第2話 誰にも知られたくないボクの秘密

 あの後、夢心地の夢遊病患者のようにフラフラと家へと帰り着いたボクは制服を脱ぎ、ベットへと倒れこんでそのまま身体をくねらせながら悶絶する。


「やったやった! ナイスなポジション確保ぉ! バッチリな第一印象ゲットだぜぇっ!」


 こういうのは、やはり初期のクラスター形成が最重要だからな。春は出会いの季節とは言うが、実際は出会いなんざこの時期の一か月くらいで全て決定されてしまうからだ。最初に数人どうしの居場所を作ってしまった人間は、それで満足してしまって、自ら動くような真似は滅多にしないのである。一度、初期のグループ作りにあぶれてしまった者は、もう顧みられる事も話しかけられる事も一切無いというのが現実というものだ。それがスクールカーストにおけるクラスター形成の法則である。


 その点、今日の作戦でボクは良いスタートダッシュを切ったと言える。ここまで予定が上手くいったのは初めてだ。こう見えてボクも中学から高校へと成長出来たという事なのだろう。これで明日の朝からは桃井さんのクラスタに入れたも同然である。これからは、ボクは桃井さんと一緒に春の行楽や夏の合宿に水着イベントなどのドキドキ高校生活が目白押しだ! 文化祭では手を繋いで、ついにはクリスマスにはフィニッシュ―――! 


 さらには痴話ゲンカとかでちょっと気まずい期間があったり、恋揺れる上げ下げイベントなどを繰り返して、仲直りに至り――――最終的には『結・婚(ゴールイン)』!!!!


「なんて完璧な予定なんだッ! ワクワクが止まらねぇぜ……。明日からは、ボクのウハウハリア充高校生活の始まりだぁーッ!」


 などと悶えながら散々妄想を繰り返した後に、夢心地のままボクは眠りに落ちる。気が付けばもう辺りは真っ暗になっていた。途中、母さんが晩ごはんへ呼びに来たような気がしたが、軽くあしらって追い返す。今は胸がいっぱいでご飯なんかとても入らない。


 ようやくボクの半年間の努力が報われる時が来たのだ。春という季節にこれほどの喜びを憶えたのは初めてである。 


 その後に来た眠気は、今まで生きてきて味わった事の無い程に心地良いものだった。




 ※※※




 ふと、胸に圧迫感と違和感を感じてボクは目を覚ます。夕べは胸がいっぱいとは言ったが、さすがにここまでではない。暗がりの中で手を当ててみると、そこには謎の柔らかい触感があった。


 慌ててボクは飛び起きると、朝日射し込むカーテンを乱暴に開けて、タンクトップ姿のまま鏡と向かい合う。


 そこには異様な光景があった。顔はあまりは変わっていないのだが、明らかに身体つきが変化しているのである。胸にはどう見てもおっぱいにしか見えない膨らみがあった。しかもCカップはあろうかというそこそこの大きさである。


「夢……とかじゃないよな……。ちゃんと感触あるし……」


 おそるおそる服越しに揉んでみるが、どう考えても触感は本物のそれだった。この世の全男どもが欲して止まないおっぱいそのものだ。ボクだってご多分に漏れずそういうのに少しは興味はあったが、今は突然の出来事に思考が追い付かず、それどころではない。それに、確かに夢のおっぱいではあったが、それが自分自身に付いているとなると少し微妙な感じもしていた。自分では少し揉みにくいし、あんまり揉みすぎると痛い。 


 変化していたのは胸だけではない。腰はくびれ、腕や足は細くなり、元から華奢だった身体つきはさらに柔らかく華奢になっていた。あまり変わっていないのは顔だけだったが、逆にいつもの童顔が似合い過ぎているから恐ろしい。自分から見ても、普通に可愛いと思えるくらい美少女であった。


