き上げてベッドの中へ連れ戻す。

 寒い夜は、いっしょに眠るとあったかい。

 生きた湯たんぽだ。


 うにゃといっしょに寝るとき、変わった夢をみる。

 いつもではない。

 ほんとうは毎晩見ているのに、朝になったら忘れているだけかもしれない。


 昨日はすでに遠い過去。

 思い出すのはむずかしい。

 このときの朝はどうしてだか、忘れずおぼえていた。

 ただ、どんな夢だったのか、頭の中でくり返し思い出そうとするけど、うまくいかない。

 なんとなくわかるのに、それを説明しようとすると、別の話を頭の中で勝手に作ってしまいそうで、思い出すのをためらってしまう。

 こまった脳味噌君だ。

 これも一種の才能だけどね。

 でもとっても奇妙でユニークだったことはおぼえている。

 夢はファンタスティックでなくっちゃね。

 ひょっとしたら、うにゃが見ている夢をみていたのかもしれない。

 それはそれでよかった。


 たまに、寝ているうにゃをみると、前足をぴくぴくっと動かしているのを見たことがある。

 勝手に妄想する。

 野原を駆け回っているのか、あるいは、池を泳いでいるのかもしれない。

 目を開けたうにゃは、きまって背伸びする。

 両腕を天井にむけて突き上げ、上半身を伸ばしながら「……朝チュンか」と、朝の光に首をかしげるわけではない。

 低い体制のまま前足を前に、おしりを後ろに突き出す格好で背中を伸ばす。

 つづいて、前にせりだしながら頭をあげて腰を落とし、今度は後ろ足を後ろに伸ばすストレッチ。

 朝起きるとき、見様見真似でいっしょにまねする。

 猫になった気分。


 ヨガにおなじ動きをするストレッチがある、と姉様が教えてくれた。

 すごいぞ、うにゃ。

 いつのまにヨガなんておぼえたのだ。

 すえが学校に行っているあいだ、どこかのヨガ教室にもぐり込んで、ひそかに練習しているのだろうか。

 さすがだ。

 乙女のたしなみだね。

 そういえば、うにゃの体はすえよりも柔らかい。

 高いところからジャンプするのも得意だし、クールに着地する。

 その後ろ姿は、「決まったぜ」とこっそり言っているように思える。

 妹だと思っていたのに、うにゃが姉様になっていたと気づいた瞬間だった。

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すえねこ snowdrop @kasumin

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