24歳OL、趣味で殺人始めてみた。

@yanalee

第1話


24年。

母の股からはいでた時から此処まで、短くなかったと思うし、そう長くも感じていない。

幸せな人生だったかと訊かれると、不幸せではなかったと思うし、では不幸せな人生だったかと訊かれると、幸せな人生でもなかったと言える。

とにもかくにも主体的に見うる限り、私の人生というのは一言に「つまらない」、それが的確な答だろう。


「和泉サン」


可愛らしい雛鳥のような声でそう呼びかけられ、私は漠然と自己の人生を杞憂するのをやめ、現実世界のPCデスクの前に帰着した。


和泉サン、というのは勿論私の苗字で、私は「はい?」と左手に振り返った。


そこには薔薇の香りをまとう可憐な女子が決まりの悪い顔で微笑している。

彼女は一つ年下の花園サン、彼女にお茶をくまれて鼻の下がのびない男性社員はいないといえる美人だ。


「あの、コピー機のインクがきれちゃったみたいで」


「ああ、わかった。やっときますよ」


これはよくある事である。


彼女は大事なネイルにインクがついてしまうので、インク交換はできないという。

勿論、大事なネイルが折れてしまうので、コピー用紙の補充もできない。

なんならお茶をくむことはできるが、大事な手が荒れてしまうのでカップの洗いはしない。


正直言って、事務の彼女より設計部門の私の方が時間単価は高い、私が雑務を請け負うのは会社的には非効率的である。


しかし私は、それを考える事すらせず、自分の身だけをあんじる彼女に腹をたてられないでいる。


それは彼女の行動に意思を感じるからだ。


新しいインクを取りに書庫に出向きながら、私はまた己の人生についての思案をはじめてしまった。


彼女、花園サンは自分の美貌に誇りを持っている。

それは決して生まれついてのものではなく、努力の賜物だと私は感じる。

そして彼女はその努力を苦だと思っていないだろう、そこが私の、花園サンを尊敬したる理由だった。


彼女は必死なのだ。楽しいのだ。

爪を磨き、肌を保湿し、まつ毛を植林し、ハイヒールを履いて、髪を結うのが。

彼女の生きがいなのだ。

目的が、その行為自体でも、その結果から男性を誘惑する事でも、よりよい結婚をするためでも、なんでもいい。


今、必死な花園サンの姿が、なにごとにも興味を持てずに生きてきた私にはとても刺激的であった。


無論それは花園サンだけではなく、婚カツに精を出し、先日全身脱毛をした受付の関サン。

40代なかばで子供もいるが、まだまだ!とアンチエイジングのためヨガやジム通いに勤しむ営業部の島崎サン。


誰もが私の想像を超えた自己実現を日々たゆまぬ努力によりなし得ている。


私はというと、仕事が終わればツマミと酒を買って、家の猫に餌をやりながら晩酌し、夜分はyoutubeでつまらない動画をつまらないと思いながら見る事で時間を消費している。

そこに意思はなく、ただただ消費……いや、浪費する日々だった。


わたしには生きがいがないのである。




空っぽになったインクのトナーをコピー機からはずし、新しいトナーが入っていた袋に空のトナーを入れ替える。


それをゴミ置場に置いて、インク交換が完了する。


そして手のひらを見ると、案の定、インクがいくらかついている。


私はそれを必死に落とす気にもなれず、水でじゃばじゃばとこすり、それでもとれないインクはそのままに仕事に戻った。

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