 この光景はまさに、恋愛コメディものや某夏の映画とかでよく見られる男女入れ替わりのシーンそっくりだったが、自分の顔は大して変わっていないのだからその線は無かった。


「……て事は、一晩のうちに自分の身体が変化してしまったって事なのか……? いやいやいや、確かに女の子みたいな顔だとはよく言われるけど、本当に女の子になってしまうなんてそんな馬鹿な事が……」


 にわかに信じがたい事だったが、いわゆる女体化というやつだった。夜の間に女性ホルモンが大量発生したのだとか色々と理屈を考えてみても、どれもこれも納得できるものではない。原因はさっぱり分からなかったが、とにかく現実としてこうなってしまったのだから仕方がない。


「て事は、まさか……」


 今すぐ服を脱いで胸を見てみたい衝動に駆られたが、その前にボクには早急に確認しておくべき事項があった。ボクはトランクスの上から、こわごわと股間の方へと手を当てる。


「な、無ぁいぃぃぃィィィィ――――――ッッ!!!!」


 当然それは危惧されるべき事態だったが、やはり現実と直面してしまうとショックを隠しきれない。


 その時つい出てしまった大声は家中へと響き渡ってしまい、そのせいで、さらにまずい事態を引き寄せる事となった。


「あらあら、どうしたのショウちゃん? 朝から騒がしいわね……。早く起きないと遅刻するわよ~」


「うわっ! 母さん!?」


 母さんが扉の前に歩いてくる音が聴こえた。扉を押さえに行ってる時間は無かった。慌てて傍のベッドの布団を掴んで床へと転がる。


「か、勝手に入ってくんなバカ! てか、ノックぐらいしてくれよ!」


 こんな身体を絶対に見られないように、必死で自分の身を布団で隠す。こんな時ばかりは、女体化してもほとんど変わらなかった自分の顔に少し感謝してしまった。息子が娘になってしまった場面なんて、母親には絶対見られたくない代物だ。


「いーじゃない、それくらいべっつに~❤ 朝はなんだかご機嫌斜めねショウちゃんも……」


 良い訳が無い。この人は昔からそうなのだ。息子はもう16になるというのに、まだまだ子供扱いが抜けていない。しかし悪気があるという訳ではなく、元々こういう天然な性格なのだから、いくら言っても聞かないのだ。その性格のせいか、もう36になるというのに、その姿は女子大生と見間違われるくらい若々しいままである。いつもは部屋に鍵をかけているからこういう事態になる事はないのだが、昨日はすぐに寝入ってしまったせいで鍵を忘れていた。


「それともなーに? 見られたくない朝の営みでもしてらっしゃったのかな~? やっぱりもう思春期の男の子だもんね~❤」


「ちっ、違うわバカ! てか、『朝の営み』ってなんだよ!?」


 普通の母親ならば気まずくなるような言葉でさえ、この母親は平気で言うのである。むしろ、からかって楽しんでいるのだから性質が悪い。おまけに、布団で身体を隠す仕草が余計に誤解を加速させてしまうから最悪だ。


「と、とにかくさっさと出て行ってくれ母さん! 着替えられないだろ!」


「ハイハイ、わかったわよショウちゃん。全く、年頃の男の子は難しいんだから……」


 ようやく母さんを追い出す事に成功したボクは、起き上がって時計を確認する。確かに、時刻はさっき母さんが言っていた通り、遅刻してしまいそうな時間まで差し掛かっていた。夕べは相当ぐっすり眠っていたらしい。


 少し迷った後に意を決したボクは、クローゼット下の倉庫から救急箱を取り出して、包帯をかなりキツく自分の胸囲へと巻き付ける。サラシ巻きの替わりである。けっこうな胸苦しさだったが、上から男子の制服を着ればどうにかごまかせそうだった。


 時間が無いので、朝食も抜きに急いで学校へと向かう。ボクだって普通授業開始日しょっぱなから遅刻したくはない。昨日の晩も食べてはいなかったが、不思議とそんなにお腹は空いていなかった。朝の精神的動揺もあるが、何か身体の構造が変わってしまったせいで一時的に空腹を忘れているのかもしれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る